37 / 61
癒術士試験
37.枯れた花
しおりを挟む
癒術士としての試験を受けに行ったら、国宝中の国宝である、「創世神エトルに人間が渡した」とされている花(完全に枯れている)を渡されて、咲かせてみよと言われた件について。
死にそう。
必死にガラスの箱を抱きしめて持ち帰ったが、正直、持ち帰ったところで何をどうすればいいのかすらわからない。そもそも触れたらさらさらと砂のように崩れてしまう花を相手に、どのように接すれば良いのか、という問題が出てくる。
――癒術士は、枯れている花は元に戻せない。死んでしまった人間を生き返らせることが出来ないのと同様に、完全に生きる力が無くなってしまったものを、元の形に戻すことは難しい……というより、出来ないのだ。
古来には聖女という存在がおり、彼らは死んだ物を生き返らせたと言うような話が伝わってきているけれど、ほとんど眉唾物である。正直、嘘か、もしくは昔の人が「居たら素敵だな、こういう人」みたいな感じで作り上げた幻想だと思う。
それほどに、一度命を失った存在を、戻すということは――神がかり的で、幻想を含んだものなのだ。
自室に戻り、一番安定している机の上にガラスの箱を置いて、ようやく私は一息つく。もう、道中、馬車の揺れに気が気では無かった。少しの振動で、花が動き、内部のガラスに触れて、そこからさらさらと崩れていってしまったらと思うと、心臓をぎゅうっと握られるような心地を覚えたものである。普通に怖かった。
なんかこう、耐震性とか、そもそも地面から常にちょっと浮かせるような魔法とか、無いのだろうか。ちょっと泣きそう。こんなの無理ゲー過ぎる。しかし、かといって、あそこで無理です! って花を突き返すことも出来なかった。
なんだこれ、いじめじゃない? 癒術士の資格試験ってこんなに難しいの? 合格者率一割以下では?
一人でひんひん泣きそうになりながら、首を振って必死に元気を取り戻す。とにかく、問題は与えられてしまったわけだし、少しでもそれを解決するための方法を考えなければ。
よし、と頷く。そうしてから、私はまず、枯れた花を探しに行くことに決めた。
とにかく同じ状態の花を使って、四苦八苦していくしかないのだから。
庭に出て、枯れた花と草を探す。萎れかけのものはいくつか見つかったが、完全に枯れている、というものはあまり見当たらない。庭師がそういったものは弾いているのだろう。
なので、庭の中をぐるりと巡り、そこで見つけた庭師に声をかけてみて、ようやく一本、完全に枯れて茶色くなってしまった花を手に入れた。訓練所が開いていたので、そこを使って枯れた花を咲かすべく、癒術を使う。
普段と同じように、怪我や傷を治すのと同様、少しずつ魔力を注いで行く。――のだが、やはり、どうしても、枯れた花をどれほど繕い、ほつれを直しても、元の鮮やかさを取り戻すまでには至らない。枯れた花には、どこかしらに穴が空いてしまっているような気がする。私がどれほどに癒やしの力を注いでも、見えない穴から抜け出てしまうから、結果的に右から左へ魔力を通して居るだけにしかならないのだ。
そして一番の問題として、その穴は感知出来ない。どこに穴が空いているのか、どういう大きさなのか。それすら一切わからないから、手の施しようが無いと言える。
集中して癒術を行って居る内に、時間が過ぎていく。手の平から零れる緑色の光は、長時間癒術を行使していても、無くならない。父母から与えられた分があるからだ。
多分、一日中癒術を行使していても、問題はないくらいの魔力量が、私の中にある。だが、かといって、二十四時間ずっと行えるかと言えば、そうでもない。
集中力が、どうしても、持たないからだ。
「――あっ」
