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枯渇する泉
54.ヒーシ
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カイネと一緒のテントで寝泊まりをし、行軍を進める。
途中、魔物と出会うこともあったが、流石騎士団と言った感じで、あまり怪我や傷を負うことなく対処することが出来た。
南部には、殿下の言う通り、出立から三日後の昼、ようやく到着した。
精霊の住む泉が近場に存在することもあり、今までに寄った村と比べると、南部は繁盛していた。ぐるりと塀で囲まれた村は、ヒーシと言うらしい。
まず、村を治めている貴族に挨拶に行くということで、殿下は着いて直ぐに、少数の騎士を伴って団から離れてしまった。
ミュートス辺境伯領と比べると、ヒーシは温暖な気候らしい。ユリウスは南部の生まれで、常々北部の寒さには慣れないと言っていたけれど、確かに、気温が全く違う。南部の気温に慣れていたら、北部はきついだろうなあ、としみじみと思う。ユリウスは寒がりだから、尚更だ。
今度寒さをしのぐ何かを贈ろうかなあ、なんてぼんやりと思いながら、騎士団から少し離れた場所に突っ立っていると、話を終えたらしい殿下達が帰ってくる。
「南部の泉の周辺には今やヒーシの村の人々も近づけないくらい、魔物が多いらしいから――今日は泉の方を少数で見に行って、情報収集をした後、明日の掃討を行おうか」
殿下の言葉に、騎士達が直ぐに準備を始める。
来て直ぐに掃討へ赴かないのは、泉の辺りがどのような状況になっているかをきちんと確認してからでないと、無駄な犠牲を出す恐れがあるから、だろうか。村の人々も近づかないくらいに魔物が増えている場所である。無理な行軍を押して向かえば、誰かが傷つく恐れもある。
殿下が何人かの騎士に偵察を頼んでいるのを眺めていると、すぐに私の視線に気付いたのか、殿下は踵を返して私の傍に近づいてきた。
「メル令嬢、少し良いかな?」
「もちろんです。なんでしょうか」
「実は、ヒーシの村の被害が結構あるようでね。魔物を追い払うために、怪我をした村人がいるらしい。君に彼らをお願いしても良いかな?」
基本的に、魔物から受けた傷というものは治りが遅い。どうしてかはわからないのだが、そうなっている――としか、言えない。故に、自然治癒に任せていると普通の傷の倍時間がかかる、ということも多いのだ。
だからこそ、癒術士が存在する。自然治癒以上の力を引き出し、魔物から受けた傷を治すのに、打って付けの存在だからだ。
「もちろんです。癒術士として、村人の治癒に専念します」
「うん。――よろしくね。そうだ、カイネも着いて行ってよ」
不意に殿下が顔を傾けて、カイネを呼ぶ。他の騎士団員に指導をしていたカイネが、殿下の声に、すぐ会話を切ってこちらに近づいてきた。
「私が、ですか?」
「そう。どういう魔物に襲われたか、とかね。君なら聞けるだろう? もし被害者が恐怖に口を噤んでいたとしても、君なら傷口から魔物の形を想像をすることは出来る」
「わかりました。メル、一緒に行こうか」
「――うん、よろしくね、兄様」
カイネが小さく頷く。そうしてから、殿下の指示通りに隊を分けた騎士団員たちが、おのおのの持ち場に赴くように散る。
私もカイネと共に、怪我人の家を訪ねることになった。一応、領主から怪我人のリストのようなものは貰ったので、それを手に地道に様々なお家を訪ねることになる。
「怪我人多いね……」
渡されたリストを元に、私とカイネは石畳の道を歩く。カイネは小さく頷いて、「普通なら、こういうとき、領主が邸宅の一室を怪我人のために開いたりすることも多いんだけど、それはしていないみたいだね」と静かに続けた。
「そうなんだ。自分の家で療養せよ、ってこと?」
「そうだね。それに、大々的にそういったことをしたら、南部に異変があることを対外的に示すことにもなるから」
隠したいんだろう、とカイネは言葉を続ける。イストリア帝国は、北部に存在する異国との小競り合いのようなことをよく行っている。だからこそ、対外的に攻め時と思われるような、そんな情報を公にはしたくないのだろう。それが南部という、異国と一切接していない地域での異変であったとしても。
話している内に、怪我人がいるらしい家に到着する。扉をノックすると、僅かな間を置いてからやつれたような様子の女性が出てきた。
