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癒術士試験

44.試験に備えて

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「で、昨日の夜、どこに出かけていたんだよ」

 朝、食堂へ向かう途中、リュジとばったりと出くわす。瞬間、仏頂面で早口に紡がれた言葉に、一瞬だけ面食らった。
 出来る限り音を出さないように行っていたのだけれど、どうにも気付かれていたらしい。どうやって答えようか、なんて考えながら視線をうろつかせると、リュジが僅かに眉根を寄せ、小さく息を吐く。

「なんだ、本当に出かけたのか?」
「えっ!?」
「メルは本当に、表情に出るよな。」

 か、かまをかけられていたらしい。それに完全に引っかかってしまったようだ。
 リュジは少しだけ怒った顔を続けざまに浮かべると、「やっぱり、聖女の墓の所で何かあったんだな」と続ける。
 そこまでバレていたなんて。

「……それで、何か進展はあったのか?」
「お、怒らないの?」
「怒る? ……怒ってほしいなら怒るけど」

 リュジは私をじっと見つめる。怒って欲しいわけではないので、慌てて首を振った。リュジは小さく息を零すと、私の額をかるくぺち、と指先で叩いてくる。でこぴん、のようなものだ。ちょっとだけ痛い。叩かれた場所を指先でさすりながら、「怒らないでって言ったのに」と少しだけ唇を尖らせる。リュジが訝しげな表情を浮かべた。

「怒って欲しそうな顔してた」
「怒って欲しそうな顔って何……?!」
「そういう顔だろ」

 リュジが小さく唇の端を持ち上げて笑う。――多分、リュジは、わかっているのだ。
 この状況で、私が誰にも告げずに、夜、外に出た意味。それはきっと、私が軽々に行動をしているから、ではなく、きちんとした意味があっての行動だと、リュジはわかってくれていて、その上で、私を許してくれたのだ。
 ――あのデコピン一つで。

「……叩かれた場所、赤くなってない?」
「なってない。そんなに強くしてない。ほら、はやく朝ご飯食べに行こう」

 リュジが手を差し出してくる。その手をしっかりと握って、私とリュジは食堂へ向かった。


 食事を終えた後、カイネとリュジに昨日の夜のことを話すことにした。隠す必要は無いだろうし、リュジにはもう夜に外へ出たことがバレているようだから、きちんと説明をした方が良いだろうと思ったからだ。
 二人に食事後、少しだけ時間を取ってもらって、昨日の顛末を軽く説明した。フィルギャという精霊と会ったこと、その精霊が今までずっと贈り物をくれていたこと、そして昨日、花を咲かせる魔法を教えてもらったということ。エトルリリーのあたりは、説明から省いた。
 リュジとカイネは私の言葉をふむふむと聞いていて、話終えると同時に、少しだけ安堵するような吐息を零した。

「ええと、つまり、メルはこれで枯れている花を咲かせることが出来るようになった、ってこと? 聖女様に魔法を授けた精霊と会えるなんて、凄いね」

 カイネはにこにこと笑みを浮かべて言う。それから「それなら、あの贈り物も普通に受け取ろうか。良かった、兄様の悪い想像が当たらなくて」と続ける。
 そう言えば、確かに、以前『面倒くさいことになるかも』と言っていた。そのことを言っているのだろうか。

「悪い想像、ですか?」
「そう。――ほら、この前他国の……それこそ、ミュートス領と国境を接している所の果物を持って来ていたでしょう。だから、もしかしたら、その精霊が他国の精霊なんじゃないかなあ、と少しだけ思ったんだ」
「他国の精霊……」
「精霊は土地に根ざすものだ。イストリア帝国に居るなら、もちろん、他の国にも存在するだろうから」
「他国にしか流通しないものを、今後も持ってこられていたら、メルが外敵と関わりのある存在と思われる可能性が出てくる、という話ですか?」

 リュジが言葉を続ける。カイネが頷いた。

「目敏く、口達者で、爵位持ちの人間の弱みを握ろうとする誰か――は、沢山存在するだろうから。現に物を処分するにせよなんにせよ、人の目に触れることは避けられない。いつのまにか、そして勝手に置かれているものだからね」

 だから良かった、とカイネは続ける。……エトルリリーの一件が一瞬頭を過ったが、すぐに心中から追い出すことにする。他国と通じているわけではないし、大丈夫なはずだ。問題無い。

「そういえば、精霊が網を外して欲しいって兄様に伝えてって言ってたけれど」
「網? ああ、――うん、わかった。やっておくよ」

 カイネが小さく頷く。やけに簡単に了承するが、網とは一体どういうことなのだろう。疑問がそのまま顔に出ていたのだろう、カイネは「捕まえるつもりだったから」と続ける。
 つまりは、まあ、そういうことなのだろう。網、とは、まさしく網に違いなかった、ということである。四六時中、かつ、魔法で網を張り続けることが出来るのかどうかは、……カイネだからなんとかなったのだろう。

「……それ以外は? 何か無かったのか?」
「何も。さっき話したことが全部だよ」

 リュジが首を傾げて、語尾を持ち上げる。私は頷いて、リュジを見つめかえした。リュジは少しだけ戸惑うように視線を揺らし、それから「例えば、見返りを要求されたりとかは、本当に無かったんだよな?」と続ける。
 もちろん無い。頷いて返すと、納得したのか、リュジは「信じるからな」と続けて、小さく首を振った。

「それにしたって、花を咲かせる魔法……は、疲れる、って精霊が言っていたんだよな」
「うん。聖女ならまだしも、私くらいだと確実に疲れるだろうって話はされた。花の中の生きる力がもう少なくなってるから、って」
「……大丈夫なのか?」

 陛下の御前で花を咲かせるのは、もう確定事項だ。だが、その一度を確実に成功させるためにも、練習はするつもりだ。多分、その時に大丈夫か、大丈夫じゃないか、がわかるだろう。つまり、御前できちんと意識を保っていられるか、そんなこと考えられないくらいに気力を根こそぎ持って行かれるか、ということが。

「大丈夫、練習もするから!」
「無理はするなよ。それと、練習は兄上か、俺、もしくはユリウス様が見てくださる時だけにすること」
「ええっ」
「昏倒した時にメル一人でどうにかなるのか? 最悪、誰にも気付かれないまま、意識を失った状態で外に何時間も一人きりになる可能性だってある」

 リュジの言うことは尤もだった。現状、どの程度負担になるかがわからないのだから、確かに、誰かに見て貰いながらやるべきだろう。頷いて返す。

「確かにそうだね。そうする」
「うん、いいこだね、メルは」

 カイネが嬉しそうに頷いて、私の頭を優しく撫でた。そうしてから、「兄様は騎士団の仕事が終わったら、いつでも暇だよ」と続ける。

「だから、兄様が居るときは、いつでも頼ってね」
「俺は……、家庭教師が来ない日なら」
「ありがとう、二人とも」

 二人には色々と迷惑をかけてばかりだ。だからこそ、今回で癒術士試験は一発合格したい。それに、今年は枯れた花を咲かせる試験が出されたが、来年もそうだとは限らない。もしかしたらもっとハードルをあげて、私の心を折りに来る可能性だってある。
 だからこそ、今回、必ず合格することが目下の目標だ。

「――絶対に受かってみせるから!」

 ぐっと拳を握って見せる。カイネとリュジが僅かに目を合わせて、それから小さく笑いながら、「頑張れ」と言う声が耳朶を打った。


 リュジ、そしてカイネと別れ、ユリウスの到来を待つべく、自室で待機している。
 練習のために先んじて、庭師から枯れた花を貰っておいた。何本か手に入れたので、出来る限り毎日――、それこそ、前日までは練習を積み重ねておきたいものである。

 枯れた花をいそいそとテーブルの上に並べていると、「メルお嬢様、ユリウス様がお越しです」と侍女から声をかけられる。入って貰って、と応えを返すと、直ぐにユリウスが室内に入ってきた。

