こんにちは、いれてください

うづき

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 久しぶりに祖母の家にやってきた。
 と言っても、祖母は既に他界している。ならばなぜ、今になって、祖母の家にやってきたのか――というと、無人になった家を掃除するため、というのが一番の理由だろう。

 前々から、祖母の家をどうするか、という話題がずっと上がっていたのだ。田舎にあるし、交通の便もそこそこ悪い。
 祖母が他界したのが今年の春、それからすぐに形見分けをして、夏近くになって、あの家をどうするかという話題が再度上がってきたようだ。

 一度、誰かが数日をかけて本格的に掃除するべきではないか、そうしたら借り手も出てくるだろう、だとか、もう家を潰してもらうべきではないか、いやでも潰すのにもお金が――なんていう話が出ていて、ならば、と、冬里とうりが手を挙げたのだ。

 大学の三年生となり、流石に大学の勉強に余裕が出てきた。エントリーシートを量産し続ける日々にも飽きてきた頃合いである。それに家に居ても妹や母、父から色々と小言を言われてまあまあ疲れてきた。

 夏休みの間、バイト三昧する選択肢もあったが、それよりも何より、折角ならば幼い頃、何度も世話になった祖母の家を掃除して、さらに少しの間、そこで自由を満喫するのも良いだろう――なんていう打算があった、とも言える。

 それに、どうやら綺麗にすると借家として出せるので、親戚筋からお礼として金銭が貰えるようだ。それも理由の一つとしてはとてつもなく大きかったと言える。
 かくして、冬里は数年ぶりに祖母の家にお邪魔することになったのである。

 一時間に一本しかない電車に乗り、そこから二時間に一本しか出ていないコミュニティバスに乗り込み、長い時間をかけてようやく、冬里は祖母の家にたどり着いた。
 祖母が亡くなってから、訪れていなかった場所である。そもそも祖母の家にあった仏壇は冬里の家に移されたので、当然とも言えるだろう。

 家は人が住まないと傷むもので、祖母の家も例外ではなかった。少しの間しか経っていないというのに、綺麗に手入れされていた庭園に雑草が生え、窓はわずかに雨粒の痕などで曇っている。立て付けの悪い扉を、鍵を使って開くと、少しばかりカビと埃の混じった臭いがした。

 水道、ならびに電気はまだ通っていると聞いている。玄関口にあるスイッチを押すと、わずかな明滅の後、廊下が照らされる。電灯は死んでいないようだ。

 冬里はマスクを着用し、持ってきておいた紙の上に自身の鞄などを置いて、使い捨てのスリッパを取り出す。それに足を通し、ゆっくりと室内を見て回った。
 入って直ぐ、右隣に扉があり、そこは祖父の寝室だった。祖父も既に他界しており、中を覗くとがらんとした室内が目に入る。

 なんとなく降って湧いた郷愁を喉の奥に落とし込みながら、冬里は廊下を進んだ。勝手口のある台所に、改築の際に綺麗にされた風呂場、そして畳敷きの居間。庭園に面した廊下は、大きな窓がいくつも並んでいて、外の様子を眺めることが出来る。

 ぼんやり、昼の光に照らされる庭園を眺めていると、不意に呼び鈴の音が鳴って、冬里は肩をふるわせた。
 どうやら来客が来たらしい。呼び鈴は、押すと音が鳴るタイプのもので、それがしきりにぶー、ぶー、と音を立てている。

 誰だろうか。もしかしたら冬里の姿を見て、世話を頼んでいる近くの人が泥棒か何かと勘違いしてやってきたのかも知れない。
 首を傾げつつ、冬里は玄関口へ向かう。そうして取っ手に触れて、ゆっくりと扉を開いた。

「はい、誰ですか?」

 一応、防犯のためにチェーンだけつけて軽く開いて声をかける。が、応えは無い。冬里は首を傾げつつ、チェーンを外し、今度は大きく扉を開いた。
 だが、やはり、誰も居ない。

「……壊れてる?」

 冬里は玄関から外に出て、呼び鈴を指で押す。ぶー、と音がした。壊れてはいないはずだ。誤作動を起こすような代物でも無い気がする。
 首を傾げつつ、冬里は室内に戻り、それから扉の鍵を閉めた。さて、掃除を、と踵を返した直後、また、ぶー、と音がする。

 本格的に壊れているのかもしれない。玄関口の呼び鈴ってどうやったら音を出さないように出来るのだろう、なんて頭の片隅で考え始めた、瞬間。

「こんにちは」

 小さな声が聞こえた。年若い――男の子のような、声。まだ変声期を迎えていない少年の声だ。
 冬里は思わず息を飲む。何も答えずにいると、もう一度「こんにちは」と声が聞こえる。

「いれてください」
「……?」
「こんにちは。いれてください」

 少年の声が、繰り返される。冬里は首を傾げつつ、鍵を開けて、もう一度扉を開いた。
 扉の前に、男の子が立っていた。
 黒い髪に黒い瞳。まろみを帯びた頬が、まだ年若いことを示している。長い睫毛に、ぱっちりとした瞳は、ともすれば少女のようにも見えた。
 無地の半袖シャツ、そして少し丈の長いパンツを着た少年は、冬里と視線を合わせて、そっと綻ぶように笑った。

「こんにちは。いれてください」
「え、えっと、待って、どこの子?」

 見たことの無い子どもだった。見た時に思わずはっとしてしまう程の美少年である。道中や、もしくはどこかで会っていたなら、確実に覚えているだろう。だが、一切の覚えが無い。もしかして迷子なのだろうか。こんな田舎で?
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