「はい、ええと、どちらさまで」
「帝都から派遣されてきました、エトル騎士団所属、カイネ・ミュートスと申します。こちらは癒術士のメル・カタラ。こちらの家に、魔物に襲われて怪我を負った人が居ると聞いてきました」
僅かな猜疑に揺れていた瞳が、カイネのなだらかな自己紹介を聞いて、僅かに潤む。
「ど、どうぞ。入ってください」
すぐに女性が軽く体を引いて、扉を開けた。遠慮無くあがらせてもらう。
生活感のある部屋が広がっていた。テーブルの上に食べかけらしき皿が置かれていて、地面には衣服が落ちている。柔らかな人の生活臭の中に、血のにおいが混じって漂ってくるのがわかった。
「主人が……。泉に行った時に怪我を負って。まったく治らないんです。お医者様からは気力の問題だと言われていて……」
「辛かったですね……」
気力ではどうにもならない。それが魔物の傷だ。女性は僅かに頷いて、それから、この部屋です、と廊下を少し行った所にある扉を開いた。
中にはベッドと椅子、そして小さな机がある。ベッドには男性が寝ていた。荒い呼吸を零している。どうやら背中に傷を負っているらしく、扉に背を向けるようにして横向きに寝ていた。
「お父さん、帝都から癒術士様が来てくれたよ」
「え――あ……?」
「すみません。どうしてか、その、傷を負ってからというもの、話すこともままならなくて……」
衰弱しているのだろう。女性の言葉に、あまり声を返さず、男性は身じろぎもしない。こちらに背を向けたままだった。
私はその傍に膝を突く。ベッドシーツにはうっすらと乾いた血がこびりついていた。これはきつかっただろうな、と思う。
ゆっくりと息を吐いてから、私は男性の背に手を翳した。癒術の行使を始める。男性の体の傷口の部分。糸のように全身を巡る生気が、そこでぐちゃぐちゃになってほつれている。穴が空いているような、そんな形だった。
何度も何度もやった通り、私は指先を動かして、そのほつれを修復していく。男性が生きる気力を取り戻すように、魔力を注ぎ込み、少しずつ正常な形に戻していく。黒いもやのような部分が見えて、その部分もきちんと取り払う。
――癒術はほどなくして、終了した。男性の背中にあった傷口は綺麗に無くなり、荒かった呼吸も、癒術の途中で少しずつ安らかなものに変わっていった。
すうすう、と、安らかな寝息を零す男性を眺めて、私は小さく息を吐く。女性がまるで信じられないものを見たかのように、私とカイネと、そして男性を交互に眺め、それからぼろぼろと涙を零した。
「ありがとうございます……!」
「いえ、良かったです。傷も治りましたから、明日からはきっと元気になってくれると思いますよ」
私は頷いて返す。寝ている男性を起こすわけにもいかないので、私とカイネは女性の感謝を聞きながら、その場を後にした。
リストをしらみつぶしにするように、他の怪我人の家も回る。何人か治療を終えた所で、カイネが休憩しよう、と言ってくれたので、私たちは広場のような場所に腰を据えることにした。
広場の椅子に腰を下ろすと、どっと疲れが襲ってくる。思わず背もたれに全体重を預けていると、それを見たカイネが小さく笑って、立ち上がり、直ぐに戻ってきた。手には摘まんで食べられるお菓子がある。
「メル、お疲れ様。頑張ったね」
「うん、でも……でも、まだまだ人数は居るみたいだから、頑張るよ」
もうそろそろ夕方になりそうだが、リストの半分も治せていない。まだまだ頑張らないと、と思いながら、カイネに手渡されたお菓子を摘まむ。
甘い砂糖でコーティングされた、木の実のお菓子のようで、口に入れると砂糖がふわ、と解けるように口内に広がるのがわかる。疲れた体にとても嬉しい食べ物だ。
「美味しい。凄く美味しい」
「南部の名産、泉近くで採れた木の実を使ったお菓子らしいよ」
「そうなんだ……えっ!? 泉の近くで!?」
「多分、まあ、そういう風に言っているだけ、なんだろうね。今は」
思わず驚いてしまうと、カイネが小さく笑った。国産(国産とは言っていない)みたいな感じなのだろう。なんだそれという感じはあるが。
木の実をぽりぽりと食べながら、私は今まで治療してきた人のことを振り返る。多くが背中に傷をしていた。恐らく魔物と会敵し、逃げたものの追いつかれて傷つけられた、と思うのが一番妥当だろう。