「メルお嬢様、こんにちは。……枯れた花を並べて、どうしたんですか?」
「聞いて、ユリウス。精霊から魔法を教えてもらったの」

 声をかけると、ユリウスは僅かに目をしばたたかせる。そうしてから「それは――どういうことですか?」と首を傾げた。
 本日二度目になる説明を手早く繰り返すと、ユリウスは小さく頷いて、「本当に良かったですね」と楽しげに表情を綻ばせた。

「実は僕も色々と調べてきて、いて。……聖女の癒術に関して、多少なり、わかったことがあります」
「そうなの?」
「はい。――聖女の癒術は手を使うものと、唇を使うものがあったと。メルお嬢様が教えて頂いた唇を使う魔法が、それに当たりますね」

 ユリウスの言葉に頷いて返す。それと、とユリウスは言葉を続けた。

「聖女は――若くして亡くなったということも」
「そうなの?」
「はい。聖女は、西部の村で生まれ、そこから異国との国境戦争に参加したわけですが……、戦争終結後は教会内を最後の地と定めた記述以降、出現しなくなります。つまりこの時点で聖女は、……恐らく、亡くなっていることになるのでしょう」

 そうすると、とユリウスは持って来ていたのだろう、本を開いてテーブルに置く。確かにそこには、ユリウスの言う通りの記述があった。

「小競り合い、そしてそれから発展した戦争がおおよそ二年程度続いていますから、……聖女は西部から出てきて、長くて二年、短くて一年少しは従事し、そうして亡くなっているんです。……聖女の容姿はうら若き少女としてあげられることも多いので、本当に、……本当に、若くして、亡くなっているんです」

 ユリウスは静かに言葉を続ける。そうしてから、「精霊は、魔法を使うと疲れる、と――言っていたんですよね」と続ける。私は頷いた。

「その、聖女に比べると……、って」
「精霊の疲れる、が、人間の疲れる、と同じと思ってはいけない、……のかもしれません。元々、ほとんど死んでいる物体を生き返らせる術なんて、人には……。……だから、練習は……あまり、しない方が良いと思うんです」
「それは――」

 つまり、人を癒やして生きていた聖女ですら、二年近くの戦争終結直後、死んでしまったのだから、一般人とも言える私がぽんぽんと教えられた魔法を使えば、死んでしまうのではないか、とユリウスは危惧しているのだ。

「お願い、します。魔法を使うのは少しだけ。そして、……今回、癒術士の試験に受かったら、二度と使わないようにすると」

 静かな声だった。だからこそ、私のことを真摯に慮ってくれていることがわかる。
 私としても、リュジやカイネのことを助けて死ぬのならともかく、枯れた花を咲かせる魔法を使用することで命を縮めて最終的に早逝する、だなんて未来を受け入れたくは無い。ユリウスの言う通り、魔法を使うのは、今回限りにすることにしよう。

 頷いて返す。少しだけ硬い表情を浮かべていたユリウスが、ほっとしたような表情を浮かべた。それから、ユリウスは少しだけ考えるように視線を落とし、言葉を続ける。

「それと、もし。――もし、皇帝陛下から、誰から魔法を教わったのだと聞いて来たら、僕の名前を、……出してください」
「えっ――」
「精霊に教わった、なんて言ったら……、駄目です。皇族にすら伝わっていない魔法です、から……。……、どうなるか。それまでに僕はそういう風に見せる魔法を、考えておきます」

 ユリウスはゆっくりと頷いた。そうしてから、ユリウスは、私に対して少しだけ困ったような表情を向ける。

「沢山、……急にお願いをして、すみません。ですが、メルお嬢様を守るために、出来ることを……したくて。……そのせいで、嫌な思いをしたり、辛くなったら、言ってください」
「そんな……、そんなことは思わないよ。でも、ユリウスにばかり負担がいっちゃうでしょ」

 私は首を振る。ユリウスは唇の端に笑みを乗せた。そうして、彼はただ一言だけ、小さく囁くように言う。

「それが大人の責務でしょう」

 僕はメルお嬢様にとって、信頼の出来る大人になりたいんです、と。

 
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