ばち、と手の平の中の魔力が弾ける。訓練場の床を、花火のように緑色の魔力が走り、ぱち、と弾けて消えていくのが見えた。
花は――もちろん、枯れたままだ。
小さく息を吐く。いつの間にかかいていたらしい汗を拭って、私はもう一度花に手を伸ばした。瞬間。
「メル。もうすぐ夕飯の時刻だ」
静かな声が耳朶を打った。見ると、リュジが立っている。夜も遅くなってきたからか、手には魔道具のランプを持っていた。中にある魔法石に魔力を通すことで、ほとんど半永久的に光りつづける、ランプである。
リュジは小さく息を吐くと、私の傍に腰を下ろした。そうして、額の辺りに指先で触れてくる。
「汗で髪が張り付いてる。どれだけ集中してやっていたんだよ。――今日は帝城へ癒術士としての試験を受けに行ったのに、その報告もせずに、何をしていたんだ?」
「リュジ……」
「試験、上手くいったのか、どうなのかくらい、教えてくれても良いんじゃないか」
リュジは小さくため息を着いて、軽く私の額を指先で弾いた。ちょっとだけ痛い。じんわりとした痛みを、指先でさすって和らげながら、私はゆっくりと首を振る。
「試験……は、受けに行ったんだけど……」
「実地だったんだろ。まあ、メルのことだから、問題は無いと思うけど」
「……無理かもしれない」
リュジが僅かに眉根を寄せる。彼は少し迷うように赤い目を動かして、それから「どういうことだよ」と言葉を続けた。
私は手に持っていた枯れた花へじっと視線を寄せる。リュジが私の視線を追うように瞳を動かして、手元の花を見た。
「なに、それ。枯れてるけど。枯れてる花は聖女くらいしか咲かせられないだろ。癒術の練習をするにしたって、もっと違う方法でするべきだ」
「……花冠祭で、人間が、エトルに渡した花を……渡されたの」
「は?」
「枯れてて。でも、咲かせてみせろって――。それが試験問題」
リュジが僅かに顎を引く。そうしてから、「そんな」と彼は言葉を続けて、少し戸惑うように視線を揺らす。
「本気で? ……本当に?」
「本当に。嘘だったら良かったのに」
良い報告は、出来ないかもしれない。枯れたままの花を手に、私は小さく息を吐いた。
死にそう。
必死にガラスの箱を抱きしめて持ち帰ったが、正直、持ち帰ったところで何をどうすればいいのかすらわからない。そもそも触れたらさらさらと砂のように崩れてしまう花を相手に、どのように接すれば良いのか、という問題が出てくる。
――癒術士は、枯れている花は元に戻せない。死んでしまった人間を生き返らせることが出来ないのと同様に、完全に生きる力が無くなってしまったものを、元の形に戻すことは難しい……というより、出来ないのだ。
古来には聖女という存在がおり、彼らは死んだ物を生き返らせたと言うような話が伝わってきているけれど、ほとんど眉唾物である。正直、嘘か、もしくは昔の人が「居たら素敵だな、こういう人」みたいな感じで作り上げた幻想だと思う。
それほどに、一度命を失った存在を、戻すということは――神がかり的で、幻想を含んだものなのだ。
自室に戻り、一番安定している机の上にガラスの箱を置いて、ようやく私は一息つく。もう、道中、馬車の揺れに気が気では無かった。少しの振動で、花が動き、内部のガラスに触れて、そこからさらさらと崩れていってしまったらと思うと、心臓をぎゅうっと握られるような心地を覚えたものである。普通に怖かった。
なんかこう、耐震性とか、そもそも地面から常にちょっと浮かせるような魔法とか、無いのだろうか。ちょっと泣きそう。こんなの無理ゲー過ぎる。しかし、かといって、あそこで無理です! って花を突き返すことも出来なかった。
なんだこれ、いじめじゃない? 癒術士の資格試験ってこんなに難しいの? 合格者率一割以下では?