大人ですらその凶刃から逃れることは出来ない。つまりは足が速い魔物だ。それと。
「……癒やした人達、全員、黒いもやがあったんだよね……」
「黒いもや?」
「そう。病気とか、呪いとか。そういうのがかかっていた場合、黒いもやになって見えるの」
全員が全員、それを体に抱えていた。恐らく、魔物の攻撃によって生じたものだろう。それに、ここまで数人見たけれど、全員受け答えの出来るような状況では無かった。
「魔物の攻撃で多分……、呪われているか、してると思う」
「そういえば、最初の怪我人も、言っていたね。魔物に襲われてから、話すこともままならないって」
私は頷いて返す。恐らく、それが魔物によってつけられた呪い――なのだろう。
「傷口は鋭利なものが多かった。勢いよく切りつけられたら、死んでしまう人も居そうだけれど……。今の所居ないから、殺す目的じゃない。まるで見せしめのようだね」
「……見せしめ」
「そう。南部の泉に何が起こっているかはわからないけれど、普通の魔物が相手じゃないのは確かだ。もしかしたら、精霊が魔物に変転してしまっている可能性もある」
「そんなこと、あるの?」
「どうだろうね。兄様は聞いたことが無いけれど、もしかしたら、という可能性はいつも考えておかないと」
カイネは小さく笑う。確かに、最初から全ての可能性を無いものとして扱うわけにもいかないだろう。
南部の泉には、精霊が住まうと言う。――だが実際、今は魔物の巣窟になっている。精霊が居れば、そんなことにはならないだろう。
つまり精霊は、今、南部の泉には居ないと考えるべきだ。
「そういえば、泉がこうなる前に、ヒーシでは泉の精霊に捧げる祭を行っていたらしいよ」
「そうなの?」
「うん。その後から、泉がおかしくなったらしいから……、もしかしたら祭で何かがあったのかもしれないね」
私はカイネの言葉に頷く。被害者本人に、被害に遭った時の話を聞くことは出来ないけれど、祭の時の様子なら、恐らく家族や知人、友人であろう人にも聞くことが出来る。
「何か思いついた?」
「うん、少しだけ。祭の様子なら、色んな人に聞けるなあって」
「そうだね。じゃあ、次の人からは少し祭について聞いてみようか」
カイネが小さく笑う。そうして、私とカイネは充分な休息を取ってから、怪我人の家を遅くまで回った。
途中、魔物と出会うこともあったが、流石騎士団と言った感じで、あまり怪我や傷を負うことなく対処することが出来た。
南部には、殿下の言う通り、出立から三日後の昼、ようやく到着した。
精霊の住む泉が近場に存在することもあり、今までに寄った村と比べると、南部は繁盛していた。ぐるりと塀で囲まれた村は、ヒーシと言うらしい。
まず、村を治めている貴族に挨拶に行くということで、殿下は着いて直ぐに、少数の騎士を伴って団から離れてしまった。
ミュートス辺境伯領と比べると、ヒーシは温暖な気候らしい。ユリウスは南部の生まれで、常々北部の寒さには慣れないと言っていたけれど、確かに、気温が全く違う。南部の気温に慣れていたら、北部はきついだろうなあ、としみじみと思う。ユリウスは寒がりだから、尚更だ。
今度寒さをしのぐ何かを贈ろうかなあ、なんてぼんやりと思いながら、騎士団から少し離れた場所に突っ立っていると、話を終えたらしい殿下達が帰ってくる。
「南部の泉の周辺には今やヒーシの村の人々も近づけないくらい、魔物が多いらしいから――今日は泉の方を少数で見に行って、情報収集をした後、明日の掃討を行おうか」
殿下の言葉に、騎士達が直ぐに準備を始める。
来て直ぐに掃討へ赴かないのは、泉の辺りがどのような状況になっているかをきちんと確認してからでないと、無駄な犠牲を出す恐れがあるから、だろうか。村の人々も近づかないくらいに魔物が増えている場所である。無理な行軍を押して向かえば、誰かが傷つく恐れもある。
殿下が何人かの騎士に偵察を頼んでいるのを眺めていると、すぐに私の視線に気付いたのか、殿下は踵を返して私の傍に近づいてきた。
「メル令嬢、少し良いかな?」
「もちろんです。なんでしょうか」
「実は、ヒーシの村の被害が結構あるようでね。魔物を追い払うために、怪我をした村人がいるらしい。君に彼らをお願いしても良いかな?」
基本的に、魔物から受けた傷というものは治りが遅い。どうしてかはわからないのだが、そうなっている――としか、言えない。故に、自然治癒に任せていると普通の傷の倍時間がかかる、ということも多いのだ。
