長命種の愛は重ため

うづき

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13-1.神に呪われし隣人(フィラスSide)

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 目を閉じて、眠りにつき、そうしてまどろみから引っ張られるようにして目を覚ます。
 そうした時に、数年が経っているのは普通で、だから寝る前に保存食を用意するのが、レーヴェの習慣だった。
 レーヴェの父母も、眠る前は同じようにしていたから、長い時を生きる『神に愛されし隣人』たちは、皆同じように生きているのだろう。

 レーヴェはあまり同族にあったことがない。
 長命であるが故に、『隣人』は絶対数が少ない。そもそも、『隣人』は子どもを作り、家庭を営むという意識に欠けるものが多い、というのも理由の一つだろう。
 人間のように、良くて百年、悪ければ数年、数ヶ月で命を落とす存在ならばともかく、レーヴェのような『隣人』は生まれてから死ぬまで、数百年以上生きることになる。長い月日というものは感情を鈍麻させるもので、レーヴェもそうだった。

 父母のように恋をして、結婚をし、子を成した『隣人』は珍しい。そもそも、『隣人』は、『隣人』であるが故に、他者との密な交流を控えている節があった。
 いずれにせよ、帰属意識が薄く、また、感情も平らかな『隣人』は、いずれ絶対数を少なくして、滅びていくのだろう、とレーヴェは思う。ただ、滅びるまでの年月は、酷く長いものになるだろうが。

 レーヴェはベッドの上で目を覚ます。軽く瞬きをして、それからゆっくりと起き出した。『隣人』の体は不思議なもので、数年起きずに居ても体の節々が固まることなく、起きるとすぐにするりと動き出せるような作りになっている。ベッドの上で軽く欠伸を零して、レーヴェはゆっくりと階段を降りた。
 今はいつなのだろうか。眠りに落ちて、目が覚めると、時間感覚がわからない。どうせまた寝るのだからどうでもいいか、と考えて、レーヴェは蓄えておいた保存食を魔法で出す。

 硬いそれをかじるようにして食べ、飲み下す。起きてすぐ、ぐるぐると空腹を訴えていた体に、一応の栄養源をやり終えたのを実感しながら、レーヴェは窓の傍、ソファーに腰掛けて外を見つめる。
 外に植えてあった木が、高く伸びているのが見える。寝る前は、まだ若木のような体をなしていた。あの成長ぶりから、恐らく眠りについて十年ほどが経っているのだろうな、と思う。

 多分、今日又眠りについたら、同じくらいの年月を経ることになるだろう。レーヴェにとって、日常とは地続きではない。そして多分、多くの『隣人』に取ってもそうだろう。
 一日、一日を大切にする、という感覚が無い。気が遠くなるほど長く生きるのに、一日一日を大切に生きていけるものなのだろうか。粗雑に扱いがちになってしまうのは、仕方無いことと言えた。

 レーヴェはじっと外を見つめる。ふと、その視界に、見慣れない影が映った。魔法を使ってその影を目の前に投影する。
 その影は――幼い、人間の少女だった。高く伸びた木の枝に座り、美味しそうにパンを食べて、目を輝かせながら周囲を見遣っている。
 亜麻色の髪は風をはらんだように柔らかく膨らんでいて、前髪をいそいそと指先で直していた。素朴な色合いのワンピースを着用していて、足下には町人が履くような底の薄い靴を履いている。目の色は髪色よりも少しだけ濃い茶色で、ふくふくとした頬はリンゴのように赤らんでいた。

 人間がこんな所に居るのは珍しいな、と思う。確かに近くに村はあるが、レーヴェの存在があるからか、人々はあまり好んで近寄ってこなかったように思う。
 当然だろう。人々からしたら、レーヴェはどこまで行っても『よそ者』でしかない。更に言えば、この世界において、『隣人』は羨望の対象であると同時に、畏怖の感情にも晒されるものである。近寄らないようにしよう、という行為は納得のいくものだった。

