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第一章 病弱皇女と血のつながった他人
病弱たる皇女は願う
しおりを挟むカイザー・シン・オールスティン。
オールスティン帝国の皇帝にしてアリスティアの実父である。賢王として名高く、歯向かう者には容赦なく、身内に優しい…というのが、国民と他国からの評価だった。……だが、たった二人アリスティアとエマだけが彼をこう評価する。
_____枯れ行く花のような皇帝、と。
アリスティアは何段か上にある玉座に座り、自分を見つめる皇帝たる自分の父親を無感情に見つめ、やがてカーテシーをしながら口を開く。
「オールスティン帝国唯一無二の皇帝陛下に第一皇女アリスティア・ファータ・オールスティンがご挨拶申し上げます」
「……皇女。昨日術院長がそなたの病について報告してきた。して、精霊の悪戯とは真か?」
「フェルマ術院長がおしゃっていたことが真実でございます。先日血を吐き、今もなお微熱ではありますが発熱しております」
「そうか……。すまない、無理を言って。……身体は辛くないか?」
はっ?
カラダハツラクナイカ?
アリスティアは皇帝が発したその一言に暫し啞然とする。信じられない……今の今までアリスティアに対して何もしてこなかった皇帝がアリスティアを案じる一言を口にしたのだ。アリスティアが熱を出し、寂しさで震えていても、庭で偶然会って目の前で倒れても、アリスティアに対し何もしなかったあの皇帝が、だ。
これは前のアリスティアの時には無かった出来事であるためその一言を理解するのに時間を要した。
「皇女……?どうした、大丈夫か」
いや、大丈夫かって……貴方そんな心配する人じゃないでしょう。
「……いえ、確かに発熱はしておりますが、それ程辛くはありません」
事実アリスティアは辛くはなかった。……だってこの程度の身体のだるさなど慣れているのだから。
余談だが、アリスティアの微熱とは日本でいう38.5℃である。本当ならば、ベットで寝ていないといけないのだが、エマの反対を押し切りアリスティアは本日皇帝と相まみえた。
「そうか……」
「皇帝陛下。恐れながら二つほど願いがございます」
「皇女が?私に?」
そんな権限がお前にあるとでも?という副音声が聞こえた気がした。
「……はい。ご存知の通り私の寿命は多くて後5年。私には既に何の価値もないことを私自身が分かっております。国の利益にもならず、降嫁して皇族と貴族の関係を深めることもできず、私はただ意味もなくのうのうと生きているだけ。なれば、私は皇族である意味も必要性もありません。そのため皇位継承権を破棄したいと思っていおります。これは私を争いの種と危惧している方々にとって正に僥倖ではないでしょうか?」
「庶民として市井に降ると言うのか」
皇帝の顔にはありありと「病弱で何もできないお前がそこで生きていけるのか?」と書いてあった。
今までの私を知らずに何故そのような事がお前に分かる!!?少なくともこの場所よりは市井の方がよっぽどマシだ!!
