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転生先は乙女ゲームの世界でした
5.いずれ殺されてしまう兄弟たちへ
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リュジ・ミュートス。
イストリア帝国、ミュートス辺境伯の次男。
長男の死を契機に、イストリア帝国に反旗を翻し、外敵を招いて内乱を画策したことにより、処刑される。
カイネ・ミュートス。
イストリア帝国、ミュートス辺境伯の長男。騎士団所属。
創世神エトルからの寵愛を一身に受けたとされていて、古来より伝わるエトルとうり二つの容貌をしている。銀髪碧眼、星をまぶしたような美しい虹彩の持ち主だ。
外敵による国境侵略の防衛戦にて死亡。遺体は戻らず、身につけていたマントの切れ端のみが戻された。
これは、前世の私の記憶。メルが持っているものじゃなくて、――設定資料集に書かれていた、キャラクターの設定。
天涯孤独の私を心配し、家族になろうと手を引いてくれた二人――リュジも、カイネも、このままではいずれ殺されてしまう。
リュジは18歳の時、そしてカイネは23歳の時に。
メルの記憶を辿ると、数ヶ月前に、カイネの18歳の誕生日を祝った思い出がある。
つまり、カイネが殺されるまでのリミットはおよそ5年程度と言えるだろう。
リュジが死ぬのはカイネの死が契機となって悪役令息になるから、なので、カイネの死さえどうにか防止すれば、リュジが死ぬ未来は無くなっていくということである。
メルは二人が好きだった。リュジもカイネも、大切で、大事な存在で――友人のように、そして家族のように思っていた。父母を通して知り合った彼らと、沢山の日々をメルは築いていたのだ。
前世の私は、リュジが推しだった。――この世界に来て、メルの思い、そしてカイネに触れて、今はカイネのことも大事に思っている。
だからこそ、二人には、どうにかして――何があっても、生き残ってもらいたい。
悪役令息として処刑されるのではなく、戦いに出た先で謀殺されるのではなく、幸せに生涯を閉じてもらいたい。
どう考えても、私の我が儘だ。けれどきっとメルの父母なら、この思いも我が儘も、きっと受け止めて許してくれる。
助けられる人を、助ける。そう言っていた二人なら。
朝、鳥の鳴く柔らかな声が耳朶を打ち、私は目覚める。
ミュートス家での生活も今日で一週間、そろそろ見慣れない天井に驚いたり、朝起きて遅刻! 会社へ連絡! と必死になってスマホを探すこともなくなってきた。
最初の内は本当に、前世と、そして今世の習慣が抜けなくて困ったものだが、慣れとは素晴らしいものである。
眠気を抑えながら、すぐにベッドサイドの鈴を鳴らす。すると、外に控えていた侍女が室内に入ってくる。カタルの家から仕えてくれている、勝手知ったる侍女である。
「メル様、今日はどうされますか?」
「今日も昨日と同じにしてもらってもいい?」
侍女は小さく頷く。承知致しました、と言うなり、彼女の手が私の頭に触れた。髪を結うべくうごく手つきが、少しだけ心地良い。振り払ったはずの眠気がぶり返してきて、私は小さく欠伸を零した。
――何かあったときのために、私自身がまず力をつけること。
リュジとカイネの今後、明るい未来への展望を考えた時、私は一番にそれを目標として据えた。元々、魔法自体はほどほどに出来ていたし、基礎自体は実家で作り上げられている。剣技に関しては、これは――これは、その、まあ、難しい、けれど。それでも、出来る限りの努力はしようと決めた。
目標を据えたら、あとは行動をするのみだ。カイネが死ぬのを阻止するために。リュジが悪役令息にならず、これから先も生きていけるように。
私は――私の身勝手で、彼らを、救わせてもらうことを決めた。もちろん、訓練の傍ら、カイネの謀殺についても防ぐ術を考えていくつもりだ。
そもそも、カイネの死には不可解な点が多い。ゲーム内では明らかにされなかったが、国境での小競り合いが紛争へ移行するスピード感や、そもそも外国が国境を越えてイストリア帝国へ侵略を本格的に行うことになった理由もきちんとは示されていなくて、おかしな点ばかりが散見された。
ゲームの都合上とか、シナリオライターが細かい所面倒くさくなったんじゃ、とか、そういう意見も出ていたが、そうではないと思う。
多分、裏にきちんと理由がある。それさえ探り当てれば、きっと、二人の死は阻止出来る。――大丈夫、きっと上手くやれるはずだ。
