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22-1 期限

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ステラ・エンデリオンは朗々と言葉を紡ぐと、奏を見て微笑みを浮かべた。

「聖女様の噂はかねがね。お会い出来て光栄です」
「あ――こちらこそ。先日は申し訳ございませんでした」

 奏は首を振る。思い浮かぶのは、先月のことである。
 騎士の大会の後、アレウス、ステラ、そしてフェリクス、奏の四人で晩餐会が行われる予定だった。だが、あの時、奏は急を要するであろう騎士を優先し、結果として倒れた。その為、ステラとは顔を合わせることが出来ずに居たのだ。

 それがずっと心のどこかに引っかかっていたこともあり、突然とは言え、会うことが出来たのは僥倖とも言える。直接、謝罪も伝えたかったところである。
 ステラは奏の言葉に瞬くと、僅かに相好を崩す。「いえ、お体は? 元気になったというのは、アレウス伝いに聞いておりますが」と囁いた。

「元気です。もう大丈夫です! 折角、場を設けてくださったのに……」
「元気ならばそれが何よりですから。聖女様さえ良ければ、また場を設けたいな。どうだろう?」
「はい。是非、お願いしたいです」
「じゃあまた、良かったら日にちを決めましょうか」

 ステラは弾むように言葉を続ける。綺麗な人だった。年の頃は、アレウスと同じくらいだろうか。はつらつとした魅力を感じる。
 アレウスとステラの婚約関係は結構前に決まっていた、と侍女のステリアが言っていた。
 恐らく、それもあって、ステラはフェリクスと接することも多かったのだろう。先ほどまでの会話に漂う気安い態度に、二人の間で築き上げられた年月が見える。

「――それで、ステラ様、どうされたのですか? そもそもどうしてルーデンヴァールへ? まさか、用もなく、私の部屋に入ってきたとは思いたくないのですが、そんな暇人のような所業をされるだなんて、いえ、失言をしました」

 失言、という割に流ちょうに、確実に相手に棘を刺すつもりで紡がれた言葉が、フェリクスの唇から漏れる。まるで作り物めいた笑顔を浮かべている。瞳が剣呑な光を宿しているのが奏にも感じられた。
 奏が気付くくらいなのだから、正面から視線を受けているステラは確実に気付いているだろう。ステラは軽く笑い声を零すと、「質問が多いな」と囁いた。

「用はあるさ。アレウスが呼んでいたよ。大事な話がある、とね」
「……兄上が、婚約者を、その為だけに遣わしたのですか?」
「それだけ、ではないね。今フェリクス殿下の部屋に行ったら面白いものを見られる気がする――とも言っていた」
「……お帰り願っても宜しいでしょうか?」

 フェリクスがうっとりするほどの笑みを浮かべて続ける。目は全く笑っていない。ステラはふふ、と笑みを零した後、奏の傍に近づいてくると、その手を取った。

「もちろん。聖女様と少し話をしたら帰ろうかな」
「今すぐに帰ってください」
「家族になるというのに、そのような対応をするなんて。昔は可愛かったのになあ。ステラ様、ステラ様と言って私の後を追いかけてきて」
「いつの話をされているのですか? 十五年以上前のことでしょう」

 フェリクスは静かに言葉を続けると、ため息を零す。ステラをじっとねめつけるように見つめた後、「聖女様と話したいこととは?」と首を傾げた。

「それを言う必要は無いだろう。同性でしか話せないこともあるからね。大丈夫、変なことは言わないさ。もちろん、聖女様の力を貸して欲しい、だとか秘密裡に言うこともない!」
「それに関しては、……信頼はしていますが」
「ほら、アレウスが待っている! さっさと行くんだ、私はここで聖女様と歓談に花を咲かせながらフェリクス殿下の帰りを待つとしよう」

 これ以上の問答はしない、とでも言い出すかのような快活さで言葉を続け、ステラは奏に笑みを向けた。
 綺麗な人だ。快活で、そして意思のある面立ちをしながら、どこかに楚々とした美しさが滲んでいる。
 フェリクスもそうだが、王族という人達は幼いころから礼儀などを学ぶためか、一つ一つの所作が流麗だ。極論、怒っていてもその行動から優雅さが消えることはないのだろうな、なんて考えながら、奏はフェリクスを見た。

 なんにせよ、アレウスに呼ばれているのであれば、行く必要があるのではないだろうか。
 奏の視線を受けて、フェリクスは軽く顎を引く。悩むように視線を揺らした後、「直ぐに戻ってきます」と早口に続けた。

