2 / 10
第一章 病弱皇女と血のつながった他人
病弱たる皇女は死を知っている
しおりを挟むオールスティン帝国 第一皇女 アリスティア・ファータ・オールスティンは物心ついた時から病弱であった。成長するにつれ良くなると思われていた病弱さは良くなることはなく、しかし、悪くなることもなかった。
今までは。
いつものようにアリスティアは重く熱い体を起こし、いつものように咳をする。これがいつもの朝であるならば、アリスティアは侍女を呼び、朝食をとる。しかし、今日に限っていつものようにはいかなかった。
「…っごほ、ん゛ん゛……かはっ」
瞬間、アリスティアの手に液体が付着した。赤い、赤い、そう血のような鮮やかな赤い液体であった。
「……血?」
アリスティアは手についた血を茫然と見つめる。
赤いその液体にアリスティアは妙な既視感を感じ、はて?と考えるが妙な既視感は消えない。茫然と血を見つめながら考える。
考え、考え、そして、覚えのある光景がアリスティアの脳内に浮かぶ。
アリスティアは小さなころから後悔していた。何を、と聞かれても何を後悔しているのかアリスティアは分からなかった。後悔の他にも軽蔑、嫌悪、罪悪感、憎悪、絶望…様々な負の感情がアリスティアの中のあった。
その何か、がたった今分かった。
声が、頭の中で声が響く。
_____「はっ、死ね、死ね、死ねぇぇぇぇえっ」
何度も何度も手に持ったナイフで女を刺し、嗤っている男を混乱しながらも己の生を諦める黒髪の女。自分とは似ても似つかない女をアリスティアは知っている。
_____「その女の首を刎ねろ!!!!」
大勢の人間に蔑まれながら自分の首を刎ねられた光り輝くプラチナブロンドのアリスティアと同じ顔の女をアリスティアは知っている。
痛くて、痛くて、熱くて、全てを諦めた末に感覚の全てが無くなり、自分から流れた血を見つめながら一人孤独に女達は息絶える。
女達の息絶える瞬間、そして、その一生を垣間見えたアリスティアは悟る。
あれはアリスティア自身だと。
生きたかった、まだ何もしていない、まだ何も己は成し遂げていない!!!どうして、どうしてこんなことに!!どこで、一体何を間違えた。いや、何も己は何も間違えてはいない。己が正しいと思ったことをしただけだ。それに関して、己は後悔していいない、いや、してはいけない。
それでも、それでも己が国の大切な民たちに対して彼らを止めきれなかったことを己は後悔している。
血に濡れた手を見つめながら、アリスティアは静かに静かにその美しい顔を濡らす。
その時、いつまで経ってもいつものように侍女を呼ばないアリスティアを訝しみ、部屋の前に待機していた侍女が部屋のドアをノックする。
しかし、現在のアリスティアにはそのノックに反応できるだけの気力や余裕はなかった。
アリスティアの乳母の娘である侍女のエマは乳姉妹かつアリスティアの親友であり、この国で唯一アリスティアに信頼され、この国で唯一アリスティアの寝室に無断で入る許可を他でもないアリスティアから得ている。
故に、彼女はアリスティアの返事がなくとも寝室へ入る。
「失礼いたします。ティア様、起床のお時間ですが……っティア様!?」
アリスティアに向かって一礼した後に茫然と涙を流しているアリスティアをエマは目にし、普段の彼女らしくなく慌てた様子でアリスティアに駆け寄る。
「エマ……申し訳ないけれど、私は今から倒れます。看病よろしくお願いします、ね」
「ティア様!?ティア様!?」
混乱するエマには申し訳ないが、一気に二つの自分を思い出したアリスティアの脳はすでに限界を超え、彼女はその日三日三晩続く高熱を出した。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説

【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】
乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。
※他サイトでも投稿中

村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~
白金ひよこ
恋愛
熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!
しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!
物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

所(世界)変われば品(常識)変わる
章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。
それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。
予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう?
ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。
完結まで予約投稿済み。
全21話。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる