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転生先は乙女ゲームの世界でした

3.家族になります

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 リュジとカイネは私に食事を渡してすぐ、父親であるミュートス辺境伯に呼ばれたこともあり、出て行ってしまった。二人が名残惜なごりおしげに私の部屋から出て行く姿を見送ってから、私は二人が料理人に沢山指示して作らせたらしい食事を口に運ぶ。
 柔らかく煮られた穀物は、喉通りも良くて、すっと胃に落ちていくような心地がした。美味しい。胸の中が、少しずつあったかくなっていく。それと同時に、混乱していた思考も、少しずつ落ち着きを取り戻していくようだった。

 前世と、今世。考え始めると僅かに痛む頭に指を当てて、私は部屋の中をじっくりと見る。
 客間、だろうか。ふかふかのベッドに、干したての布団のにおい。クローゼットや化粧台が大きな部屋の少しだけ隅の方に置いてある。ベッド近くの窓は軽く開け放たれていて、そこから優しいにおいがそっと香ってくるのがわかった。
 食事を終えてから、ゆっくりと立ち上がる。化粧台の傍に行くと、幼さを残した少女の姿が映った。

 泥にまみれていた衣服は、違うものに着替えさせられている。少しだけゆったりとした作りの寝間着は、私には大きい。袖から手の平を出しながら、私は鏡をじっと見つめる。
 まろみを帯びた頬に、柔らかそうな唇。目はぱっちりとした二重で、少しだけつり目がちだ。腰まである髪の毛は濃い紫色。母に似た色だ。瞳には薄緑色が滲んでいる。これは、父に似た色。

 可愛い、女の子だ。何度も鏡で自分の姿を見ているはずなのに、どうしてか凄く新鮮に思える。鏡を見ながら頬をぺたぺたと触り、私は小さく息を吐いた。
 年は十歳。だからか、体に明確な変化はあまり出ていない。背が伸びる時の骨の痛みがきつくて、何度か泣きながら母のところへ向かった思い出がある。母はたおやかな手の平で、ゆっくりと私の足や腕を撫でてくれた。
 それが心地よくて、私はいつも、母の部屋を訪ねるといつのまにか寝てしまっていた。そんな私を部屋へ戻すのは父の役割で、何度その優しい腕の中でゆるく意識を取り戻したのか、数えられないくらいだ。

 まるで走馬灯のように思い出が蘇る。また少しだけ涙が登ってきて、私は慌てて手の平で眦を拭いた。
 鏡面から視線を逸らし、窓の近くへ向かう。ミュートス領は、イストリア帝国の北部に鎮座ちんざする。他国との国境が近いこともあって、少し視線を遠くへやると、国と国の境を示すように鎮座する山脈が見えた。

 じっと外を見つめていると、不意にノックの音が耳朶を打つ。振り向いて答えを返すとほとんど同時に、扉が開いた。
 扉の向こうにはリュジ、カイネ、そして――ミュートス辺境伯タリオン様が立っている。
 ミュートス辺境伯は、現在、騎士団長を務めている。壮年の男性で、リュジとカイネの父親だ。僅かに白髪の交じる髪に、薄く整えられた髭。沢山の戦いを経たその瞳は、鋭さを滲ませながら、私を見つめている。顔立ちは、流石リュジとカイネの父親、という感じで、若い頃はたいそう女性を魅了したのではないだろうか。つまるところ、ものすごくハンサムなおじさまだ。

 思わず息を飲む。それと同時に、ミュートス辺境伯は、リュジとカイネの背を押した。二人が視線を合わせて、それからゆっくりと歩いてくる。
 ミュートス辺境伯は私の傍にひざまずくと、視線を合わせてきた。美しい、赤色の瞳が、私をじっと見つめる。

「メル。大変だっただろう。本当に――ケガが無くて良かった」
「ミュートス辺境伯……」
「そんな堅苦しい呼び方はやめてくれ。いつものように、おじさま、と」

 ミュートス辺境伯――タリオンおじさまは、鋭い視線を朗らかに崩すと、柔らかく笑った。そうして、私の体を一度抱きしめると、「聡明そうめいな君なら、もう理解しているかもしれないが」と、滔々と言葉を続ける。

「カタル伯爵のお二人は……、創世神そうせいしんエトルのお膝元へ向かってしまったようなんだ」
「……」

 死んだ、ということだろう。わかっている。投げ出されて、泥にまみれて、父母に縋ったとき、二人の死を見た。
 私が起きた時も、そしてご飯を食べる時も、二人は出てこなかった。別室で医師に診られていると聞いたが、部屋を分けられている時点で、正直絶望的な状況なのだろうと認識していた。だから、覚悟はしていた。
 ただそれでも、私の――メルの心が、僅かに揺らぐ。まるで悲しみを訴えるように、じんわり、じんわりと涙をこぼすのがわかった。

「……そう、なんですね」
「お二人の愛が、君を生かしたんだ。どうか、そのことを忘れないでくれ」

 タリオンおじさんの言葉に小さく頷く。指先が震えた、瞬間、私の手の平を誰かが握った。顔を上げると、眦を赤くしたままのリュジに出会う。

「今日からは、俺達が、メルの家族だ」
「えっ……?」
「こら、リュジ。メルが驚いているだろう。こういうのは順を追って――話すべき、なんだろうけれど」

 カイネが小さく笑う。彼も軽く膝を折って、私を見つめた。美しい碧眼が、慈しむような、そんな彩りを宿して私を見る。

「メル。良ければ――なんだけれど。私の妹になってくれないかな?」
「妹……?」

 思わぬ言葉だった。一瞬だけ息を飲む。カイネは、私の手の平に、リュジと同じように触れた。そうして、ぎゅうっと手の平で抱きしめるようにする。柔らかくて、優しい手つきだった。大切な物を壊さないように、そっと触れるような――そんな、触れ方だ。

「兄上の妹ってことは、俺の妹でもあるからな」
「リュジはメルより年下だから、姉だよ」
「妹だ! だって、弟だったら姉を守れないだろ」
「そんなことはないような……ねえ、父上」

 カイネが困ったように言葉を続ける。タリオンおじさんが小さく笑って、そうだな、とリュジの頭に手をやった。がしがしと強引に撫でられて、リュジが悲鳴のような声を上げる。
 家族を失ってしまった私を、どうやら、ミュートス家の人々は、家族にしてくれるつもりのようだった。

「か、家族、……ですか?」
「そう。家族。――元々、家族ぐるみの付き合いをしていたのだから、問題はないはずだろう?」

 タリオンおじさんが皺を寄せて笑う。

「……家族……」
「もちろん、私のことを父と呼ぶ必要はない。おじさん、で結構だ。君の父母は、他にきちんと居るのだから。けれど、それでも。――たった一人は辛いだろう」

 静かな声だった。沢山の感情がこもった声音が、じん、と胸の奥を濡らす。
 喉の奥に、沢山の感情が詰まって、言葉にならない。小さく息を漏らす音が、そのまま涙声のように、その場に響いた。
 それが私の、答えだった。

 カイネがほろ、と相好を崩すようにして微笑む。彼は私の手を握ったまま、言葉を続けた。

「メル。これからは私の妹だね。兄様、と呼んでくれると嬉しいな」
「俺のことも。俺のことも、兄上って呼んで良いからな」
「……諦めないね、お前も」

 呆れたような声がカイネの口から漏れる。それに少しだけ笑って、私は、同じように、少しだけ、泣いた。
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