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花冠祭
20.花冠祭
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「そう、ゆっくり。魔力の流れを意識しながら……」
そっと傍でユリウスが囁く。私は小さく頷いて、そうして体内の魔力をゆっくり、少しずつ、外へ出していく。そうしてから、手に持っている花――枯れてしまったそれを、緩慢な速度でもって、補修していく。
壊れた場所、もう命が巡ることのない傷跡。そこを私の魔力で補って、形を繕い、そうして元の形へ戻していく。
自分の呼吸がやけに大きく耳元で響いているような気がした。集中を途切れさせないように、指先を動かして、綻びを戻す。そうして、綺麗に補修が出来た後は、残った魔力を体内へ戻すか――もしくは、外に吐き出すかを選ぶ必要がある。
外へ吐き出すやり方が一番楽なのだが、体の中の魔力を蓄える器官に戻すやり方を学んだ方が良い、とユリウスが言っていた。
癒術士としてこれから身を立てるつもりであるなら、尚更、魔力は大事に使うべきだ、とのことである。手の平に残った魔力をじんわり、皮膚の中へ染みこませて、私は小さく息を吐く。
柔らかな癒術の光が、零れるように消えていくのを眺めてから、そっと手を開いた。枯れていた花は、美しい形に戻っている。
「やりましたね。これで十本目。恐らくもう、メルお嬢様なら、人の治療も出来ます」
「……ほ、本当?」
「はい。本当、です。……お疲れ様でした。あの膨大な魔力を、自分のものにすることが出来るだなんて……、本当にすごいです」
ユリウスが軽く手を打ち合わせる。室内に響く音に、私はなんだか感慨深くなって、少しだけ泣きそうになった。
――狩猟祭から半年。ようやく、私は、自分の魔力を、癒術で使いこなせるようになったのだ。少し前は、わずか一本しか再生出来なかったのに、今は十本まで出来るようになるなんて。少しずつ、少しずつではあるけれど、きちんと成長していることが、どうしようもなく嬉しい。
「う、嬉しい……」
「癒術士としての第一歩、ですね。いえ、二歩、でしょうか。……ううん、三歩……? とにかく、凄く大きな歩みです。――特に、メルお嬢様の魔力量は膨大ですから」
ユリウスは小さく笑う。そうして、「死んだ人を生き返らせる、なんてことも出来るかもしれませんね」なんて、少しだけからかうように言葉を続けた。
流石に、そんなことは出来ないだろうと思うが、もの凄く励まして、褒めてくれているのであろうことはわかる。ありがとう、と軽く笑って返してから、私は自分の癒術で蘇らせた花をそっと机の上に置いた。
色とりどりの花。ユリウスが用意してくれた、様々な形のそれを、じっと見つめる。庭園にある枯れたものを持ってくれば良いのでは無いかと私は口にしたのだが、ユリウスは首を横に振った。
同じ種類のものばかり治していては、それ以外の種類への対処が遅れる。故に、色々な種類の花で練習するのが大事だろう、とのことである。
といっても、これは受け売りなようで、「――と、リュジ様から借りた本に書かれていました」と、すぐに種明かしされたのだが。
「……本当に良かった」
「次は怪我人を治してみましょうか」
「えっ。ええ……」
「嫌そうですね」
「嫌……というより、怖くて。出来るかどうか……」
「出来ますよ。大丈夫です。それに、治すときは僕も傍に居ます。大変なことになりそうだったら、僕が……軌道修正しますから」
ユリウスが胸を張る。今度、ミュートス領の街へ出て、癒術士の店に行ってみましょう、と続ける。
……少し怖いが、やらなければ、進むことが出来ない。花を治せた、という地点でいつまでも足踏みしているわけにはいかない。何せ私には時間が無いのだから。
リュジと、カイネが死ぬまで――あと、三年半。
もしかしたら、私が居ることもあって話が変わっているし、もっと早くなるかもしれない。
それまでに、どうにかして手に職ならぬ、手に力をつけなければならない。
少しだけ逡巡した後、私はユリウスの言葉に頷くことにした。ユリウスが「それでは、来週にでも行きましょうか」と言葉を続ける。そうしてから、何かを思い出したように「ああ、でも、来週は難しいですかねぇ」と、僅かに首を振った。
「難しい? 何が?」
「何がって、――お嬢様。イストリア帝国建国を祝した、花冠祭があります、から。多分、癒術士の店へ行っても……忙しさであまり相手にされないかも、しれません」
「花冠祭」
紡がれた言葉を、オウム返しのように繰り返す。癒術を使い続けたこともあり、疲労した頭の中で、なんか聞いたことあるなあ、なんて――。
いや、待って。これ、重要なイベントだったはず。ゲームで言う所の攻略対象キャラクターのイラストが表示されるような、そういうお祭りだったはずだ! そう、その時一番好感度が高いキャラクターが誘ってくれるお祭りで、主人公も誘われるのをドキドキして待っていたやつである。
「花冠祭って、あの、あれだよね。好きな人に花を贈る……!」
「そうです。なんだ、覚えているじゃないですか」
ユリウスが小さく微笑む。ゲーム知識としてはしっかりある。ここで狙っている攻略対象が来て、ようやくルート確定だ……! と喜べるイベントだったから。
けれど、メルの記憶としては――家族と楽しむイベント、というくらいで、あまり些細なところまでは知らない。
「その、覚えているけれど、あんまり……母上と父上とは参加したことがある、ってくらいで……」
「そうなん、ですか? なら……良かったら、僭越ながら。お話、しても……?」