一人でひんひん泣きそうになりながら、首を振って必死に元気を取り戻す。とにかく、問題は与えられてしまったわけだし、少しでもそれを解決するための方法を考えなければ。
よし、と頷く。そうしてから、私はまず、枯れた花を探しに行くことに決めた。
とにかく同じ状態の花を使って、四苦八苦していくしかないのだから。
庭に出て、枯れた花と草を探す。萎れかけのものはいくつか見つかったが、完全に枯れている、というものはあまり見当たらない。庭師がそういったものは弾いているのだろう。
なので、庭の中をぐるりと巡り、そこで見つけた庭師に声をかけてみて、ようやく一本、完全に枯れて茶色くなってしまった花を手に入れた。訓練所が開いていたので、そこを使って枯れた花を咲かすべく、癒術を使う。
普段と同じように、怪我や傷を治すのと同様、少しずつ魔力を注いで行く。――のだが、やはり、どうしても、枯れた花をどれほど繕い、ほつれを直しても、元の鮮やかさを取り戻すまでには至らない。枯れた花には、どこかしらに穴が空いてしまっているような気がする。私がどれほどに癒やしの力を注いでも、見えない穴から抜け出てしまうから、結果的に右から左へ魔力を通して居るだけにしかならないのだ。
そして一番の問題として、その穴は感知出来ない。どこに穴が空いているのか、どういう大きさなのか。それすら一切わからないから、手の施しようが無いと言える。
集中して癒術を行って居る内に、時間が過ぎていく。手の平から零れる緑色の光は、長時間癒術を行使していても、無くならない。父母から与えられた分があるからだ。
多分、一日中癒術を行使していても、問題はないくらいの魔力量が、私の中にある。だが、かといって、二十四時間ずっと行えるかと言えば、そうでもない。
集中力が、どうしても、持たないからだ。
「――あっ」
ばち、と手の平の中の魔力が弾ける。訓練場の床を、花火のように緑色の魔力が走り、ぱち、と弾けて消えていくのが見えた。
花は――もちろん、枯れたままだ。
小さく息を吐く。いつの間にかかいていたらしい汗を拭って、私はもう一度花に手を伸ばした。瞬間。
「メル。もうすぐ夕飯の時刻だ」
静かな声が耳朶を打った。見ると、リュジが立っている。夜も遅くなってきたからか、手には魔道具のランプを持っていた。中にある魔法石に魔力を通すことで、ほとんど半永久的に光りつづける、ランプである。
リュジは小さく息を吐くと、私の傍に腰を下ろした。そうして、額の辺りに指先で触れてくる。
「汗で髪が張り付いてる。どれだけ集中してやっていたんだよ。――今日は帝城へ癒術士としての試験を受けに行ったのに、その報告もせずに、何をしていたんだ?」
「リュジ……」
「試験、上手くいったのか、どうなのかくらい、教えてくれても良いんじゃないか」
リュジは小さくため息を着いて、軽く私の額を指先で弾いた。ちょっとだけ痛い。じんわりとした痛みを、指先でさすって和らげながら、私はゆっくりと首を振る。
「試験……は、受けに行ったんだけど……」
「実地だったんだろ。まあ、メルのことだから、問題は無いと思うけど」
「……無理かもしれない」
リュジが僅かに眉根を寄せる。彼は少し迷うように赤い目を動かして、それから「どういうことだよ」と言葉を続けた。
私は手に持っていた枯れた花へじっと視線を寄せる。リュジが私の視線を追うように瞳を動かして、手元の花を見た。
「なに、それ。枯れてるけど。枯れてる花は聖女くらいしか咲かせられないだろ。癒術の練習をするにしたって、もっと違う方法でするべきだ」
「……花冠祭で、人間が、エトルに渡した花を……渡されたの」
「は?」
「枯れてて。でも、咲かせてみせろって――。それが試験問題」
リュジが僅かに顎を引く。そうしてから、「そんな」と彼は言葉を続けて、少し戸惑うように視線を揺らす。
「本気で? ……本当に?」
「本当に。嘘だったら良かったのに」
良い報告は、出来ないかもしれない。枯れたままの花を手に、私は小さく息を吐いた。
3
お気に入りに追加
871
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。
可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?
転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!
高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。
乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい
ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。
だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。
気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。
だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?!
平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる