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13-2.神に呪われし隣人
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レーヴェからすると信じられないほどの密度が、エステルと過ごす日々の中にあった。レーヴェの百年を凝縮しても、エステルと過ごす一日には勝てない。
長い期間を生きるために、平らかにしていた感情を揺り起こされて、様々なことを教えられる。この花は蜜が吸えるだとか、この花は朝にしか咲かない、だとか。
エステルは、日々の幸せを、レーヴェに共有し続けてくれた。
きっと、もしかしたら、レーヴェはずっと、人生に飽きていたのかもしれない。
これから先の日々を一人で過ごすこと、己の名前を教える相手が出来ないこと。――レーヴェがレーヴェであるが故に、諦めたこと。それらを、エステルは拾いあげて、渡してくる。しかも、ほとんど強引に。
子どもらしい強引さと、どこまでも真っ直ぐな感情。それが、レーヴェにとって、どうしてか、ひどく心地良かった。
だから、ある日、エステルが「結婚してあげる」と言い出した時も、レーヴェは頷いた。
エステルとなら、一緒に生きていきたいと思った。――エステルなら、レーヴェが抱える、――いや、隣人が抱える問題が起きたとしても、きっと共に抱えてくれるだろう、と思った。
だから、――そのように、行動をした。
まずはエステルの父母に、秘密裏に会った。エステルのような人間たちは、子孫を残すため、家庭を築くために、子どもを早く結婚させようとする。
だから、そういった常識を、全て魔法で無くした。両親が、万が一にもエステルに対して相手を見繕ってくることが無いように、エステルの結婚相手としてレーヴェが浮上した際、拒否をしないように細工をした。
エステルの住む村に居る、年頃の異性に魔法をかけた。エステルと友人関係以上の関係性を持とうと思わないように。築くことすら考えないようにした。
エステルの友人であるユーリは敏い子だった。時々、魔法のかかりが甘い人間がいる。ユーリはそうだった。
ユーリはエステルに対して結婚のことをほのめかすことが多かった。邪魔だったので、ユーリが外に出たときに魔法を使って怪我をさせた。極論死んでも良いと思ったが、隣村の男性に助けられて、嫁ぐことになったから、結果的に邪魔者を排除出来たと言えるだろう。
一つ一つ、要らないものを排除していった。エステルが気付かないように、エステルを手に入れるために、――レーヴェはずっと、手を回した。
エステルが成長し、フィラスに対して「結婚しよう」と言い出さなくなった時も、約束を忘れないように何度も何度も口にした。
エステルに拒否をされたら、どうなるかわからない、と思っていた。
感情が鈍麻しがちな『隣人』は、けれど、自身の名前を教えたいと思った相手には、酷く執着するようになる。レーヴェにとって、エステルがそうだった。
エステルはいつからか、自身がいなくなった未来のことを話すようになった。レーヴェが嫌な顔をしても、大切なことだから、と口にする。
先に死ぬ、寿命に差がある。だから、とエステルは言うが、レーヴェからしたら、今更何を言っているのだろう、と思う。
エステルには、話した。神に愛されし隣人は、神に愛されているから――『隣人』に愛された人間には、天罰が下る、と。
それでも、エステルはレーヴェと結婚するといった。だから、エステルが本当のことを知っても、問題は無いと思っている。
隣村に居た『隣人』は、そのあたりを上手にやらなかった。自分が死んだ後、残されてしまった『愛された人間』がどうなるかまで、頭が回らなかったのだろう。だから、女性の『隣人』が居た、などという、わけのわからない噂が残るようになった。
だが、レーヴェはそうではない。エステルが死ぬ時は一緒に死ぬし、自分が死ぬ時はエステルを殺す。エステルが居ない後の人生なんて必要無いし、エステルがレーヴェの死後、誰かと幸せになるのだって許せない。
――天罰。いや、神による恩恵、と言うべきだろうか。
神に愛されし隣人は、確かに、神から愛されている。だから長命を与えられ、秀でた部分を誰もが一つは持ち得ている。
神は、優しく、寛大だった。だから、神に愛されし隣人が、愛する人間にも、同じような特性を与えてくださるようになった。
それをダグザは呪いだと言う。レーヴェもそう思っていた。だが、今は、それを祝福と考えている。
神に愛されし隣人に愛された人間は、長命になる。
人間だけではない。例外はなく、愛するものがなんであれ、必ず、何百年も生きることになる。
隣村の『人間』は、愛されて、日々を過ごし、少しずつ気が狂っていった。当然だろう。精神性が、長命種と短命種では違う。短命な人間は、一日一日を大切に過ごすのだ。それが何百年、千年以上続けば、百年に耐えるようにしか作られていない人間の心は壊れてしまう。
エステルが壊れることを危惧したことが、無いとは言えない。だが、レーヴェには魔法がある。催眠をかけて、人の心を動かすことも可能だ。だから、エステルとレーヴェは、ずっと、一生、これから先、何百年も、共に仲良く過ごすことが出来るだろう。
エステルはもう催眠をかけるな、と怒っていたが、エステルの精神を救うためであれば、きっと許してくれるはずだ。きっと、これから先、ずっと。
――レーヴェは、傍らで眠りにつくエステルを見つめる。
時刻は夜、窓から差し込むのは月明かりのみだ。今日の朝、エステルは皿を割り、手を怪我していた。けれど、その傷は、今やもう、どこにもない。
そして、それを、不思議に思うことも、無い。
「可愛いエステル。……僕だけのエステル」
ずっと一緒だよ、と囁く。いくら口にしても、エステルへの感情は無くなりそうにない。汲めば溢れる井戸のように、沢山の感情がずうっとレーヴェの中にある。
