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転生先は乙女ゲームの世界でした
9.信心深きトゥーリッキ
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ユリウスによって治療を受けた後、私とリュジは椅子に座り込んだまま、ぼんやりとした時間を過ごした。
何を言うべきか、どのような話題を口にすべきか。それらを一つ一つ選ぶことが、私にも、リュジにも、出来なかったのだ。
ただひたすら、助けられたことだけが、頭の中をぼんやりと巡る。守ると言ったのに、そう約束したのに、私は目の前で起きたことを対処することも出来ず、守られてしまったのだ。
カイネは怪我をした、とトゥーリッキ婦人が言っていた。私が見る限り、カイネに怪我はなかったと思う。けれど、もしかして、気付かなかっただけで、実際には傷つけていたのだろうか。
わからない。思考がぐちゃぐちゃになる。殴られた頬が、治療を受けたにもかかわらず、なんだかつきつきと痛むような気がした。
――先ほどのトゥーリッキ夫人の姿は異常だった。台風か、はたまた、火のような――そんな、周囲を巻き込んでしまうくらいの激しさを宿していたように思う。
以前会った時は、そうでもなかった。ということは、もしかして、カイネに関わりのあることだけ、あんな風になるんだろうか。
まるで周囲のもの全てを敵のように思っているような――どこまでも温度の低い視線に晒された時のことを思い返すと、ぞっとするものがある。置いてきてしまったカイネは大丈夫なのだろうか。私たちの背をそっと撫で、行っておいで、と囁いた時がまるで昔のように思える。タリオンおじさまも一緒に居たから、大丈夫だと思いたいが――。
不安で仕方ない。傷を治してもらった手前、すぐにでもカイネを探しに行くべきなのだろうか。ちらちらと扉の方へ視線を向けていると、私の考えを察したのか、ユリウスが立ち上がった。
「少し、外を見てきます。メルお嬢様、そしてリュジ様は、ここで」
「ユリウス……。……お願いしても大丈夫?」
「はい。何かあったら……、何か、見つけたら。すぐ、戻ってきます、ね」
ユリウスは僅かに微笑むと、そのまま室内を出て行った。遠くへ去って行く足音を聞きながら、カイネとトゥーリッキ伯爵夫人への考えを巡らせていると、不意にぐっと腕を掴まれる。
リュジによって、だった。
「リュジ。どうしたの? 大丈夫? 痛い?」
治療はしてもらったが、母親から突き飛ばされ、一瞥もされなかった心の傷までは治せない。私は座っていた椅子から立ち上がると、リュジの前に移動した。
リュジは僅かに顎を引いて、じっと地面を眺めていた。私の手を握る指に、力が込められるのがわかる。
「母上は……母上は、悪くないんだ」
不意に静かな声が耳朶を打った。震えた声は、泣くのを我慢しているのか、音が上下するように響いて、僅かに聞き取りづらい。
「お、――俺が、悪くて。俺が……兄上と違う。化け物だから」
吐き出された言葉は、まるでトゥーリッキ伯爵夫人を庇うような響きを滲ませていた。
化け物、と、まるで何でも無いことのように紡がれた言葉に、小さく息を飲む。化け物だから。まるで、誰かにそう言われたとでも言いたげな、言葉だった。
相手は――考えるまでもないだろう。母親の話題の延長線上に出された言葉だ。母親が、リュジを、そう称したのだ。
「俺……俺は、俺だけ。兄上と、違って。エトル神の眼差しを、寵愛を、得られなかったから」
普段の凜とした声とは、全く違う響きの、言葉が鼓膜を揺らす。リュジは軽く首を振ると、小さく息を吐く。混乱した思考を必死になって解こうとするように。
私はうつむいてしまったリュジのつむじを見つめる。様々な感情が脳裏をぐるぐると行き来して、上手く形にならない。ただ、それらを精査して、様々な感情一つ一つに名前をつけることよりも、今は、混乱しきったリュジを慰めるほうが、きっと大事だ。
そっと指先を伸ばして、ゆっくりと背を撫でると、リュジは幾分か落ち着いたようだった。
少しの時間をおいてから、リュジは「……母上のことについて、話して、なかったから」と、言葉を続けた。
