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癒術士試験

37.枯れた花

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 癒術士としての試験を受けに行ったら、国宝中の国宝である、「創世神エトルに人間が渡した」とされている花(完全に枯れている)を渡されて、咲かせてみよと言われた件について。
 死にそう。

 必死にガラスの箱を抱きしめて持ち帰ったが、正直、持ち帰ったところで何をどうすればいいのかすらわからない。そもそも触れたらさらさらと砂のように崩れてしまう花を相手に、どのように接すれば良いのか、という問題が出てくる。
 ――癒術士は、枯れている花は元に戻せない。死んでしまった人間を生き返らせることが出来ないのと同様に、完全に生きる力が無くなってしまったものを、元の形に戻すことは難しい……というより、出来ないのだ。

 古来には聖女という存在がおり、彼らは死んだ物を生き返らせたと言うような話が伝わってきているけれど、ほとんど眉唾物である。正直、嘘か、もしくは昔の人が「居たら素敵だな、こういう人」みたいな感じで作り上げた幻想だと思う。
 それほどに、一度命を失った存在を、戻すということは――神がかり的で、幻想を含んだものなのだ。

 自室に戻り、一番安定している机の上にガラスの箱を置いて、ようやく私は一息つく。もう、道中、馬車の揺れに気が気では無かった。少しの振動で、花が動き、内部のガラスに触れて、そこからさらさらと崩れていってしまったらと思うと、心臓をぎゅうっと握られるような心地を覚えたものである。普通に怖かった。

 なんかこう、耐震性とか、そもそも地面から常にちょっと浮かせるような魔法とか、無いのだろうか。ちょっと泣きそう。こんなの無理ゲー過ぎる。しかし、かといって、あそこで無理です! って花を突き返すことも出来なかった。
 なんだこれ、いじめじゃない? 癒術士の資格試験ってこんなに難しいの? 合格者率一割以下では?

 一人でひんひん泣きそうになりながら、首を振って必死に元気を取り戻す。とにかく、問題は与えられてしまったわけだし、少しでもそれを解決するための方法を考えなければ。
 よし、と頷く。そうしてから、私はまず、枯れた花を探しに行くことに決めた。

 とにかく同じ状態の花を使って、四苦八苦していくしかないのだから。

 庭に出て、枯れた花と草を探す。萎れかけのものはいくつか見つかったが、完全に枯れている、というものはあまり見当たらない。庭師がそういったものは弾いているのだろう。
 なので、庭の中をぐるりと巡り、そこで見つけた庭師に声をかけてみて、ようやく一本、完全に枯れて茶色くなってしまった花を手に入れた。訓練所が開いていたので、そこを使って枯れた花を咲かすべく、癒術を使う。

 普段と同じように、怪我や傷を治すのと同様、少しずつ魔力を注いで行く。――のだが、やはり、どうしても、枯れた花をどれほど繕い、ほつれを直しても、元の鮮やかさを取り戻すまでには至らない。枯れた花には、どこかしらに穴が空いてしまっているような気がする。私がどれほどに癒やしの力を注いでも、見えない穴から抜け出てしまうから、結果的に右から左へ魔力を通して居るだけにしかならないのだ。
 そして一番の問題として、その穴は感知出来ない。どこに穴が空いているのか、どういう大きさなのか。それすら一切わからないから、手の施しようが無いと言える。

 集中して癒術を行って居る内に、時間が過ぎていく。手の平から零れる緑色の光は、長時間癒術を行使していても、無くならない。父母から与えられた分があるからだ。
 多分、一日中癒術を行使していても、問題はないくらいの魔力量が、私の中にある。だが、かといって、二十四時間ずっと行えるかと言えば、そうでもない。
 集中力が、どうしても、持たないからだ。

「――あっ」

 ばち、と手の平の中の魔力が弾ける。訓練場の床を、花火のように緑色の魔力が走り、ぱち、と弾けて消えていくのが見えた。
 花は――もちろん、枯れたままだ。
 小さく息を吐く。いつの間にかかいていたらしい汗を拭って、私はもう一度花に手を伸ばした。瞬間。

「メル。もうすぐ夕飯の時刻だ」

 静かな声が耳朶を打った。見ると、リュジが立っている。夜も遅くなってきたからか、手には魔道具のランプを持っていた。中にある魔法石に魔力を通すことで、ほとんど半永久的に光りつづける、ランプである。
 リュジは小さく息を吐くと、私の傍に腰を下ろした。そうして、額の辺りに指先で触れてくる。

「汗で髪が張り付いてる。どれだけ集中してやっていたんだよ。――今日は帝城へ癒術士としての試験を受けに行ったのに、その報告もせずに、何をしていたんだ?」
「リュジ……」
「試験、上手くいったのか、どうなのかくらい、教えてくれても良いんじゃないか」

 リュジは小さくため息を着いて、軽く私の額を指先で弾いた。ちょっとだけ痛い。じんわりとした痛みを、指先でさすって和らげながら、私はゆっくりと首を振る。

「試験……は、受けに行ったんだけど……」
「実地だったんだろ。まあ、メルのことだから、問題は無いと思うけど」
「……無理かもしれない」

 リュジが僅かに眉根を寄せる。彼は少し迷うように赤い目を動かして、それから「どういうことだよ」と言葉を続けた。
 私は手に持っていた枯れた花へじっと視線を寄せる。リュジが私の視線を追うように瞳を動かして、手元の花を見た。

「なに、それ。枯れてるけど。枯れてる花は聖女くらいしか咲かせられないだろ。癒術の練習をするにしたって、もっと違う方法でするべきだ」
「……花冠祭で、人間が、エトルに渡した花を……渡されたの」
「は?」
「枯れてて。でも、咲かせてみせろって――。それが試験問題」

 リュジが僅かに顎を引く。そうしてから、「そんな」と彼は言葉を続けて、少し戸惑うように視線を揺らす。

「本気で? ……本当に?」
「本当に。嘘だったら良かったのに」

 良い報告は、出来ないかもしれない。枯れたままの花を手に、私は小さく息を吐いた。
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