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11-2.やりなおし
しおりを挟む「……馬鹿みたいだなあ」
エステルは笑う。そうしてから、不意に零れてきた涙を指で拭った。
エステルは人間で、フィラスが生きて来た年数の十分の一もきっと生きられないだろう。それでも、フィラスはエステルが好きだと言う。傍に居たいのだと言う。
寿命の差、種族としての差。エステルが足踏みしてしまうそれを、何ともせずに飛び越えて、エステルが良い、と言うのだ。まるで、魔法を軽々と使うみたいに、何でも無い風に。
「……私で良いの?」
「エステルが良いよ。君が、僕を選んでくれたように」
まるで幼い頃のやり直しのようだ。あの時とは立場が逆だが。
エステルは笑う。けれどきっと、その言葉を、エステルはずっと欲しかった。
フィラスの気持ちはわかった、――とは言え、やったことはほとんど犯罪である。エステルは軽く咳き込むと、フィラスを少しだけ怒った目で見つめた。
「ただ、強引に抱こうとするのは本当にどうかと思う。孕ませてやるとか、脅しだし」
「……そうしないとエステルは他の男と結婚しそうだったから。そんなの、絶対に許せない。嫌だ。けれど、僕との子どもが……出来たら、エステルは嫌でも僕と結婚せざるを得なくなるだろう」
「最低の発言だよ」
思わず呆れたような声が零れる。フィラスからしたら必死だったのかもしれないが、エステルにとってしたらほとんど台風に巻き込まれたようなものである。フィラスが呆けたような顔でエステルを見つめた。
「第一に子どもを私を引き留める道具のように見ているのが最低だし、私のことも全然考えて無くて最低だよ。二個最低がある」
「……」
フィラスが黙る。もうこれ以上墓穴を掘るわけにはいかない、という意識を感じさせるような、そんな黙り方だった。
「それに私、は、初めてだったのに。……こんな風にされて、怒ってます。私は」
「……ごめん……」
「やり直して欲しい」
むっすりと言葉を続けると、フィラスが瞬いた。それって、と言う言葉を遮るように「全部! 最初から!」と早口にエステルは続ける。
「……告白、から、してほしい……」
「……エステル」
「私も、その、フィラスの気持ち、全部……冗談だと思っていたから。きちんと、今日から、ちゃんと、聞くから……、言って、欲しい」
もそもそとエステルは言葉を口にする。歯切れが悪くなったのは、わりと我が儘を口にしている自覚があるからだ。
だが、――多分、それくらいは許される、だろう。だって、エステルからしたら、初めてをほとんど奪われた形に近い。しかも、なんだか、訳の分からない魔法をかけられて、痛みを感じることなく終わってしまった。もちろん、痛みを感じたいわけではない。けれど、エステル自身、なんだか納得の出来ない気持ちがぐるぐると脳裏を回って、うまく形に出来ない。
フィラスがそっと、エステルの手を取る。両手を優しく抱きしめるように包まれて、フィラスの額に押し当てるようにされた。
「エステル。好きだよ。大好きだ。誰よりも、何よりも、愛おしくて仕方ない。君の人生を、僕にください」
「……百年も無い、かもしれないけれど、良いの?」
「良いよ。エステルが、良いんだ」
フィラスは笑う。そんな風に言われたら、エステルからはもう、文句も何も言えなくなってしまう。
たった少しの時間。それだけで良いのだ、とフィラスは言うのだ。なら、――エステルは、人生の全てを、フィラスにあげてもいいかな、と思ってしまう。
優しくて、少し間が抜けていて、けれど――どうしようもなく、エステルのことを好きでいてくれるフィラスの傍に、エステルは居たい。
「……私も、フィラスが良い。フィラスが、好きだよ」
「良かった。エステル。大好きだよ」
フィラスが笑う。柔らかな微笑みは、まるで一幅の絵画のように美しい。
エステルが息を飲むと同時に、フィラスがエステルに口づけてくる。甘いそれを堪能するように、エステルはそっと目を閉じた。
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