アリスティアは叫びたくてしょうがない気持ちを抑え頷く。
「はい。誰にも何も言われず、ただのアリスティアとして静かに朽ちて行く……それが私の理想の死に方ですわ」
「…っ」
皇帝はアリスティアの言葉に僅かに息を呑む。そんな皇帝の様子に気付かずアリスティアは続ける。
「それに伴い、二つ目の願いがございます。土地と少しの金銭を恵んでは頂けないでしょうか。ご存じかどうかは分かりませんが、現在私の資産というものは殆どございません。別に私はいつ死んでも良いのですが、エマは…私の侍女は死んではいけないので……家と僅かな金銭があれば贅沢はできませんが、普通に生活できるのではと愚考しております」
アリスティアは顔を上げ、少し上にいる皇帝の顔を改めて見て驚愕する。
そこには無表情で冷たい目でアリスティアを見ている皇帝がいるのではと思っていた。しかし、実際はどうだ。
皇帝は何かを耐えるような、そう、何かを後悔しているような、そんな顔をしていた。
「…っ誰が、誰が、皇女にそのような事を言った!?」
「そのような事とは?」
「いつ死んでも良い、というやつだ!!」
何故皇帝が怒っているのか分からずアリスティアは首を傾げながらさも当然かのように言う。
「だってそれが貴方方の願いでしょう?」
これは業だ。
アリスティア自身気付いてはいないが、いくら日本人だった頃の記憶を思い出しても、通常の倫理観を取り戻しても、長く、長く、刷り込まれた概念というものは簡単には消えない。命は尊いもの、でも、アリスティアの命は別に何とも思われていない。……それだけでなく死を願われている。なら、アリスティアの死は軽いもの。
だから、私はいつ死んでも良いの。
アリスティアは無意識下でそう思っている。アリスティアがもし前のアリスティアではなく、日本人としての意識に比重を置いていたら自身の死を軽いものだとは思っていなかっただろう。まぁ、それはもしもの話だが。
「……皇女、そなたの願いは分かった。だが、それを叶える事はできない」
皇帝は立ち上がりかけた自身の身体を再び玉座に戻し、目元を隠しながら震える声でアリスティアにとって酷く残酷な事を言う。
「は…?」
何故…?
何故だ!!
お前にとってアリスティアは憎しみを抱く対象だろう!!ならば、さっさと自分の視界から消えて欲しいはずだ!!存在すら感じたくないのだろう!?
それは決して勘違いなどではなく、1回目のアリスティアが病床の皇帝自身に直接言われたことだった。
アリスティアは只々混乱する。
1回目のアリスティアと今回のアリスティアには精霊の悪戯と病弱以外に違いなど殆どない。……のにも関わらず、皇帝は正に青天の霹靂であろうアリスティアの提案を、願いを、却下した。
アリスティアの混乱など気にせず皇帝は尚も続ける。
「そなたには本日から皇宮に移ってもらう。術院にも近い部屋を用意させる。そなたは今暫くそこで療養をしながら暮らせ」
「っ……療養と言っても不治の病なのですよ!?」
突然の皇宮移住に混乱しているアリスティアは思わず声を荒げる。
「だが、あの離宮よりはマシだろう」
「…本当にそう思っていらっしゃるのですか」
「ああ」
皇帝は分かっていない。
アリスティアにとっての敵が遥かに多いのは離宮よりも王宮の方なのだ。そもそもの話、あの廃れている離宮をアリスティアに与えたのは他でもない皇帝である。それをお前が言うのかとアリスティアは思った。
溜息を吐きたい気持ちをグッと堪える。
「それ、は皇帝としての、御言葉ですか?」
「……いや、父親としてだ」
「私に父親などいません!!!」
反射的にアリスティアは咆える。
「血縁上の父は確かに貴方です。っしかし、皇子殿下方は兎も角今まで一度だって貴方が私の父親になったことがありますか…?父だって、兄だって、母だって私にはいません。いるのはエマという姉のような家族だけ……」
拳を握り締め、泣きそうになりながらもアリスティアは必死に皇帝を睨みつける。
「それに!!
私の名前すら呼ばない人を私は父親とは認めない!!!」
「っ!!」
皇帝は選択を誤った。
父親としてではなく、皇帝としての命令であればアリスティアはここまで激昂せず、心の内は兎も角粛々と命令に従っただろう。
普段出さない大きな声にアリスティアの体力は限界だった。
はぁ、はぁと息を整えようとするが興奮しているためか中々治らない。
そうして、少しだけ、ほんの少しだけ冷静になったアリスティアは皇帝に対し、声を荒げた自分に青褪める。
不敬罪。
そんな言葉がアリスティアの脳内をよぎる。
そこで、幸か不幸か諸々のキャパオーバーとずっと続いている微熱(仮)の所為でアリスティアはその場で意識を失う。
倒れる直前、焦った表情でこちらに手を伸ばしながら自身の名前を呼ぶ皇帝の姿を見た気がした。
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