転生令嬢は悪役令息をすくいたい

うづき

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狩猟祭

12.そこに息づく

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 王都周辺をリュジとユリウス、三人で巡る内に時間が過ぎていく。森の全貌ぜんぼうを確認出来る高台で、どのくらいの広さを使って狩猟祭が行われるかなどを目で確認している内に、程なく太陽も中ごろを過ぎてきた。
 そろそろご飯にしようという話題になったので、ユリウスが言っていた通り、知り合いが経営しているらしい食堂に向かうことになった。

 ちょうど噴水広場から少し離れた場所にある食堂は、いわゆる大衆食堂のような感じだった。時間のこともあって、大変な混みようである。
 テーブル席が空いていたこともあり、そこに三人で座る。長い間、丁寧に手入れされながら使われているのだろう。テーブルも、椅子も、何もかもがみがかれ、年月を彩りとして滲ませていた。

「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」

 着席するとすぐ、店員らしき女性が飛んでくる。長い髪を頭の高い場所で結んでいて、表情に快活さが滲んでいる。ユリウスの姿をみとめると、すぐに「あれっ、ユリウスさま」と、少しだけ楽しげな声を上げた。

「久しぶりですね。王都にはお仕事で?」
「仕事……というか、下見、ですね。今度狩猟祭が行われるので、それ関係で」
「ああ、そっか。癒術士ゆじゅつしですもんね。当日は頑張ってください」

 女性はそこまでほがらかに言葉を続けると、次いで私とリュジを見た。このお二人は、と、彼女が囁くように語尾を持ち上げる。
 ユリウスが微かに瞬いて、それから「僕のいとこです」とだけ続ける。

「二人とも、王都に来るのは初めてなので、僕が観光案内をしようと」
「そうなんですか? 素敵ですね。折角ですから、狩猟祭のパンフレット、持って帰ってくださいよ」
「いただけるなら、ありがたいです」

 ユリウスが頭を下げる。彼はメニュー表を広げながら、どれにしますか、と私たちに対して首を傾げた。女性がぱたぱたと動いて、直ぐに折りたたまれた紙を持って来た。人数分あるらしく、私とリュジにも渡してくる。
 開いてみると、そこには狩猟祭に関係して出展される露店などの案内図、そして会場となる城下街のあたりが、軽く地図のようになっているようだった。

「凄いですね、これ」
「でしょう。毎年、有志が作っているの。狩猟祭の時は、特に王都が賑わうから。色んな領地から貴族がやってくるし、貴族について使用人なんかも沢山来るでしょ。だから、稼ぎ時ってことで、周辺領からやってくる人達にもわかりやすいようにって、作られているのよ」

 思わず感嘆すると、直ぐに女性が言葉を返してくる。私自身、そしてメルも、狩猟祭には参加したことはない。だが、原作ゲームである『星のの』では、主人公が狩猟祭に参加するイベントが存在する。ミニゲーム的なイベントで、良い成績を残すと攻略対象からの好感度ボーナスがあったやつだった。思い出すとしみじみする。何度もやったので、私のミニゲームの腕前は結構なものであると言えるだろう。

 とにかく、そのイベントでも、狩猟祭はほとんど一大イベントと言っても過言ではないくらいに賑わっていた。集客の見込める時期とくれば、確かにこういったパンフレットを作って、他領からのお客さんにも色々わかりやすくするのは、理に適っている。

「狩猟祭って、凄いんですね」
「ええ! 狩猟祭の様子をうつした本なんかも、沢山売れるのよ」
「様子を……写した本、ですか?」

 そんなものがあるのか。思わず問いかけると、女性はゆっくりと頷いて見せた。

「そうそう。参加した貴族が、狩猟祭の様子を画家に話して……そうしてその画家が描いた絵が、後から本になって出てくるの。その時活躍した人達のことも書かれたりなんかして……! 本当に最高なのよ!」

 女性がうんうんと頷く。そんなものがあるのなら、もしかしてカイネが書かれた本なんかも存在するのだろうか。……今回リュジが活躍したら、リュジの絵だって描かれたりしちゃうんじゃないだろうか。そうなったらものすごく素敵だ。沢山欲しい。三冊くらい。

「是非とも見てみたいです」
「今年もきっと出るわよ! 楽しみね」

 女性は程なく狩猟祭について語ると、また注文が決まった頃に来るわ、と言って、その場を去って行った。ほとんど嵐のような女性だった。思わずその背中をじっと眺めていると、ユリウスが小さく笑う。

「さて、何にしますか? オススメ、教えましょうか」
「お願いしてもいい?」
「もちろん。岩クルミのシチュー、後は魔貝まがいのマリネ、ご飯ものなら新鮮な野菜の入った焼きめしがオススメ、です」

 メニュー表にはそれぞれ、絵のようなものも載っている。魔貝のマリネ、と言えば、ゲーム内で主人公が食べていた料理の一つだ。イストリア帝国南部で採れる魔法石を与えられて育った貝をマリネにしたもので、普通の貝と比べると、なめらかな口当たりが特徴だ。