もちろん。お願いをすると、ユリウスは僅かに微笑んで、一つだけ咳を零し、花冠祭の概要を話し始めた。
そっと傍でユリウスが囁く。私は小さく頷いて、そうして体内の魔力をゆっくり、少しずつ、外へ出していく。そうしてから、手に持っている花――枯れてしまったそれを、緩慢な速度でもって、補修していく。
壊れた場所、もう命が巡ることのない傷跡。そこを私の魔力で補って、形を繕い、そうして元の形へ戻していく。
自分の呼吸がやけに大きく耳元で響いているような気がした。集中を途切れさせないように、指先を動かして、綻びを戻す。そうして、綺麗に補修が出来た後は、残った魔力を体内へ戻すか――もしくは、外に吐き出すかを選ぶ必要がある。
外へ吐き出すやり方が一番楽なのだが、体の中の魔力を蓄える器官に戻すやり方を学んだ方が良い、とユリウスが言っていた。
癒術士としてこれから身を立てるつもりであるなら、尚更、魔力は大事に使うべきだ、とのことである。手の平に残った魔力をじんわり、皮膚の中へ染みこませて、私は小さく息を吐く。
柔らかな癒術の光が、零れるように消えていくのを眺めてから、そっと手を開いた。枯れていた花は、美しい形に戻っている。
「やりましたね。これで十本目。恐らくもう、メルお嬢様なら、人の治療も出来ます」
「……ほ、本当?」
「はい。本当、です。……お疲れ様でした。あの膨大な魔力を、自分のものにすることが出来るだなんて……、本当にすごいです」
ユリウスが軽く手を打ち合わせる。室内に響く音に、私はなんだか感慨深くなって、少しだけ泣きそうになった。
――狩猟祭から半年。ようやく、私は、自分の魔力を、癒術で使いこなせるようになったのだ。少し前は、わずか一本しか再生出来なかったのに、今は十本まで出来るようになるなんて。少しずつ、少しずつではあるけれど、きちんと成長していることが、どうしようもなく嬉しい。
「う、嬉しい……」
「癒術士としての第一歩、ですね。いえ、二歩、でしょうか。……ううん、三歩……? とにかく、凄く大きな歩みです。――特に、メルお嬢様の魔力量は膨大ですから」
ユリウスは小さく笑う。そうして、「死んだ人を生き返らせる、なんてことも出来るかもしれませんね」なんて、少しだけからかうように言葉を続けた。
流石に、そんなことは出来ないだろうと思うが、もの凄く励まして、褒めてくれているのであろうことはわかる。ありがとう、と軽く笑って返してから、私は自分の癒術で蘇らせた花をそっと机の上に置いた。
色とりどりの花。ユリウスが用意してくれた、様々な形のそれを、じっと見つめる。庭園にある枯れたものを持ってくれば良いのでは無いかと私は口にしたのだが、ユリウスは首を横に振った。
同じ種類のものばかり治していては、それ以外の種類への対処が遅れる。故に、色々な種類の花で練習するのが大事だろう、とのことである。
といっても、これは受け売りなようで、「――と、リュジ様から借りた本に書かれていました」と、すぐに種明かしされたのだが。
「……本当に良かった」
「次は怪我人を治してみましょうか」
「えっ。ええ……」
「嫌そうですね」
「嫌……というより、怖くて。出来るかどうか……」
「出来ますよ。大丈夫です。それに、治すときは僕も傍に居ます。大変なことになりそうだったら、僕が……軌道修正しますから」
ユリウスが胸を張る。今度、ミュートス領の街へ出て、癒術士の店に行ってみましょう、と続ける。
……少し怖いが、やらなければ、進むことが出来ない。花を治せた、という地点でいつまでも足踏みしているわけにはいかない。何せ私には時間が無いのだから。
リュジと、カイネが死ぬまで――あと、三年半。
もしかしたら、私が居ることもあって話が変わっているし、もっと早くなるかもしれない。
それまでに、どうにかして手に職ならぬ、手に力をつけなければならない。
少しだけ逡巡した後、私はユリウスの言葉に頷くことにした。ユリウスが「それでは、来週にでも行きましょうか」と言葉を続ける。そうしてから、何かを思い出したように「ああ、でも、来週は難しいですかねぇ」と、僅かに首を振った。
「難しい? 何が?」
「何がって、――お嬢様。イストリア帝国建国を祝した、花冠祭があります、から。多分、癒術士の店へ行っても……忙しさであまり相手にされないかも、しれません」
「花冠祭」
紡がれた言葉を、オウム返しのように繰り返す。癒術を使い続けたこともあり、疲労した頭の中で、なんか聞いたことあるなあ、なんて――。
いや、待って。これ、重要なイベントだったはず。ゲームで言う所の攻略対象キャラクターのイラストが表示されるような、そういうお祭りだったはずだ! そう、その時一番好感度が高いキャラクターが誘ってくれるお祭りで、主人公も誘われるのをドキドキして待っていたやつである。
「花冠祭って、あの、あれだよね。好きな人に花を贈る……!」
「そうです。なんだ、覚えているじゃないですか」
ユリウスが小さく微笑む。ゲーム知識としてはしっかりある。ここで狙っている攻略対象が来て、ようやくルート確定だ……! と喜べるイベントだったから。
けれど、メルの記憶としては――家族と楽しむイベント、というくらいで、あまり些細なところまでは知らない。
「その、覚えているけれど、あんまり……母上と父上とは参加したことがある、ってくらいで……」
「そうなん、ですか? なら……良かったら、僭越ながら。お話、しても……?」
もちろん。お願いをすると、ユリウスは僅かに微笑んで、一つだけ咳を零し、花冠祭の概要を話し始めた。
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