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癒術士試験
39.方法
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「試験はどうでした、メルお嬢様――」
「ユリウスーっ!」
次の日、家庭教師としてミュートス家にやってきたユリウスに、私はほとんど突撃する勢いで抱きついた。ユリウスが驚いたような表情で私を受け止めて、それから小さく笑う。
「……芳しくは無い、様子ですね」
「聞いてよ!」
「もちろん。聞かせてください」
穏やかな面持ちのユリウスには悪いが、ここぞとばかりにもやもやを吐き出させてもらうことにする。
昨日あったことを切々と訴えながら、口にする度になんとも言えないもやもやが胸の中に降り積もっていくのを感じる。
少しでも合格出来る可能性のある試験問題ならばまだしも、こんな無理難題、最初から落とすことを目的として出されたものとしか思えない――いやきっと、思えない、ではなく、そうなのだろうと思う。
皇帝は、私を癒術士にしたくはないのだ。どうしてかは、やっぱり、わからないけれど。
ユリウスはふむふむと頷きながら私の言葉を聞いていたが、ガラス箱に目をやると小さく首を振った。
「確かにそれは、難題……ですね。僕でも、枯れた花を元に戻すことは……出来ません」
「でしょう? それなのに、なんか、花の癒術士なら出来るだろう、とか。信じられないと思わない?」
「本当に……。……」
ユリウスは僅かに息を零すと、「メルお嬢様が覚えている限り、皇帝陛下は、ミュートス教、と言っていたのですよね」と続ける。
私は小さく頷いた。カイネやリュジに対して、ミュートス教と呼ばれたことを相談するのはいささか気が引けるのだが、ユリウスには一応、覚えている限りのことを全て伝えた。もしかしたらこの言葉について知っているかも知れないし、と思ったのだが、表情を見るに覚えがある様子である。
「……ユリウスは何か知ってる?」
「そう、……ですね。少しは。その――皇帝陛下は、恐らく、メルお嬢様に自分の傘下に……入って欲しかったのだと思います」
「自分の傘下?」
「はい。……カイネ様が生まれてからというもの、信仰深いひとの中には、カイネ様を強く慕う人々も居て……、そういった方々が、己を指して……ミュートス教である、と言うのだとか」
「なにそれ。なにそれ……」
思わず目眩がする。いや――つまりは、人々にとってはカイネ推し! とか、そういう言葉くらいの意味なのだろうが。しかし、それが皇帝の耳に入るまで流行しているとなると――別の意味として、捉えられる可能性がある。
つまりは、ミュートス家は、恐れ多くもエトルの創世神話に仇なす輩であるとか、そういう意味合いに。
思った通り、カイネの問題は、トゥーリッキをどうこうして、終わりではなかったのだ。しかも、民衆に広がっていることなのだから、私にはどのように手を打つことも出来ない。
「最近、そうですね、……カイネ様が騎士として、様々な地域に赴くようになってから、勢力を拡大している……気がします」
「で、でも、それを名乗る人達って、別に今のエトルに反旗を翻そうとか、そういうことは考えていないんでしょう?」
「もちろん、民衆はそうでしょうが……。……ただ、貴族であれば、ミュートス教を名乗る意味合いが変わってくるでしょうね」
「それは――」
現皇帝陛下にかわって、カイネを押しだそうとする、というような動きの意味合いに変化してくる、ということだろうか。
――兄様。兄様が人気なばかりに、大変なことになっています。
カイネには一切その気が無いのが、救いというか。そもそも、彼は政権やなんやらというのには一切興味が無い様子で、私とリュジ、家族のことだけを大事にしているような人なので、何かしら甘言を囁かれるようなことがあっても絶対に乗りはしないだろうけれど。
「兄様はそんな人じゃ無いよ……」
「わかっています。……ですが、現皇帝陛下、そして殿下からすると、心中穏やかではないでしょうね」
「でも、その、そんなこと、兄様と話したらわかるでしょう? そういうことを考えるような人ではないって」