「魔貝のマリネ! 食べたい!」
「メルお嬢様……通ですね。確か量が多いので、良かったら僕と半分こしましょう。リュジ様はどうしますか?」
「俺は……」

 リュジが僅かに考え込むような仕草を見せてから、「魚のハーブローストが良い」と告げる。直ぐにユリウスが手を上げて、私とリュジが頼んだもの以外に、いくつかの料理を頼んだ。
 運ばれてくるまでの間、少しだけ時間があるので、私はもう一度パンフレットを眺めた。

「本当に沢山出店があるんだね……」
「狩猟祭は貴族の祭です、けど……、沢山の人が、王都に訪れることもあって、大変な混雑になりますから」

 地図には会場となる森の様子も描かれていた。王都の傍、外壁から少し離れた場所に存在するそこを、指先で辿る。

「大きいなあ……。高台から見た時も凄いなと思ったけれど」
「王都のおおよそ半分程度の大きさがあります。……会場になるのは、大体その半分くらい、でしょうか。後で少し近くまで歩いてみましょう」

 ユリウスの言葉に頷いて返す。そうしてから、そっと声を落として、私はユリウスに疑問をぶつけることにした。

「……ちなみに、なんだけど、どうすれば魔物を沢山狩れるか、コツみたいなのはある?」
「ええと、……それは君たちの兄上に聞いた方が……」
「ユリウスだって十位でしょ……!」

 確かに兄に聞いたら答えてくれるだろう。だが、兄は『星の子』というチート能力持ちである。チート能力持ちの戦術をそのまま利用したとして、チート持ちではなければ、上手くいくとは限らない。
 それならば、そういったチート無しで活躍した人に話を聞くべきだろう。
 ユリウスは僅かに考えるような仕草を見せて、それから「風船は魔物の生態を持つ、ので」と続ける。

「魔物のことを……知っていれば、おのずと、点数は稼げますよ」
「……つまり?」
「闇を好む魔物、光を好む魔物、人を好む魔物。沢山、居ます……よね。そういうことです」

 つまり――風船は風船でも、魔物の習性を持っているから、魔物が普段過ごす通りに動く、ということだろう。
 警戒心の強いものは逃げ回り、隠れながら獲物を狙う魔物であれば、上手く遮蔽物を利用して隠れる。そういった生態を知ることで、魔物の居る場所、隠れている場所を、誰よりも先に知ることが出来る――ということだ。

 もの凄いアドバイスになったのではないだろうか。リュジを見ると、少し考えるように眉根を寄せていた。それから「……助言、ありがとうございます」とだけ続ける。

 これは本当に、もしかして、もしかするのではないだろうか。
 リュジが一位になったら、カイネと一緒に、凄く凄く褒めたり、抱き上げたり、色々したい。もちろん、一位じゃなくとも、沢山頑張ったと褒め称えたい。

 リュジは努力の人である。ゲームの中でもそうだった。彼は星の子ではない。だからこそ、努力を積み重ねることを、厭わない。
 それらがいつか、自分の力になると、リュジは信じているのだ。

 そうこうしている内に、先ほどの女性が食事を運んできた。パンフレットをしまうと同時に、「回るところは決めた?」と笑いかけてくる。私は軽く笑って返した。

「その、まだ決めかねていて……」
「そうなの? じゃあオススメを言わせてもらうと、さっき言っていた写本を売っているところがあって……。もちろん後から本屋に並ぶのだけれど、そこだと、先に手に入れることが出来るの! 以前の見本も置いてあってね、今は手に入らないのだけれど――見ることは出来るから。ちなみに、八年前のものをオススメするわ! その年の写本の出来は最高だったの。そう、カイネ・ミュートス辺境伯としのぎを削った殿下の姿が描かれていて……本当にもう――最高でしかない!」

 急に声が大きくなった。思わずびくりと方を震わせて、私は女性を見る。
 目がらんらんとしていた。頬は上気したように赤く、そして紡がれる声は熱を増していて。
 この姿、というか、表情を、私は見たことがある。それも、前世で、何度も。

「カイネ様はほんっとうに素敵な方で、知っている? 銀髪碧眼、そして美しい虹彩! 騎士団に所属されていて、王都まで警らに来られることもあって……! 本当にもう、一目見たときに、恋に落ちないひとなんて居るのかしら? 居ないわ。エトル神の再来と言われてる彼を嫌いになる人なんてどこにも! 物腰も穏やか、次期騎士団長と名高くて、爵位が高いのにおごらず、私たちのような平民にも優しく接してくれる、騎士中の騎士、貴族中の貴族、イストリア帝国に生まれし神!」

 ――推しを語る時の人、である。
 高らかに響く声は、他のテーブルにも聞こえていたようで、常連らしき人々が「まーたはじまった!」と楽しげに声を上げる。日常的に受け流されてしまうくらいには、彼女の推し語りはよく話されるのだろう。
 心中で納得しつつ、しかし恋をするかのように朗々と流れてくるカイネ――今は兄、という立場を取ってくれている人に対する美辞麗句は、聞いて居ると少しだけ照れくさくなってくる。

 カイネはどうやら、王都で凄く人気らしい。それを誇らしく思う。

「実はカイネ様の小説も出ていて。もちろん名前は違うんだけれど、だって本人に失礼ですものね。でも、カイネ様を慕う人たちの間ではもっぱらこれはカイネ様だろうって言われている本があって! それもオススメなの!」

 ……に、二次創作小説が出てくるくらい人気だとは、思わなかったけれど。
 
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