レーヴェはエステルの肩口に顔を寄せて目を瞑った。
朝、エステルに揺り起こされる時を、待ちわびるように。
長い期間を生きるために、平らかにしていた感情を揺り起こされて、様々なことを教えられる。この花は蜜が吸えるだとか、この花は朝にしか咲かない、だとか。
エステルは、日々の幸せを、レーヴェに共有し続けてくれた。
きっと、もしかしたら、レーヴェはずっと、人生に飽きていたのかもしれない。
これから先の日々を一人で過ごすこと、己の名前を教える相手が出来ないこと。――レーヴェがレーヴェであるが故に、諦めたこと。それらを、エステルは拾いあげて、渡してくる。しかも、ほとんど強引に。
子どもらしい強引さと、どこまでも真っ直ぐな感情。それが、レーヴェにとって、どうしてか、ひどく心地良かった。
だから、ある日、エステルが「結婚してあげる」と言い出した時も、レーヴェは頷いた。
エステルとなら、一緒に生きていきたいと思った。――エステルなら、レーヴェが抱える、――いや、隣人が抱える問題が起きたとしても、きっと共に抱えてくれるだろう、と思った。
だから、――そのように、行動をした。
まずはエステルの父母に、秘密裏に会った。エステルのような人間たちは、子孫を残すため、家庭を築くために、子どもを早く結婚させようとする。
だから、そういった常識を、全て魔法で無くした。両親が、万が一にもエステルに対して相手を見繕ってくることが無いように、エステルの結婚相手としてレーヴェが浮上した際、拒否をしないように細工をした。
エステルの住む村に居る、年頃の異性に魔法をかけた。エステルと友人関係以上の関係性を持とうと思わないように。築くことすら考えないようにした。
エステルの友人であるユーリは敏い子だった。時々、魔法のかかりが甘い人間がいる。ユーリはそうだった。
ユーリはエステルに対して結婚のことをほのめかすことが多かった。邪魔だったので、ユーリが外に出たときに魔法を使って怪我をさせた。極論死んでも良いと思ったが、隣村の男性に助けられて、嫁ぐことになったから、結果的に邪魔者を排除出来たと言えるだろう。
一つ一つ、要らないものを排除していった。エステルが気付かないように、エステルを手に入れるために、――レーヴェはずっと、手を回した。
エステルが成長し、フィラスに対して「結婚しよう」と言い出さなくなった時も、約束を忘れないように何度も何度も口にした。
エステルに拒否をされたら、どうなるかわからない、と思っていた。
感情が鈍麻しがちな『隣人』は、けれど、自身の名前を教えたいと思った相手には、酷く執着するようになる。レーヴェにとって、エステルがそうだった。
エステルはいつからか、自身がいなくなった未来のことを話すようになった。レーヴェが嫌な顔をしても、大切なことだから、と口にする。
先に死ぬ、寿命に差がある。だから、とエステルは言うが、レーヴェからしたら、今更何を言っているのだろう、と思う。
エステルには、話した。神に愛されし隣人は、神に愛されているから――『隣人』に愛された人間には、天罰が下る、と。
それでも、エステルはレーヴェと結婚するといった。だから、エステルが本当のことを知っても、問題は無いと思っている。
隣村に居た『隣人』は、そのあたりを上手にやらなかった。自分が死んだ後、残されてしまった『愛された人間』がどうなるかまで、頭が回らなかったのだろう。だから、女性の『隣人』が居た、などという、わけのわからない噂が残るようになった。
だが、レーヴェはそうではない。エステルが死ぬ時は一緒に死ぬし、自分が死ぬ時はエステルを殺す。エステルが居ない後の人生なんて必要無いし、エステルがレーヴェの死後、誰かと幸せになるのだって許せない。
――天罰。いや、神による恩恵、と言うべきだろうか。
神に愛されし隣人は、確かに、神から愛されている。だから長命を与えられ、秀でた部分を誰もが一つは持ち得ている。
神は、優しく、寛大だった。だから、神に愛されし隣人が、愛する人間にも、同じような特性を与えてくださるようになった。
それをダグザは呪いだと言う。レーヴェもそう思っていた。だが、今は、それを祝福と考えている。
神に愛されし隣人に愛された人間は、長命になる。
人間だけではない。例外はなく、愛するものがなんであれ、必ず、何百年も生きることになる。
隣村の『人間』は、愛されて、日々を過ごし、少しずつ気が狂っていった。当然だろう。精神性が、長命種と短命種では違う。短命な人間は、一日一日を大切に過ごすのだ。それが何百年、千年以上続けば、百年に耐えるようにしか作られていない人間の心は壊れてしまう。
エステルが壊れることを危惧したことが、無いとは言えない。だが、レーヴェには魔法がある。催眠をかけて、人の心を動かすことも可能だ。だから、エステルとレーヴェは、ずっと、一生、これから先、何百年も、共に仲良く過ごすことが出来るだろう。
エステルはもう催眠をかけるな、と怒っていたが、エステルの精神を救うためであれば、きっと許してくれるはずだ。きっと、これから先、ずっと。
――レーヴェは、傍らで眠りにつくエステルを見つめる。
時刻は夜、窓から差し込むのは月明かりのみだ。今日の朝、エステルは皿を割り、手を怪我していた。けれど、その傷は、今やもう、どこにもない。
そして、それを、不思議に思うことも、無い。
「可愛いエステル。……僕だけのエステル」
ずっと一緒だよ、と囁く。いくら口にしても、エステルへの感情は無くなりそうにない。汲めば溢れる井戸のように、沢山の感情がずうっとレーヴェの中にある。
レーヴェはエステルの肩口に顔を寄せて目を瞑った。
朝、エステルに揺り起こされる時を、待ちわびるように。
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