だからこそ、癒術士が存在する。自然治癒以上の力を引き出し、魔物から受けた傷を治すのに、打って付けの存在だからだ。
「もちろんです。癒術士として、村人の治癒に専念します」
「うん。――よろしくね。そうだ、カイネも着いて行ってよ」
不意に殿下が顔を傾けて、カイネを呼ぶ。他の騎士団員に指導をしていたカイネが、殿下の声に、すぐ会話を切ってこちらに近づいてきた。
「私が、ですか?」
「そう。どういう魔物に襲われたか、とかね。君なら聞けるだろう? もし被害者が恐怖に口を噤んでいたとしても、君なら傷口から魔物の形を想像をすることは出来る」
「わかりました。メル、一緒に行こうか」
「――うん、よろしくね、兄様」
カイネが小さく頷く。そうしてから、殿下の指示通りに隊を分けた騎士団員たちが、おのおのの持ち場に赴くように散る。
私もカイネと共に、怪我人の家を訪ねることになった。一応、領主から怪我人のリストのようなものは貰ったので、それを手に地道に様々なお家を訪ねることになる。
「怪我人多いね……」
渡されたリストを元に、私とカイネは石畳の道を歩く。カイネは小さく頷いて、「普通なら、こういうとき、領主が邸宅の一室を怪我人のために開いたりすることも多いんだけど、それはしていないみたいだね」と静かに続けた。
「そうなんだ。自分の家で療養せよ、ってこと?」
「そうだね。それに、大々的にそういったことをしたら、南部に異変があることを対外的に示すことにもなるから」
隠したいんだろう、とカイネは言葉を続ける。イストリア帝国は、北部に存在する異国との小競り合いのようなことをよく行っている。だからこそ、対外的に攻め時と思われるような、そんな情報を公にはしたくないのだろう。それが南部という、異国と一切接していない地域での異変であったとしても。
話している内に、怪我人がいるらしい家に到着する。扉をノックすると、僅かな間を置いてからやつれたような様子の女性が出てきた。
「はい、ええと、どちらさまで」
「帝都から派遣されてきました、エトル騎士団所属、カイネ・ミュートスと申します。こちらは癒術士のメル・カタラ。こちらの家に、魔物に襲われて怪我を負った人が居ると聞いてきました」
僅かな猜疑に揺れていた瞳が、カイネのなだらかな自己紹介を聞いて、僅かに潤む。
「ど、どうぞ。入ってください」
すぐに女性が軽く体を引いて、扉を開けた。遠慮無くあがらせてもらう。
生活感のある部屋が広がっていた。テーブルの上に食べかけらしき皿が置かれていて、地面には衣服が落ちている。柔らかな人の生活臭の中に、血のにおいが混じって漂ってくるのがわかった。
「主人が……。泉に行った時に怪我を負って。まったく治らないんです。お医者様からは気力の問題だと言われていて……」
「辛かったですね……」
気力ではどうにもならない。それが魔物の傷だ。女性は僅かに頷いて、それから、この部屋です、と廊下を少し行った所にある扉を開いた。
中にはベッドと椅子、そして小さな机がある。ベッドには男性が寝ていた。荒い呼吸を零している。どうやら背中に傷を負っているらしく、扉に背を向けるようにして横向きに寝ていた。
「お父さん、帝都から癒術士様が来てくれたよ」
「え――あ……?」
「すみません。どうしてか、その、傷を負ってからというもの、話すこともままならなくて……」
衰弱しているのだろう。女性の言葉に、あまり声を返さず、男性は身じろぎもしない。こちらに背を向けたままだった。
私はその傍に膝を突く。ベッドシーツにはうっすらと乾いた血がこびりついていた。これはきつかっただろうな、と思う。
ゆっくりと息を吐いてから、私は男性の背に手を翳した。癒術の行使を始める。男性の体の傷口の部分。糸のように全身を巡る生気が、そこでぐちゃぐちゃになってほつれている。穴が空いているような、そんな形だった。
何度も何度もやった通り、私は指先を動かして、そのほつれを修復していく。男性が生きる気力を取り戻すように、魔力を注ぎ込み、少しずつ正常な形に戻していく。黒いもやのような部分が見えて、その部分もきちんと取り払う。
――癒術はほどなくして、終了した。男性の背中にあった傷口は綺麗に無くなり、荒かった呼吸も、癒術の途中で少しずつ安らかなものに変わっていった。