「メル様、終わりましたよ」
「ありがとう。服も昨日のものを着させてもらってもいい?」
「もちろんです。直ぐにご用意いたしますね」
カタラの家から持って来ていた、少しだけ装飾の少ない外出着を着用する。ドレスという形を取っては居るのだが、この服は様々な魔法によって加護が縫い付けられており、ちょっとやそっとでは破れないし、汚れないし、傷つかない。生活魔法で洗濯、乾燥をすれば、ほとんど連日のように使えることもあり、最近はもっぱらこのドレスを着用することが多い。
「それじゃあ、行こうかな」
外へ出ようと足を踏み出す。侍女が私の行動を先回りするようにして扉を開く。朝の清廉な空気が廊下を満たしているのが見えた。ゆっくりと、あまり音を出さないように階段を降りて、屋敷から出る。
庭園の隅に、簡易ではあるが訓練場のようなものがあるので、そこを目指して歩いていく。魔法の練習、そして剣技の練習も出来るように作られた場所は、ミュートス家の人々が日々の鍛錬に使用している場所だ。
だから、朝に行くと、必ず誰かがいる。それはタリオンおじさんであったり、カイネだったり、リュジだったり。あるいは三人いる時もある。
辺境伯という立場上、常に外敵侵略の恐れがある。来るべき時のためにも、体を鍛えることは大事なのだろう。
今日も訓練場に近づくと、剣を素振りする音が聞こえてくる。風を切り裂くようにびゅん、びゅん、と規則正しく聞こえてくる音を聞きながら、私はひょっこりと入り口から顔を覗かせた。
すると、中で訓練をしていた人たちが、すぐに私に気付いて表情を和らげてみせる。
「メル。おはよう、はやいね」
「最近、連日来てないか?」
「兄様。リュジ」
二人の名前を呼ぶ。リュジがかまえていた杖を下ろして、驚いたような顔をする。その傍で、打ち込み人形に剣を向けていたカイネが、ゆっくりと剣を鞘に戻しながら、私に近づいてきた。
「メルは今日も鍛錬をするの? 頑張りやさんだね。でも……あまり無理をしてはいけないよ。メルのことは、兄様たちが守ってあげるんだから」
ね、とカイネが小さく笑う。彼は直ぐ、腰を下ろして私と視線を合わせてきた。銀色の髪、平らかな額に汗が滲み、前髪が僅かにはりついている。顔の良い男の汗は、なんていうか、凄く良いと思う。上手く説明は出来ないけれど。
しかし、今日だって昨日だって、結構朝早くに起きたつもりなのだが、一体二人ともいつ来ているのだろう。
「兄上、あの、少し前から思って居たんですが、メルが妹になってから過保護が目立つというか……。貴族の子女であっても、魔法の鍛錬や、簡単な護身術くらいならば学んでいる家は多いわけですし……」
「そう……? そうかな。でも、ほら、メルは……もう少し、休んでいても良いんじゃ無いかと思うんだ」
囁くような声は、私を気遣う感情で濡れていた。父母が居なくなってから、まだ一週間しか経っていない。
訓練にいそしむ私は、まるで悲しみを振り払うべく、打ち込んでいるように見えたのだろう。だからこそ、大丈夫なのかと、もっと休んでも良いのだと、心配されているのだ。
私は大きく首を振る。そうして、真正面からカイネを見上げた。
「大丈夫です、兄様。私、――私、やれることを、やりたいんです」
「メル……」
「兄様やリュジを守れるくらい、強くなりたいんです」
私の言葉に、カイネが僅かに目を丸くする。そうしてから、ふわ、と花が香るように笑った。美しい虹彩が喜色に揺れる。
「……守ってくれるの?」
「守ります!」
「そうか、そうなんだね」
息を零すように、カイネが小さく笑う。その傍で、リュジが「メルが俺達を守れるくらい、強くなるところ、想像できない」と続ける。少しだけ呆れたような声音だったけれど、その声に、喜びみたいなものが滲んでいるのがわかる。
「守るなんて初めて言われたかもしれない」
「兄上は守られるより、守る方ですからね」
「リュジのことも守ってくれるらしいよ」
「俺は自分で自分のことを守れます。メルは俺よりも自分のことを心配すべきです」
「嬉しいくせに。ねえ、メル。リュジが嬉しいって言っているよ」
カイネが笑いながら私に声をかけてくる。リュジが僅かに眦を赤くして「別に、嬉しいとか、そんなわけ」と続ける声が聞こえる。二人とも、照れたような表情を浮かべていた。
それなら鍛錬を阻止する理由は無いね、とカイネは続ける。私は頷いて、鍛錬用の剣を取りに行く。カイネとリュジの視線が、背中を追いかけてくるのが、わかった。
二人を守る。
