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枯渇する泉

55.理由

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 魔物に襲われた人達を癒やしがてら、先日行われた祭に関しての情報収集を進めた。
 祭に関しては、直近に行われたこともあってか、多くの人が記憶の片隅にその時の思い出を置いていてくれたようで、難なく情報収集は進んだ。

 曰く、例年と変わりない祭だった、との意見が多い。
 ――泉の精霊に捧げる祭は、泉の傍で行うわけではなく、ヒーシの村内部で行われる催しだ。
 当日は、おのおの、その年に得た作物や果物、肉類を持ち寄り、それらを皆で調理し、食べるのだという。精霊に捧げないのか、という話になってくるのだが――ヒーシの村では、泉の精霊はとても楽しいことが好きな精霊だと知られており、祭を開催すれば必然、精霊も人に紛れてやってくるのだと信じられていたようである。

 それもあってか、その祭の日だけは、ヒーシの村の人々はよそ者が来たとしても一切気にしない。むしろ、厚くもてなすのだという。そのよそ者こそが、ヒーシの村近く、南部の泉を守る精霊である可能性があるからだ。
 その年も、ヒーシの村は酷く混雑していて、――けれど問題無く、祭は終わったとのことだった。
 祭の次の日には、もうよそ者は村を出て行くし、更に言えばヒーシの村の人々だって日常的な仕事がある。おのおのが自分の現実に戻っていくことで、祭は終結するらしい。

「……よそからやってきた人が怪しいと思う」

 沢山の情報収集を終え、私たちはご厚意で用意してもらった宿へ向かう。室数が少ないこともなり、何人かが相部屋を余儀なくされ、私もそのうちの一人だった。つまり、カイネと相部屋になったのである。
 まあ野営の道中も一緒の天幕で過ごしたし、もうなんだか今更、という気持ちになってきた。他の人と同室になっても困りものだし、カイネが許してくれるなら、その厚意に甘えよう――と思ったのがついさっきのことである。

 早速部屋に案内された私は、後から入って来て扉を閉めるカイネに、即座に今日のことを話した。カイネは僅かに目を瞬かせて、それから小さく頷く。

「状況的には、よそ者が何かをした可能性は高いね。けれど、例えよそ者によって泉に毒を入れられたとしても、次の日には問題無く飲み水として使用出来る……というのが、南部の泉の特徴だったんだ」

 つまり、泉自体に何か細工をしたとしても、問題無く泉は使えるようになると言われている以上、そういった細工をする可能性は無いに等しい、のだろう。
 そもそも精霊が住まう場所とされている泉に細工をすること自体、畏れ多くて、大概の人は出来ないのではないだろうか。

「案外、出された料理がお気に召さなかっただけ、なのかもしれないね」
「ええっ」

 カイネが小さく笑いながら続けた言葉に、思わず悲鳴のような声が出る。そ、そんなことが精霊が泉を離れ、魔物を呼び寄せる理由になるのだろうか。――いやでも、フィルギャを見ても、精霊というのは人とは全く違った感覚を持っているらしいし、もしかしたらあり得るのかもしれない。
 こ、怖すぎる。

「毎回物を持ち寄って祭を開催するらしいけれど……、おおよそ、どこの家が何を持ち寄るのかは、決まっているだろうと思うからね」
「どうして?」
「――それぞれ、人々には手を出すことの出来る分野と、出来ない分野があるだろう? 魚に詳しい人間は魚を持ち寄れるが、森や山に根付くものを持ち寄れない。毒が入っている可能性があるから。逆も同じだ。それを考えると、もしかしたら今年、参加出来なかった人が居るんじゃないかな」

 つまり、例年であれば持ち寄られていた『ある物』が無いが故に、人間に扮して祭に参加した精霊が怒り、泉から去った――ということだろうか。
 いや、――去った、は、違う。

「ううん、ちがう、……もしかして、精霊は、去ってはいない?」
「うん。おそらくは。多分、もの凄く自身の影響を小さくして、泉のどこかに居るんじゃないかな。ただ、完全に居なくなると魔物の勢力が激しさを増して、恐らく死人も出るだろうし。そこのあたりは精霊の力で、どうにかしているのかも」

 だから、――死人が、出ないのだろうか。
 見せしめのように害される人々は、まさしく、見せしめに過ぎないからだ。例年通りの祭を開催せよ、という、精霊からの物言わぬメッセージなのである。

「……精霊、怖すぎるでしょ……」
「推測に過ぎないけれどね。――とにかく、明日は泉の傍の魔物を掃討することになるだろうけれど……、このままだとこちらにも怪我人が出るかも知れない」

 メルに頼ることが多くなるかも知れない、とカイネは続ける。もちろん、私は癒術士としてこの遠征に従事しているわけだし、何か手伝えるところがあるならいつでも頼って欲しいと思う。

「大丈夫、すぐに治して見せるよ!」
「うん。――ありがとう、メル。メルが居ると心強いね。メルが居てくれて、本当に良かった」

 嬉しそうにカイネは微笑んで、それから軽く首を振った。「兄様は今日のことを、殿下に伝えてくるよ」と彼は続けて、それから「メルは先に寝ていて良いからね」と囁く。

「ううん、待ってるよ」
「そう? ふふ、メル、ありがとう。すぐに帰ってくるから。一緒に寝ようか。今日は少し寒いし、兄様の布団はいつでも空いてるよ!」
「それは……そこまでは……遠慮しておこうかな」
「どうして」
「……兄様の風評が大変なことになるというか。ただでさえ、なんだかただならぬ仲だと思われてるみたいだし」

 殿下の態度を思い出して、小さく苦笑する。ただならぬ、とカイネは小さく言葉を続けて、それから「兄様は全く問題無いけれど」と優しい声で続けた。
 いやいや。問題はあるだろう。

「結婚出来なくなっちゃうよ、兄様が」
「もともと、メル以外とは結婚する気も無いよ」
「えっ。――えっ!?」
「じゃあ、行ってくるね。メル、眠たくなったら眠って良いからね」

 カイネは頬を赤く染めると、嬉しそうに笑ってそのまま部屋を出て行った。
 な、……なんだか、大変なことを言われた気がする。いやいや、待って。そ、そんなことある?
 聞き間違い、ではないだろうけれど。

 ……いやでも、カイネのことである。別段本当に、深い意味なく言っているだけの可能性もあるし。

「……考えるのやめよう」

 よし。このままぐちゃぐちゃに考えて、明日に支障を来しては事である。とにかく、カイネから言われたことは頭の隅に――どうにかして追いやることにして。
 必死に頭の中でカイネの言葉をぎゅうぎゅうと圧縮しながら、私は小さく息を吐く。

 戯れに発した言葉だったとしたら罪深すぎる、気がする、なんて思いながら。
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