 ぼんやり、見るともなく少女を見つめていると、不意に少女が立ち上がった。そうして、木から下りようとして、――足を滑らせる。
 高い木だ。落ちたら、恐らく、怪我をするだろう。子どもだから、もしかしたらその怪我が命取りになって、死んでしまう可能性もある。

 レーヴェは僅かに息を吐く。助けるか、助けないか。考えて、判断を下す。
 少女のことを、魔法で盗み見した、そのお詫び。一度だけ、助けてあげよう。レーヴェはすぐに指を鳴らした。魔法が行使され、少女の体が宙に浮いたまま制止する。
 少女はぎゅうっと目を瞑ったままだった。来るべき衝撃に備えているのだろう。恐怖に耐えるような表情を見て、レーヴェはソファーから立ち上がり、少女の元へ向かう。

「――良かった、大丈夫?」
「え……?」

 声をかけると、少女は目を開いた。そうして、自身の状況を確認して、驚いたような表情を浮かべる。その後、近づいてきたレーヴェに気付いて、更に目を丸くした。
 一瞬一瞬、めまぐるしく表情を変える姿に、レーヴェは微笑む。人間は本当に感受性が豊かだ。面白いくらいに表情を変えて、懸命に生きている。

「駄目だよ。人は直ぐに壊れてしまうのだから、無理をしたらいけない」

 少女の体に手を伸ばし、抱き上げる。華奢な体躯だった。力を込めたらすぐにでも壊れてしまいそうだ。
 レーヴェが助けずに、あのまま木から落ちていたら、命の危機に瀕していたかもしれない。

「約束をして。これから先は気をつけて行動をするって。短い命を更に短くするなんて、正気の沙汰じゃない」

 レーヴェは言葉を続ける。少し説教するように言葉を続けるレーヴェを、少女は呆けた表情でじっと見つめていた。
 丸みを帯びた頬はふくふくとしていて、それがリンゴよりも赤く色づいている。少女はぱちくりと瞬いた後、「神に愛されし隣人……?」と、戸惑うような声を上げた。

 レーヴェは瞬く。神に愛されし隣人、という呼び方を、レーヴェは好きではなかった。
 レーヴェや、『隣人』全体を取り巻く環境は、愛されている、というよりも呪われている、という方が近い。実際、レーヴェの数少ない知己であるダグザは、自身のことを指して『神に呪われし隣人』だと言っていた。レーヴェもそう思う。

「その呼び方は好きじゃないけれど、そうだね。君達の言うところの、『神に愛されし隣人』だよ」

 少女――エステルが、目を瞬かせる。大きな目を、更に大きく見開いて、レーヴェを見つめる。
 それが、エステルと、レーヴェの出会いだった。

 エステルは、レーヴェに助けられて以降、レーヴェのことを毎朝起こしに来るようになった。
 最初の頃は、おずおずと。少し経って、遠慮が無くなってきて――今は、当然のように、レーヴェの家を訪ねるようになった。

 最初の内、絶対に直ぐに来なくなるだろう、と踏んでいたレーヴェだったが、それが一ヶ月も続くと、流石にもしかしてこれはこれから先ずっと続くのかもしれない、と思い始めた。
 毎日毎日、夜眠り、朝に起こされる。普通に生きていたら、絶対にあり得ない事象だ。どう考えても長命種がするような日々の過ごし方ではない。

 隣人達は、起きる日々を少なくすることで、自分の人生に諦めをつけているのだ。これから先もずっと日々が続くことに対する苦しみ、そして、誰も愛することが出来ない恐怖という状況を一つ一つ、諦めるために、眠りにつき、数年後に目覚める。

 だというのに、エステルが来るようになってから、レーヴェは毎日毎日起こされてしまっている。日々が過ぎるのを何も思わずに受け止め、季節の移り変わりの一切に興味を持たずに居たというのに、エステルはレーヴェの手を引いて、様々な所に連れて行く。

 フィラス、フィラス、と、レーヴェが起き抜けに作り上げた偽名を懸命に口にして、レーヴェの手を取る。
 鳥が生まれた、花が咲いた、湖に氷が張った、どこそこのだれだれが結婚をした。日常の細々としたことを、レーヴェに教えるために、その手を引くのだ。


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