すうすう、と、安らかな寝息を零す男性を眺めて、私は小さく息を吐く。女性がまるで信じられないものを見たかのように、私とカイネと、そして男性を交互に眺め、それからぼろぼろと涙を零した。
「ありがとうございます……!」
「いえ、良かったです。傷も治りましたから、明日からはきっと元気になってくれると思いますよ」
私は頷いて返す。寝ている男性を起こすわけにもいかないので、私とカイネは女性の感謝を聞きながら、その場を後にした。
リストをしらみつぶしにするように、他の怪我人の家も回る。何人か治療を終えた所で、カイネが休憩しよう、と言ってくれたので、私たちは広場のような場所に腰を据えることにした。
広場の椅子に腰を下ろすと、どっと疲れが襲ってくる。思わず背もたれに全体重を預けていると、それを見たカイネが小さく笑って、立ち上がり、直ぐに戻ってきた。手には摘まんで食べられるお菓子がある。
「メル、お疲れ様。頑張ったね」
「うん、でも……でも、まだまだ人数は居るみたいだから、頑張るよ」
もうそろそろ夕方になりそうだが、リストの半分も治せていない。まだまだ頑張らないと、と思いながら、カイネに手渡されたお菓子を摘まむ。
甘い砂糖でコーティングされた、木の実のお菓子のようで、口に入れると砂糖がふわ、と解けるように口内に広がるのがわかる。疲れた体にとても嬉しい食べ物だ。
「美味しい。凄く美味しい」
「南部の名産、泉近くで採れた木の実を使ったお菓子らしいよ」
「そうなんだ……えっ!? 泉の近くで!?」
「多分、まあ、そういう風に言っているだけ、なんだろうね。今は」
思わず驚いてしまうと、カイネが小さく笑った。国産(国産とは言っていない)みたいな感じなのだろう。なんだそれという感じはあるが。
木の実をぽりぽりと食べながら、私は今まで治療してきた人のことを振り返る。多くが背中に傷をしていた。恐らく魔物と会敵し、逃げたものの追いつかれて傷つけられた、と思うのが一番妥当だろう。
大人ですらその凶刃から逃れることは出来ない。つまりは足が速い魔物だ。それと。
「……癒やした人達、全員、黒いもやがあったんだよね……」
「黒いもや?」
「そう。病気とか、呪いとか。そういうのがかかっていた場合、黒いもやになって見えるの」
全員が全員、それを体に抱えていた。恐らく、魔物の攻撃によって生じたものだろう。それに、ここまで数人見たけれど、全員受け答えの出来るような状況では無かった。
「魔物の攻撃で多分……、呪われているか、してると思う」
「そういえば、最初の怪我人も、言っていたね。魔物に襲われてから、話すこともままならないって」
私は頷いて返す。恐らく、それが魔物によってつけられた呪い――なのだろう。
「傷口は鋭利なものが多かった。勢いよく切りつけられたら、死んでしまう人も居そうだけれど……。今の所居ないから、殺す目的じゃない。まるで見せしめのようだね」
「……見せしめ」
「そう。南部の泉に何が起こっているかはわからないけれど、普通の魔物が相手じゃないのは確かだ。もしかしたら、精霊が魔物に変転してしまっている可能性もある」
「そんなこと、あるの?」
「どうだろうね。兄様は聞いたことが無いけれど、もしかしたら、という可能性はいつも考えておかないと」
カイネは小さく笑う。確かに、最初から全ての可能性を無いものとして扱うわけにもいかないだろう。
南部の泉には、精霊が住まうと言う。――だが実際、今は魔物の巣窟になっている。精霊が居れば、そんなことにはならないだろう。
つまり精霊は、今、南部の泉には居ないと考えるべきだ。
「そういえば、泉がこうなる前に、ヒーシでは泉の精霊に捧げる祭を行っていたらしいよ」
「そうなの?」
「うん。その後から、泉がおかしくなったらしいから……、もしかしたら祭で何かがあったのかもしれないね」
私はカイネの言葉に頷く。被害者本人に、被害に遭った時の話を聞くことは出来ないけれど、祭の時の様子なら、恐らく家族や知人、友人であろう人にも聞くことが出来る。
「何か思いついた?」
「うん、少しだけ。祭の様子なら、色んな人に聞けるなあって」
「そうだね。じゃあ、次の人からは少し祭について聞いてみようか」
カイネが小さく笑う。そうして、私とカイネは充分な休息を取ってから、怪我人の家を遅くまで回った。
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