こんにちは、いれてください

うづき

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 聞きかじりの知識である。少しばかり疑問符を混ぜながら声をかけると、加賀は小さく頷いた。そうして、「そうだよ」と囁くように言う。

「蛇神様は、この辺りの水害による土砂崩れを救って――頑張ったから、だから、代わりに、お礼をしてほしい、って、村の人達にお願いをしたんだ」
「そうなんだ」
「そう。大きな蛇神様は、その大きさから、恐れられていた。だから、傍に居てくれる存在が欲しかったんだよ。――つがいが、欲しい。お嫁さんが欲しいって」
「……」
「村の人達は頷いて、わかった、用意する、夏が少し過ぎた頃にまた村に来て欲しいって言ったんだ。夏、つまりはお盆を過ぎたくらいの頃に、蛇神様は人間の姿を取って、村を回った。用意してくれるって、言葉を信じていたから」

 滔々と紡がれる言葉だった。まるで見聞きしたように、迷いのない声に冬里は小さく息を潜める。この辺りでは、きっと有名なお話なのだろう。加賀も、誰かから伝え聞いていたのかもしれない。

「でも、どの家も、何度叩いても、いれてくれない。ここには若い娘は居ない、違う家になら居るって。蛇神様は沢山の家を回って、沢山の人に問いかけて、ずっとずっと、毎日毎日、夏の間中お願いをして。謀ったな、って怒ったときに、村の人が『今年は用意できなかった。来年は用意しておくから』って頭を下げたんだ」

 温度の無い声音は、言葉を続ける。

「蛇神様はなら、と頷いた。もし水害によって村が滅びたら、お嫁さんも手に入らない。だから、その次の年も村を守って、そうして夏の盛りを過ぎた頃に、家を回った。その風習が、祭に転換したんじゃないかな」

 冬里は僅かに息を飲む。そうしてから、加賀を見つめた。

「それは……なんだか、その、蛇神様がかわいそうな……」
「そうだね。ずっと騙されていたんだから。でも、良いんだ。もう、大丈夫」

 だって、と加賀は言葉を続けた。そうして、冬里を見つめる。甘い感情を宿した瞳は、けれど、獣のように瞳孔が鋭い。

「だって、冬里がいるから」
「……え?」
「ねえ、冬里。冬里、お盆まではここに居るでしょう?」

 加賀の手が冬里に触れる。指先がすり、と冬里の手の甲を撫でた。そうして、柔らかく動きながら、指を辿り、指の間をなぞるようにくすぐる。喉が震えて、冬里は小さく笑った。加賀はゆっくりと冬里の手を取ると、そのまま手の甲に唇を寄せた。皮膚を軽くくっつけるだけの、そんな動作だった。

 それなのに、冬里の体が、不意に強く反応する。

「ん、え……っ!?」

 びく、びくと肩が震える。おかしい。なんだこれは。立っていられなくなって、冬里はその場にへたり込んだ。体温が急激に上がるような心地がして、額が汗ばむ。加賀の唇が冬里の手の甲を撫でるように動く。親密さを感じさせるような行動だった。

「どうしたの? 冬里」
「ま、待って、なんか、変で……っ」
「どのあたりが?」

 ふ、と加賀が息を零した。冬里に触れていた手がゆっくりと腕を辿り、肩に触れ、そのまま首筋に触れる。輪郭を辿るように動く指先に、ぞわぞわと背が粟立つような感覚を覚える。
 いけない。振り払わないと。おかしなことになっている。
 ――そう思う。そう思う、のに。

 加賀が冬里、と名前を呼ぶ。優しくて甘い響きに誘われるように視線を合わせると、唇が重なった。ちゅ、ちゅ、と小さく吸い付くようにキスをしながら、加賀の手が冬里の体にやわやわと触れる。胸の形を辿るように指先が動いて、そのまま腹部に触れる。下腹部のあたりをとんとん、と指先でノックされた、瞬間、腰が震えるくらい心地が良くなって、冬里は首を振った。

「ま、待って、加賀く……」

 必死に止めようとする声を吐き出す。開いた口から、加賀の舌先が中に入ってきた。冬里よりも少し低い温度のそれが、少しばかり荒々しく内部を動いて、冬里の舌を愛撫する。口内をゆっくりと撫でるように舐める舌に、呼吸が上手く出来なくなる。加賀の手は依然と下腹部をくすぐるように動いていて、その度に冬里の喉から小さな悲鳴とも似つかわしい喘ぎ声が零れた。

「あっ、……ん、あ、あっ」
「可愛い、声……。気持ち良いって、教えてくれてるみたい」
「や、だ、だめ、加賀く……」
「どうして? だって、触れているだけ。それだけだよ。冬里の中には、入っていない」

 だからといって、このままでは。撫でられているだけ、そしてキスをしているだけなのに、どうしてこんなに体の熱が高ぶっていくのだろう。心地良くて、気持ち良くて、酩酊したような感覚に陥っていく。

 加賀の唇が重なる。舌先が冬里の口内を愛撫して、唾液をすするように動くのがわかった。それと同時に、加賀の舌先から、甘い液体のようなものが落とされて、喉の奥に落ちていく。
 瞬間、全身が敏感になったように、冬里の体がひくついた。撫でられている下腹部の奥が、きゅうっと窄まるような感覚を覚える。

 加賀の指先で、加賀で、中を埋めてほしくてたまらなくなる。ひ、ひ、と小さく息が零れる。それすらも、掬い取るように加賀の舌先が吸い取って、そうしてゆっくりと唇が離れた。

「ね、冬里、お盆まで、居るよね?」

 問う声が耳朶を打つ。縋るような響きだった。お盆。
 これ以上ここに居るべきだろうか。自由を満喫するというのなら、この数週間、とても楽しくやれたとも言える。それに、今年は祖母の初盆もある。親戚の日程が合わず、盆を過ぎてから行うことになったが、それに間に合うように帰らなければならない。
 
「あ、あ、わ、わかんな……っ、んあ……っ、あ……っ」
「居て。今年は居て。逃げないで」

 ぎゅう、と加賀の指先が冬里の手を握る。その場に縫い止めるように指先を重ねられ、そのまま押し倒された。畳敷きに背中がつく。柔らかない草の匂いがした。
 片手を、恋人同士がするように指先を絡めながら、もう片方の手で全身を緩慢に愛撫される。

「逃げ……? 逃げる、って、な、に……? 逃げ、て、な……っ」
「逃げてる。僕はずっと待っていたんだよ。こうやってまた、――冬里が、一人で、ここに訪れてくる日のことを」
「あっ、ま、って、なでな、いで……っ、んっ、んぅっ」

 喉が震える。多分、下着は既に濡れてしまっているだろう。太ももを動かす度に、なんとも言えない感覚が過る。体が火照って、汗が滲む。室内は涼しいはずなのに、冬里だけが、熱を宿して苦しんでいる。

「冬里。冬里。僕のお嫁さん。僕の番、僕の大切なひと。ずっと待ってた、……ずっと、ずっと」
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