「変なことは何があっても教えないようにしてください」
「わかっている。ほら、大事な話をしてくると良い」
「……奏、何かあったら悲鳴を上げるんだ。助けに来るから」
「信頼していると言った口でなんてことを言うんだ」

 ステラが笑う。同じように奏も笑った。フェリクス一人が、「笑い事じゃないんだけど」と怒ったように言葉を続けている。
 だが、その怒りも長続きはしなかったのだろう。そっと吐息を零して、奏の耳元に口を寄せた。

「行ってくるよ。待っていて」
「はい。待ってます」

 フェリクスが顔を上げる。口元を指先で隠しながら、フェリクスは早足に室内から出て行った。
 室内に、奏とステラだけになる。ステラはそっと息を零すと、奏を見た。柔らかく微笑む様が、とても優美で、同性であるというのに胸が高鳴る。

「申し訳無い。フェリクス殿下との時間を邪魔してしまって……」
「いえ、そんな――そんなことは」
「フェリクス殿下と聖女様の話は、アレウスからよく聞いている。フェリクス殿下は……なんというか、面倒臭い男だろう?」

 ステラは笑う。少しばかり穏やかで、優しい口調は、まるで手のかかる弟について話しているようにも聞こえた。
 座って話そう、とステラが続け、執務室の隅にある、来客用のテーブルセットの傍に腰掛けた。ステラが手を打ち鳴らすと、室内に使用人が入ってくる。

「聖女様と私にお茶を用意してくれるかな?」
「かしこまりました。すぐに」

 呼ばれた使用人が頭を下げ、戻っていく。手慣れた動作だった。多分、何度もここに来て、何度もこういったことをしているのだろう。
 幼い頃からの婚約者なのだから、奏が想像出来ないほどの日数を、ステラはアレウスやフェリクスと過ごしているはずだ。途方もない年月に思いを馳せると同時に、ステラは息を零すように笑った。

「昔はああではなかったんだけどね。――流石に、もう少し素直だったかな。面倒臭い男と一緒に居るのは大変では? 保護してくれた相手とはいえ」
「――いえ、フェリクス殿下は本当によくしてくれています」

 奏は首を振る。確かに面倒臭いな、と思ったことは一度、二度、三度……では、収まりきらないだろう。面倒臭い恋人みたいなことを言う人だな……という認識自体は結構前から、奏の中に根付いている。
 ――けれど、それを、嫌とは思わないのだ。むしろ可愛いな、なんて思ってしまう辺り、もう奏の気持ちは随分フェリクスに傾いていると言える。

「手袋も……そうなんですが、フェリクス殿下が私の体質を知ってすぐに用意してくれて。その他にも色々、……沢山、私が何をしても返せないくらい、様々なことをしてもらっています」

 囁くように言葉を続ける。フェリクスとの思い出は、奏の心の、柔らかな部分にそっと仕舞われている。唐突な出会いから、――今日に至るまでの、全て。
 フェリクスとの日々を思い返すと、じんわりと胸が温かくなるような心地を覚える。頬を僅かに赤らめながら、奏は視線を落とした。

「帰る時が来るまでに、少しでも返せたら良いのですが」
「おや、――帰るの?」

 ステラが驚いたように声を上げる。帰るの、とは。奏も同じく目を開いて、ステラを見つめた。

「聖女は急に来て、急に帰るものなのでは?」
「確かにそれはそうだね。けれど、残った聖女も居るよ。――いや、強制をしたいわけではないんだ」

 ステラは首を振る。そうしてから、ただ、と静かに続けた。

「二人の雰囲気が、……いや、これは言うべきことではないか。忘れて欲しい。そうだね、聖女様には元の世界というものがあるのか。元の場所に置いてきてしまった家族や友人などもいるだろうし……、簡単に、ここへ残る、とは決められないか」

 絡まった思考の糸を解すように、ステラは囁くように続ける。そうして、ふ、と息を零すようにして目を細めた。

「私は勝手に、あなた方二人が婚姻をすると考えてしまっていたよ」
「ええっ」
「実際、そういう噂が流れているのだろう? 人嫌いとして名高いルーデンヴァール第二王子が、聖女様のことは近くに居ることを許している、なんていう噂が」
「……り、隣国に届くくらいの噂が?」
「それはまあ、王族なんてものの噂はどこにでも流れるものさ」
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