「その。……そうですね。その通りなんですが、カイネ様は、なんというか、メルお嬢様やリュジ様の前と、陛下の前とでは少し態度が違うというか……普段の柔らかい態度を見ていたら、そう思う余地もないのですが……」
つまり、皇帝陛下の前では騎士たれと、普段にもましてしっかりとしているから、それもあって嫌疑がかけられている、ということだろうか。
どうしよう。ほとんど詰みではないだろうか。兄様、皇帝陛下の前でへらへらしてください、だなんて言えるはずもない。
「皇帝陛下は、外敵との交渉もそうですが、色々なことが重なって今は疑心暗鬼に陥っていると聞きます……。即位したてのころは、公明正大な方であったと、伺っているのですが……いえ、とにかく、そうですね。その……恐らく、数少ない癒術士に、ミュートス家の傘下にあるものを加えたくなかったのでしょう」
「なにそれ……、本当になにそれ」
信じられない。暗愚では? と思うのだが、流石にそこまで暴言を吐くわけにはいかないので、私は様々な言葉を喉の奥に押し込む。
――ゲームでは、皇帝陛下が描かれる場面は少なかった。しかも、最終的に殿下に皇帝の座を明け渡していたこともあり、印象が薄い。のだが、まさか、こんな人だとは思いもよらなかった。
「つまり、私がミュートス家に世話になっている限り、これからも癒術士になるのは難しいってこと……? というか、それなら、もしかしてユリウスにも迷惑がかかっているんじゃ」
もし、皇帝陛下に、私が――メルが目をつけられているなら。その家庭教師として、ミュートス家に日々出入りをしているユリウスも、同じように目をつけられてしまうのではないだろうか。
もし私の存在が原因で、ユリウスが大変な目に遭っているなら、どうにかしたい。
ユリウスをじっと見つめる。淡い水色の瞳は微かに瞬いて、それから「大丈夫です、心配なさるようなことは、……なにも」と続けた。そうしてから、照れたように笑う。
「メルお嬢様に心配頂ける、こと。……不謹慎かもしれませんが、少し……嬉しい、ですね」
「ユリウス……」
思わず目をすがめてしまう。ユリウスはこほん、と場を整えるように小さく咳をすると、「とにかく、今は目下の課題について、どうにか考えましょうか」と続けた。
目下の課題って。……枯れている花は、癒術士であっても、どうしようもないという話だったはずだ。
ユリウスは私の怪訝な瞳に気付いたのか、軽く指を振る。そうしてから「難題、ではあります」と囁くように続けた。
「ですが、昔の――聖女は、枯れた花をも咲かせていたのだとか。ですから、方法自体はあるはずなんです」
「……でも、それって、聖女だからこそ出来たことでしょう?」
聖女――魔法が上手で、癒術に秀でた才能を持ち、保有する魔法量も莫大な人間のことを、指す名称である。
どう考えても私は彼らの足元にも及ばない。癒術に関しては、父母から教えてもらったこともあるし、ユリウスに師事されていることもあり、少しばかり得意だとは思うけれど、それだけだ。
「方法があれば、メルお嬢様ならば、きっと出来ますよ。僕は聖女の記述を探してみますね」
「ユリウスは私のことを買いすぎだよ」
「そうでしょうか。ですが、……メルお嬢様だから、信じているんです」
ユリウスは小さく笑う。
「例えどんな困難が訪れようと、……メルお嬢様なら、それを乗り越えられると」
「……なんだかものすごい評価を貰ってる気がする!」
「きっと、カイネ様も、リュジ様も、タリオン辺境伯も、そう思っていらっしゃいますよ」
ユリウスの指先が僅かに私の髪に触れた。優しく梳くように指先が動いて、直ぐに離れる。
……出来るかどうかはわからない。けれど、ここまで言われてしまったら、流石に何もせずに一週間過ぎるのを待つ――だなんて選択、出来るはずもなかった。
私は小さく息を吐く。それから、腹の奥で煮えたぎっている様々な感情をぐっと拳に込めた。
「……頑張る。皇帝陛下をびっくりさせて! 癒術士試験に受かってみせるんだから!」
「その調子、です。……メルお嬢様」
ユリウスがぱちぱちと、軽く拍手をする。それに頷いて返しながら、私は強く決心した。
絶対! 受かって! みせる!
「ユリウスーっ!」
次の日、家庭教師としてミュートス家にやってきたユリウスに、私はほとんど突撃する勢いで抱きついた。ユリウスが驚いたような表情で私を受け止めて、それから小さく笑う。
「……芳しくは無い、様子ですね」
「聞いてよ!」
「もちろん。聞かせてください」
穏やかな面持ちのユリウスには悪いが、ここぞとばかりにもやもやを吐き出させてもらうことにする。
昨日あったことを切々と訴えながら、口にする度になんとも言えないもやもやが胸の中に降り積もっていくのを感じる。
少しでも合格出来る可能性のある試験問題ならばまだしも、こんな無理難題、最初から落とすことを目的として出されたものとしか思えない――いやきっと、思えない、ではなく、そうなのだろうと思う。
皇帝は、私を癒術士にしたくはないのだ。どうしてかは、やっぱり、わからないけれど。
ユリウスはふむふむと頷きながら私の言葉を聞いていたが、ガラス箱に目をやると小さく首を振った。
「確かにそれは、難題……ですね。僕でも、枯れた花を元に戻すことは……出来ません」
「でしょう? それなのに、なんか、花の癒術士なら出来るだろう、とか。信じられないと思わない?」
「本当に……。……」
ユリウスは僅かに息を零すと、「メルお嬢様が覚えている限り、皇帝陛下は、ミュートス教、と言っていたのですよね」と続ける。
私は小さく頷いた。カイネやリュジに対して、ミュートス教と呼ばれたことを相談するのはいささか気が引けるのだが、ユリウスには一応、覚えている限りのことを全て伝えた。もしかしたらこの言葉について知っているかも知れないし、と思ったのだが、表情を見るに覚えがある様子である。
「……ユリウスは何か知ってる?」
「そう、……ですね。少しは。その――皇帝陛下は、恐らく、メルお嬢様に自分の傘下に……入って欲しかったのだと思います」
「自分の傘下?」
「はい。……カイネ様が生まれてからというもの、信仰深いひとの中には、カイネ様を強く慕う人々も居て……、そういった方々が、己を指して……ミュートス教である、と言うのだとか」
「なにそれ。なにそれ……」
思わず目眩がする。いや――つまりは、人々にとってはカイネ推し! とか、そういう言葉くらいの意味なのだろうが。しかし、それが皇帝の耳に入るまで流行しているとなると――別の意味として、捉えられる可能性がある。
つまりは、ミュートス家は、恐れ多くもエトルの創世神話に仇なす輩であるとか、そういう意味合いに。
思った通り、カイネの問題は、トゥーリッキをどうこうして、終わりではなかったのだ。しかも、民衆に広がっていることなのだから、私にはどのように手を打つことも出来ない。
「最近、そうですね、……カイネ様が騎士として、様々な地域に赴くようになってから、勢力を拡大している……気がします」
「で、でも、それを名乗る人達って、別に今のエトルに反旗を翻そうとか、そういうことは考えていないんでしょう?」
「もちろん、民衆はそうでしょうが……。……ただ、貴族であれば、ミュートス教を名乗る意味合いが変わってくるでしょうね」
「それは――」
現皇帝陛下にかわって、カイネを押しだそうとする、というような動きの意味合いに変化してくる、ということだろうか。
――兄様。兄様が人気なばかりに、大変なことになっています。
カイネには一切その気が無いのが、救いというか。そもそも、彼は政権やなんやらというのには一切興味が無い様子で、私とリュジ、家族のことだけを大事にしているような人なので、何かしら甘言を囁かれるようなことがあっても絶対に乗りはしないだろうけれど。
「兄様はそんな人じゃ無いよ……」
「わかっています。……ですが、現皇帝陛下、そして殿下からすると、心中穏やかではないでしょうね」
「でも、その、そんなこと、兄様と話したらわかるでしょう? そういうことを考えるような人ではないって」
「その。……そうですね。その通りなんですが、カイネ様は、なんというか、メルお嬢様やリュジ様の前と、陛下の前とでは少し態度が違うというか……普段の柔らかい態度を見ていたら、そう思う余地もないのですが……」