トゥーリッキ夫人は、信仰心の強い人だった。
イストリア帝国で信仰する神と言ったら、四大元素の神か、もしくは創世神に絞られる。トゥーリッキ夫人は、他の多くの民衆がそうであるように、創世神を強く信仰していた。
すなわち、創世神エトルを、である。
そして、伝承も信じていた。古くから、イストリア帝国内で信じられている伝承だ。
エトルは、己を信仰する者の元へ、愛し子を遣わす、とされている。
エトルの愛し子は、エトルと同じ銀髪、碧眼、そして星空を凝縮したような虹彩、いずれかの性質を持つ。愛し子たちはエトルが星の権能をもつ神であることから、星の子と呼ばれ、あまねく民衆を救い、イストリア帝国をよりよく導くとされていた。
リュジはぽつぽつとそれらの言葉を吐き出した後、小さく首を振った。
銀髪。碧眼。そして美しい虹彩。――それらはすべて、カイネが持ち合わせているものだ。
『星のの』のゲーム中でも、銀髪や碧眼のキャラクターは少ない数出てきていた。彼らは星の子と呼ばれ、様々な要職に就いていたり、はたまた、貴族の中でも尊きものであると特別な扱いを受けていたように思う。
「兄上は……星の子で。エトルの生まれ変わりともされていて。それなのに、俺は……何もなかった。母上は、兄上だけを大事に思っている。兄上を傷つけるものを、傷つけて良いと思っている。だから……」
だから。続きの言葉を、難なく想像することが出来た。
先ほどの苛烈なまでの眼差し、行為、低い温度の声。それら全て、私がカイネを傷つけたからこそ、向けられたものなのだろう。
信仰心の強いトゥーリッキ夫人にとって、エトル神の生まれ変わりとまで言われるほどのカイネは、庇護すべき対象であり、そして大事にすべき存在でもある。
わたしの神様。そう言っていた。つまり、そういうことだ。
トゥーリッキ夫人にとって、カイネは長男ではない。自分が生んだ子どもでもない。
わたしの神様、なのだ。
与えられた情報に愕然とする。だから――だから、リュジは彼女にとって、どうでも良い存在だったのだろう。エトルじゃないから。わたしの神様では、ないから。
なにそれ、ほとんど毒親じゃないか。そんな人、本当に居るの? なんて思うけれど、居るから――居るから、リュジは傷ついているのだ。
自身の信仰でもって、自分の子ども達を強く縛り付けている。許せない、し、信じられない。信じたくない。
私の腕を握るリュジの指先が震えている。赤い瞳。黒い髪。確かに、エトルの象徴と呼ばれる銀髪、碧眼を考えると、リュジは一切の要素がエトルに似ていないと言えるだろう。
けれど、それだけで、一瞥すらも貰えないことになって良いとは、到底思えない。それどころか――化け物、と称されて、それを甘んじて受け入れるなんてことにも、なって良いわけがない。
「リュジ……」
「もしかしたら、母上は、お前の……メルのこと、嫌ったかもしれない。兄上を傷つけたと思ったから。俺……俺、なんにも言えなくて。なんにも出来なくて。ごめん……ごめん。俺は――俺、こんなだから……、兄上の姿とは、全然違うから……」
リュジが謝る必要なんてどこにも無い。彼はむしろ被害者だろう。母親にないがしろにされているのは、先ほどの一場面だけで理解出来る。
それなのに、――リュジは、私を守ろうとしてくれたのだ。兄以外目に映さない母親が、私に敵対心を抱いたのを見て、助け船を出そうとしてくれていた。
ざりざりと、胸のどこかを抉られるような、そんな心地を覚える。痛くて、苦しくて――やるせない気持ちが、胸中にじんわりと広がっていく。
私の目標は、リュジとカイネに幸せに暮らしてもらうことだ。けれど、どうやら、それはカイネを生存させる――というだけでは、どうにも達成出来そうにないらしい。
リュジの手をそっと握る。リュジがびくりと震えて、私を見た。メル、と柔らかな唇がそっと言葉を吐き出すのが見える。
やるしかない。癒術を覚え、カイネを助け、リュジを幸せにする。私の目標は最初からそれだけで、それだけをひたすら目指すしかないのだ。その為にも家庭環境を整えたり、リュジやカイネが夫人を怖がって過ごすことのないようにしなければいけないだろう。
やる。やってみせる。私は推しを幸せにしてみせる。毒親からも彼らを救ってみせる。――必ず!