今はまだ、冗談のようにしか響かない言葉だ。けれど、きっと必ず、実現してみせる。
いずれ殺されてしまう兄弟達を、救うために。
イストリア帝国、ミュートス辺境伯の次男。
長男の死を契機に、イストリア帝国に反旗を翻し、外敵を招いて内乱を画策したことにより、処刑される。
カイネ・ミュートス。
イストリア帝国、ミュートス辺境伯の長男。騎士団所属。
創世神エトルからの寵愛を一身に受けたとされていて、古来より伝わるエトルとうり二つの容貌をしている。銀髪碧眼、星をまぶしたような美しい虹彩の持ち主だ。
外敵による国境侵略の防衛戦にて死亡。遺体は戻らず、身につけていたマントの切れ端のみが戻された。
これは、前世の私の記憶。メルが持っているものじゃなくて、――設定資料集に書かれていた、キャラクターの設定。
天涯孤独の私を心配し、家族になろうと手を引いてくれた二人――リュジも、カイネも、このままではいずれ殺されてしまう。
リュジは18歳の時、そしてカイネは23歳の時に。
メルの記憶を辿ると、数ヶ月前に、カイネの18歳の誕生日を祝った思い出がある。
つまり、カイネが殺されるまでのリミットはおよそ5年程度と言えるだろう。
リュジが死ぬのはカイネの死が契機となって悪役令息になるから、なので、カイネの死さえどうにか防止すれば、リュジが死ぬ未来は無くなっていくということである。
メルは二人が好きだった。リュジもカイネも、大切で、大事な存在で――友人のように、そして家族のように思っていた。父母を通して知り合った彼らと、沢山の日々をメルは築いていたのだ。
前世の私は、リュジが推しだった。――この世界に来て、メルの思い、そしてカイネに触れて、今はカイネのことも大事に思っている。
だからこそ、二人には、どうにかして――何があっても、生き残ってもらいたい。
悪役令息として処刑されるのではなく、戦いに出た先で謀殺されるのではなく、幸せに生涯を閉じてもらいたい。
どう考えても、私の我が儘だ。けれどきっとメルの父母なら、この思いも我が儘も、きっと受け止めて許してくれる。
助けられる人を、助ける。そう言っていた二人なら。
朝、鳥の鳴く柔らかな声が耳朶を打ち、私は目覚める。
ミュートス家での生活も今日で一週間、そろそろ見慣れない天井に驚いたり、朝起きて遅刻! 会社へ連絡! と必死になってスマホを探すこともなくなってきた。
最初の内は本当に、前世と、そして今世の習慣が抜けなくて困ったものだが、慣れとは素晴らしいものである。
眠気を抑えながら、すぐにベッドサイドの鈴を鳴らす。すると、外に控えていた侍女が室内に入ってくる。カタルの家から仕えてくれている、勝手知ったる侍女である。
「メル様、今日はどうされますか?」
「今日も昨日と同じにしてもらってもいい?」
侍女は小さく頷く。承知致しました、と言うなり、彼女の手が私の頭に触れた。髪を結うべくうごく手つきが、少しだけ心地良い。振り払ったはずの眠気がぶり返してきて、私は小さく欠伸を零した。
――何かあったときのために、私自身がまず力をつけること。
リュジとカイネの今後、明るい未来への展望を考えた時、私は一番にそれを目標として据えた。元々、魔法自体はほどほどに出来ていたし、基礎自体は実家で作り上げられている。剣技に関しては、これは――これは、その、まあ、難しい、けれど。それでも、出来る限りの努力はしようと決めた。
目標を据えたら、あとは行動をするのみだ。カイネが死ぬのを阻止するために。リュジが悪役令息にならず、これから先も生きていけるように。
私は――私の身勝手で、彼らを、救わせてもらうことを決めた。もちろん、訓練の傍ら、カイネの謀殺についても防ぐ術を考えていくつもりだ。
そもそも、カイネの死には不可解な点が多い。ゲーム内では明らかにされなかったが、国境での小競り合いが紛争へ移行するスピード感や、そもそも外国が国境を越えてイストリア帝国へ侵略を本格的に行うことになった理由もきちんとは示されていなくて、おかしな点ばかりが散見された。
ゲームの都合上とか、シナリオライターが細かい所面倒くさくなったんじゃ、とか、そういう意見も出ていたが、そうではないと思う。
多分、裏にきちんと理由がある。それさえ探り当てれば、きっと、二人の死は阻止出来る。――大丈夫、きっと上手くやれるはずだ。
「メル様、終わりましたよ」
「ありがとう。服も昨日のものを着させてもらってもいい?」
「もちろんです。直ぐにご用意いたしますね」