つまり、皇帝陛下の前では騎士たれと、普段にもましてしっかりとしているから、それもあって嫌疑がかけられている、ということだろうか。
どうしよう。ほとんど詰みではないだろうか。兄様、皇帝陛下の前でへらへらしてください、だなんて言えるはずもない。
「皇帝陛下は、外敵との交渉もそうですが、色々なことが重なって今は疑心暗鬼に陥っていると聞きます……。即位したてのころは、公明正大な方であったと、伺っているのですが……いえ、とにかく、そうですね。その……恐らく、数少ない癒術士に、ミュートス家の傘下にあるものを加えたくなかったのでしょう」
「なにそれ……、本当になにそれ」
信じられない。暗愚では? と思うのだが、流石にそこまで暴言を吐くわけにはいかないので、私は様々な言葉を喉の奥に押し込む。
――ゲームでは、皇帝陛下が描かれる場面は少なかった。しかも、最終的に殿下に皇帝の座を明け渡していたこともあり、印象が薄い。のだが、まさか、こんな人だとは思いもよらなかった。
「つまり、私がミュートス家に世話になっている限り、これからも癒術士になるのは難しいってこと……? というか、それなら、もしかしてユリウスにも迷惑がかかっているんじゃ」
もし、皇帝陛下に、私が――メルが目をつけられているなら。その家庭教師として、ミュートス家に日々出入りをしているユリウスも、同じように目をつけられてしまうのではないだろうか。
もし私の存在が原因で、ユリウスが大変な目に遭っているなら、どうにかしたい。
ユリウスをじっと見つめる。淡い水色の瞳は微かに瞬いて、それから「大丈夫です、心配なさるようなことは、……なにも」と続けた。そうしてから、照れたように笑う。
「メルお嬢様に心配頂ける、こと。……不謹慎かもしれませんが、少し……嬉しい、ですね」
「ユリウス……」
思わず目をすがめてしまう。ユリウスはこほん、と場を整えるように小さく咳をすると、「とにかく、今は目下の課題について、どうにか考えましょうか」と続けた。
目下の課題って。……枯れている花は、癒術士であっても、どうしようもないという話だったはずだ。
ユリウスは私の怪訝な瞳に気付いたのか、軽く指を振る。そうしてから「難題、ではあります」と囁くように続けた。
「ですが、昔の――聖女は、枯れた花をも咲かせていたのだとか。ですから、方法自体はあるはずなんです」
「……でも、それって、聖女だからこそ出来たことでしょう?」
聖女――魔法が上手で、癒術に秀でた才能を持ち、保有する魔法量も莫大な人間のことを、指す名称である。
どう考えても私は彼らの足元にも及ばない。癒術に関しては、父母から教えてもらったこともあるし、ユリウスに師事されていることもあり、少しばかり得意だとは思うけれど、それだけだ。
「方法があれば、メルお嬢様ならば、きっと出来ますよ。僕は聖女の記述を探してみますね」
「ユリウスは私のことを買いすぎだよ」
「そうでしょうか。ですが、……メルお嬢様だから、信じているんです」
ユリウスは小さく笑う。
「例えどんな困難が訪れようと、……メルお嬢様なら、それを乗り越えられると」
「……なんだかものすごい評価を貰ってる気がする!」
「きっと、カイネ様も、リュジ様も、タリオン辺境伯も、そう思っていらっしゃいますよ」
ユリウスの指先が僅かに私の髪に触れた。優しく梳くように指先が動いて、直ぐに離れる。
……出来るかどうかはわからない。けれど、ここまで言われてしまったら、流石に何もせずに一週間過ぎるのを待つ――だなんて選択、出来るはずもなかった。
私は小さく息を吐く。それから、腹の奥で煮えたぎっている様々な感情をぐっと拳に込めた。
「……頑張る。皇帝陛下をびっくりさせて! 癒術士試験に受かってみせるんだから!」
「その調子、です。……メルお嬢様」
ユリウスがぱちぱちと、軽く拍手をする。それに頷いて返しながら、私は強く決心した。
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