「リュジ、謝らないで。かばってくれたの、凄く嬉しかったよ」
「メル……」
「リュジが、もし、自分の姿を嫌いでも、私はリュジの全部が大好きだよ。黒い髪も、赤い目も。全部全部、大好きだからね」
リュジが微かに瞬く。赤色の瞳が僅かに潤んで、その眦からほろりと一筋の涙がこぼれ落ちていくのが見えた。
「化け物なんかじゃない。――リュジは、化け物なんかじゃないよ。私にとって、リュジは、ヒーローだよ」
そっと涙をすくうように指先を動かす。リュジは小さく息を飲むと、そのままゆっくりとかぶりを振った。
私の容姿だって、エトルに愛されたものではない。だから私が言ったところで、リュジにはあまり届かないかもしれない。けれどそれでも、言わずには居られなかった。
自分を化け物と罵って、苦しむリュジの姿を、見捨てることなんて、出来なかった。
「リュジ、ありがとう。ごめんね」
そっと背に手を回す。ぎゅうっと抱きしめると、リュジは一瞬だけ驚いたように身を硬直させて、それからゆるゆると体を弛緩させた。ゆっくり、指先が背に回ってくる。小さく呻く声が耳朶を打って、リュジから零れる吐息が、僅かに湿り気を帯びるのがわかった。
温かな手だった。この手をきっと、離してはいけないと、そう強く思った。
何を言うべきか、どのような話題を口にすべきか。それらを一つ一つ選ぶことが、私にも、リュジにも、出来なかったのだ。
ただひたすら、助けられたことだけが、頭の中をぼんやりと巡る。守ると言ったのに、そう約束したのに、私は目の前で起きたことを対処することも出来ず、守られてしまったのだ。
カイネは怪我をした、とトゥーリッキ婦人が言っていた。私が見る限り、カイネに怪我はなかったと思う。けれど、もしかして、気付かなかっただけで、実際には傷つけていたのだろうか。
わからない。思考がぐちゃぐちゃになる。殴られた頬が、治療を受けたにもかかわらず、なんだかつきつきと痛むような気がした。
――先ほどのトゥーリッキ夫人の姿は異常だった。台風か、はたまた、火のような――そんな、周囲を巻き込んでしまうくらいの激しさを宿していたように思う。
以前会った時は、そうでもなかった。ということは、もしかして、カイネに関わりのあることだけ、あんな風になるんだろうか。
まるで周囲のもの全てを敵のように思っているような――どこまでも温度の低い視線に晒された時のことを思い返すと、ぞっとするものがある。置いてきてしまったカイネは大丈夫なのだろうか。私たちの背をそっと撫で、行っておいで、と囁いた時がまるで昔のように思える。タリオンおじさまも一緒に居たから、大丈夫だと思いたいが――。
不安で仕方ない。傷を治してもらった手前、すぐにでもカイネを探しに行くべきなのだろうか。ちらちらと扉の方へ視線を向けていると、私の考えを察したのか、ユリウスが立ち上がった。
「少し、外を見てきます。メルお嬢様、そしてリュジ様は、ここで」
「ユリウス……。……お願いしても大丈夫?」
「はい。何かあったら……、何か、見つけたら。すぐ、戻ってきます、ね」
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リュジによって、だった。
「リュジ。どうしたの? 大丈夫? 痛い?」
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リュジは僅かに顎を引いて、じっと地面を眺めていた。私の手を握る指に、力が込められるのがわかる。