カタラの家から持って来ていた、少しだけ装飾の少ない外出着を着用する。ドレスという形を取っては居るのだが、この服は様々な魔法によって加護が縫い付けられており、ちょっとやそっとでは破れないし、汚れないし、傷つかない。生活魔法で洗濯、乾燥をすれば、ほとんど連日のように使えることもあり、最近はもっぱらこのドレスを着用することが多い。
「それじゃあ、行こうかな」
外へ出ようと足を踏み出す。侍女が私の行動を先回りするようにして扉を開く。朝の清廉な空気が廊下を満たしているのが見えた。ゆっくりと、あまり音を出さないように階段を降りて、屋敷から出る。
庭園の隅に、簡易ではあるが訓練場のようなものがあるので、そこを目指して歩いていく。魔法の練習、そして剣技の練習も出来るように作られた場所は、ミュートス家の人々が日々の鍛錬に使用している場所だ。
だから、朝に行くと、必ず誰かがいる。それはタリオンおじさんであったり、カイネだったり、リュジだったり。あるいは三人いる時もある。
辺境伯という立場上、常に外敵侵略の恐れがある。来るべき時のためにも、体を鍛えることは大事なのだろう。
今日も訓練場に近づくと、剣を素振りする音が聞こえてくる。風を切り裂くようにびゅん、びゅん、と規則正しく聞こえてくる音を聞きながら、私はひょっこりと入り口から顔を覗かせた。
すると、中で訓練をしていた人たちが、すぐに私に気付いて表情を和らげてみせる。
「メル。おはよう、はやいね」
「最近、連日来てないか?」
「兄様。リュジ」
二人の名前を呼ぶ。リュジがかまえていた杖を下ろして、驚いたような顔をする。その傍で、打ち込み人形に剣を向けていたカイネが、ゆっくりと剣を鞘に戻しながら、私に近づいてきた。
「メルは今日も鍛錬をするの? 頑張りやさんだね。でも……あまり無理をしてはいけないよ。メルのことは、兄様たちが守ってあげるんだから」
ね、とカイネが小さく笑う。彼は直ぐ、腰を下ろして私と視線を合わせてきた。銀色の髪、平らかな額に汗が滲み、前髪が僅かにはりついている。顔の良い男の汗は、なんていうか、凄く良いと思う。上手く説明は出来ないけれど。
しかし、今日だって昨日だって、結構朝早くに起きたつもりなのだが、一体二人ともいつ来ているのだろう。
「兄上、あの、少し前から思って居たんですが、メルが妹になってから過保護が目立つというか……。貴族の子女であっても、魔法の鍛錬や、簡単な護身術くらいならば学んでいる家は多いわけですし……」
「そう……? そうかな。でも、ほら、メルは……もう少し、休んでいても良いんじゃ無いかと思うんだ」
囁くような声は、私を気遣う感情で濡れていた。父母が居なくなってから、まだ一週間しか経っていない。
訓練にいそしむ私は、まるで悲しみを振り払うべく、打ち込んでいるように見えたのだろう。だからこそ、大丈夫なのかと、もっと休んでも良いのだと、心配されているのだ。
私は大きく首を振る。そうして、真正面からカイネを見上げた。
「大丈夫です、兄様。私、――私、やれることを、やりたいんです」
「メル……」
「兄様やリュジを守れるくらい、強くなりたいんです」
私の言葉に、カイネが僅かに目を丸くする。そうしてから、ふわ、と花が香るように笑った。美しい虹彩が喜色に揺れる。
「……守ってくれるの?」
「守ります!」
「そうか、そうなんだね」
息を零すように、カイネが小さく笑う。その傍で、リュジが「メルが俺達を守れるくらい、強くなるところ、想像できない」と続ける。少しだけ呆れたような声音だったけれど、その声に、喜びみたいなものが滲んでいるのがわかる。
「守るなんて初めて言われたかもしれない」
「兄上は守られるより、守る方ですからね」
「リュジのことも守ってくれるらしいよ」
「俺は自分で自分のことを守れます。メルは俺よりも自分のことを心配すべきです」
「嬉しいくせに。ねえ、メル。リュジが嬉しいって言っているよ」
カイネが笑いながら私に声をかけてくる。リュジが僅かに眦を赤くして「別に、嬉しいとか、そんなわけ」と続ける声が聞こえる。二人とも、照れたような表情を浮かべていた。
それなら鍛錬を阻止する理由は無いね、とカイネは続ける。私は頷いて、鍛錬用の剣を取りに行く。カイネとリュジの視線が、背中を追いかけてくるのが、わかった。
二人を守る。
今はまだ、冗談のようにしか響かない言葉だ。けれど、きっと必ず、実現してみせる。
いずれ殺されてしまう兄弟達を、救うために。
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