「母上は……母上は、悪くないんだ」
不意に静かな声が耳朶を打った。震えた声は、泣くのを我慢しているのか、音が上下するように響いて、僅かに聞き取りづらい。
「お、――俺が、悪くて。俺が……兄上と違う。化け物だから」
吐き出された言葉は、まるでトゥーリッキ伯爵夫人を庇うような響きを滲ませていた。
化け物、と、まるで何でも無いことのように紡がれた言葉に、小さく息を飲む。化け物だから。まるで、誰かにそう言われたとでも言いたげな、言葉だった。
相手は――考えるまでもないだろう。母親の話題の延長線上に出された言葉だ。母親が、リュジを、そう称したのだ。
「俺……俺は、俺だけ。兄上と、違って。エトル神の眼差しを、寵愛を、得られなかったから」
普段の凜とした声とは、全く違う響きの、言葉が鼓膜を揺らす。リュジは軽く首を振ると、小さく息を吐く。混乱した思考を必死になって解こうとするように。
私はうつむいてしまったリュジのつむじを見つめる。様々な感情が脳裏をぐるぐると行き来して、上手く形にならない。ただ、それらを精査して、様々な感情一つ一つに名前をつけることよりも、今は、混乱しきったリュジを慰めるほうが、きっと大事だ。
そっと指先を伸ばして、ゆっくりと背を撫でると、リュジは幾分か落ち着いたようだった。
少しの時間をおいてから、リュジは「……母上のことについて、話して、なかったから」と、言葉を続けた。
トゥーリッキ夫人は、信仰心の強い人だった。
イストリア帝国で信仰する神と言ったら、四大元素の神か、もしくは創世神に絞られる。トゥーリッキ夫人は、他の多くの民衆がそうであるように、創世神を強く信仰していた。
すなわち、創世神エトルを、である。
そして、伝承も信じていた。古くから、イストリア帝国内で信じられている伝承だ。
エトルは、己を信仰する者の元へ、愛し子を遣わす、とされている。
エトルの愛し子は、エトルと同じ銀髪、碧眼、そして星空を凝縮したような虹彩、いずれかの性質を持つ。愛し子たちはエトルが星の権能をもつ神であることから、星の子と呼ばれ、あまねく民衆を救い、イストリア帝国をよりよく導くとされていた。
リュジはぽつぽつとそれらの言葉を吐き出した後、小さく首を振った。
銀髪。碧眼。そして美しい虹彩。――それらはすべて、カイネが持ち合わせているものだ。
『星のの』のゲーム中でも、銀髪や碧眼のキャラクターは少ない数出てきていた。彼らは星の子と呼ばれ、様々な要職に就いていたり、はたまた、貴族の中でも尊きものであると特別な扱いを受けていたように思う。
「兄上は……星の子で。エトルの生まれ変わりともされていて。それなのに、俺は……何もなかった。母上は、兄上だけを大事に思っている。兄上を傷つけるものを、傷つけて良いと思っている。だから……」
だから。続きの言葉を、難なく想像することが出来た。
先ほどの苛烈なまでの眼差し、行為、低い温度の声。それら全て、私がカイネを傷つけたからこそ、向けられたものなのだろう。
信仰心の強いトゥーリッキ夫人にとって、エトル神の生まれ変わりとまで言われるほどのカイネは、庇護すべき対象であり、そして大事にすべき存在でもある。
わたしの神様。そう言っていた。つまり、そういうことだ。
トゥーリッキ夫人にとって、カイネは長男ではない。自分が生んだ子どもでもない。
わたしの神様、なのだ。
与えられた情報に愕然とする。だから――だから、リュジは彼女にとって、どうでも良い存在だったのだろう。エトルじゃないから。わたしの神様では、ないから。
なにそれ、ほとんど毒親じゃないか。そんな人、本当に居るの? なんて思うけれど、居るから――居るから、リュジは傷ついているのだ。
自身の信仰でもって、自分の子ども達を強く縛り付けている。許せない、し、信じられない。信じたくない。
私の腕を握るリュジの指先が震えている。赤い瞳。黒い髪。確かに、エトルの象徴と呼ばれる銀髪、碧眼を考えると、リュジは一切の要素がエトルに似ていないと言えるだろう。
けれど、それだけで、一瞥すらも貰えないことになって良いとは、到底思えない。それどころか――化け物、と称されて、それを甘んじて受け入れるなんてことにも、なって良いわけがない。
「リュジ……」
「もしかしたら、母上は、お前の……メルのこと、嫌ったかもしれない。兄上を傷つけたと思ったから。俺……俺、なんにも言えなくて。なんにも出来なくて。ごめん……ごめん。俺は――俺、こんなだから……、兄上の姿とは、全然違うから……」
リュジが謝る必要なんてどこにも無い。彼はむしろ被害者だろう。母親にないがしろにされているのは、先ほどの一場面だけで理解出来る。
それなのに、――リュジは、私を守ろうとしてくれたのだ。兄以外目に映さない母親が、私に敵対心を抱いたのを見て、助け船を出そうとしてくれていた。
ざりざりと、胸のどこかを抉られるような、そんな心地を覚える。痛くて、苦しくて――やるせない気持ちが、胸中にじんわりと広がっていく。
私の目標は、リュジとカイネに幸せに暮らしてもらうことだ。けれど、どうやら、それはカイネを生存させる――というだけでは、どうにも達成出来そうにないらしい。
リュジの手をそっと握る。リュジがびくりと震えて、私を見た。メル、と柔らかな唇がそっと言葉を吐き出すのが見える。
やるしかない。癒術を覚え、カイネを助け、リュジを幸せにする。私の目標は最初からそれだけで、それだけをひたすら目指すしかないのだ。その為にも家庭環境を整えたり、リュジやカイネが夫人を怖がって過ごすことのないようにしなければいけないだろう。
やる。やってみせる。私は推しを幸せにしてみせる。毒親からも彼らを救ってみせる。――必ず!
「リュジ、謝らないで。かばってくれたの、凄く嬉しかったよ」
「メル……」
「リュジが、もし、自分の姿を嫌いでも、私はリュジの全部が大好きだよ。黒い髪も、赤い目も。全部全部、大好きだからね」
リュジが微かに瞬く。赤色の瞳が僅かに潤んで、その眦からほろりと一筋の涙がこぼれ落ちていくのが見えた。
「化け物なんかじゃない。――リュジは、化け物なんかじゃないよ。私にとって、リュジは、ヒーローだよ」
そっと涙をすくうように指先を動かす。リュジは小さく息を飲むと、そのままゆっくりとかぶりを振った。
私の容姿だって、エトルに愛されたものではない。だから私が言ったところで、リュジにはあまり届かないかもしれない。けれどそれでも、言わずには居られなかった。
自分を化け物と罵って、苦しむリュジの姿を、見捨てることなんて、出来なかった。
「リュジ、ありがとう。ごめんね」
そっと背に手を回す。ぎゅうっと抱きしめると、リュジは一瞬だけ驚いたように身を硬直させて、それからゆるゆると体を弛緩させた。ゆっくり、指先が背に回ってくる。小さく呻く声が耳朶を打って、リュジから零れる吐息が、僅かに湿り気を帯びるのがわかった。
温かな手だった。この手をきっと、離してはいけないと、そう強く思った。
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