長命種の愛は重ため

うづき

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9-2.未来に託すな

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「フィラス、冗談、上手になったね」
「……そう? エステルと一緒に居て、僕にもエステルのそういう口の上手さとかが移ったのかも知れないね」

 ちょっととげとげしい声音でそれだけ言うと、フィラスはエステルの体を抱き寄せた。人の前であっても、エステルに対する猫や犬へ向けるようなかわいがりはやめないらしい。エステルがここで拒否をしたとしても、フィラスはいつもやっているのに? と言ってきそうだったので、なすがままにさせることにした。
 嬉しそうにエステルの頭を撫でながら、フィラスは「エステルは僕の傍に居てくれるんだよ」と夢を見るような口調で言う。
 ダグザが目を見開いて、それから「それは、良かったね」と静かに囁いた。

「貴方も。フィラスの知己として、フィラスの傍に貴方のような人が居ることは、嬉しく思う。これから色々と大変なことはあるかもしれないが、頑張って欲しい」

 なんだか、――祈るような、そんな声音だった。だからこそ、ダグザにも、もしかしたら、共に日々を過ごした誰かが居たのかも知れない、なんて、エステルは思った。
 そして多分、それに関しては、触れられないことなのだろうな、とも。ダグザがエステルを見つめる瞳があまりにも優しいから、エステルは微かな呼吸を一つだけ落として、視線を落とす。

 頑張って欲しい、と言われても、エステルが出来ることなんて高が知れている。フィラスの傍に恒久的に居られるわけでもないし、エステルは老いて、死んでしまう。
 エステル以外の人々に、フィラスの良さを知らしめて、これから先もずっとフィラスとこの村の人々が良い関係を維持していくことを祈ることしか出来ないのだ。

「それじゃあ、フィラス、先の件、考えておいてくれ」
「考えないよ。エステルの傍に居る」
「……それを言ってご納得頂けるかどうか、だな」

 ダグザが笑う。そうしてから、話は終わった、と言うように席を立った。

「私は数日ここに居るから、いつでも声をかけてほしい」
「かけることはないよ」
「わからないだろう」

 ダグザの視線がエステルに向かう。瞬間、その視線を遮るようにしてフィラスが手を伸ばした。
 和やかな雰囲気が一転して、肌を刺すようなものになった。殺意のようなものがフィラスから滲むように出る。普段の茶化した様子が消えて、いつもより低い声が耳朶を打った。

「やめて。この子に手を出したら、僕は君達をどうにかすることを考えないといけない」
「はは。しないさ。――まだ」

 快活な笑い声が聞こえて、ややあってから、扉が閉まる。
 そうすると、針のような雰囲気が和らぐ。何があったのか、――何が、あの一瞬で、行われたのか。エステルにはわからない。ただ、状況からして、ダグザがフィラスに頼み事をしに来て、――それを叶えるために、エステルに何かしら手を出そう、と考えている、ということがなんとなく想像出来た。
 まさか、と思う。笑おうとして、笑えなかった。エステルは無言でフィラスを見る。

「エステル。大丈夫だよ。何も起こらない。――いや、起こさせない」
「……何か、頼まれたの?」
「頼み事をするにしては、あいつら、信じられないくらい横暴だよねえ」
「フィラス」

 茶化すようにして話題の転換をしようとするのを、止める。何かはわからないが、宮廷植物士という、王都内の植物を司るほどの偉大な肩書きの『隣人』を寄越して、挨拶をしに来た、では済まないだろう。何かしらの重大なお願いをしにきた、と考えるのが普通だ。

「……エステル、忘れてくれたりしない?」
「しないよ」
「忘れさせちゃおうかな」
「そんなことしたら、思い出した時に、私はフィラスのことを怒るからね」
「……怒るだけなんだ。君は本当に、僕に甘いね」

 フィラスが笑う。そうしてから「簡単に言うと、魔法士として仕えてほしいっていうお願いだったんだよね」と続けた。

「ほら、僕って魔法が上手だからさ。引く手あまたなんだよ」
「前にも言ってたね」

 戦いが起こったときに、勅令を送られてきた、と言っていた。その時はどちらにも与しない、というような約束をして、関わりを断ったとも。
 ならば、今回もそのようにすればいい……という訳にもいかないのは、フィラスの様子を見るに、確かだった。もしかしたら、何かしら大きい動きが、エステルの感知出来ない部分で起こっているのかもしれない。

「あーあ。五百年前はダグザもあんな感じじゃなかったのに」
「ごっ……」
「あそこまで王宮に尽くすようになっていたなんて。前に噂で、他の『隣人』と親しくしていたと聞いたけれど、それのせいかな」

 それを知っていたら連絡なんてしなかったのに、とフィラスは拗ねたように言う。少しばかり苛立ちを滲ませた表情は、けれど瞬きの間に拭い去られた。白金色の瞳が、エステルを見つめる。

「僕は、エステルだけが居たら良い。エステルだけと暮らしていきたい。朝、エステルに起こしてもらうことが、好きで――それがずっと続いたら、良いのに」
「ずっとは、……無理だよ」

 肯定出来ればどれほど楽だろう、と思う。だが、出来ない約束をしたくはなかった。エステルは首を振る。
 ずっと、は、一緒には居られない。エステルは『隣人』でもなければ、長命なわけでもない。何十年か生きたら、老いて、死んで行く。それだけの存在だ。
 フィラスからしたら、長い人生という道を歩く中で、たった一瞬、身を寄せた木。そんな存在が、きっとエステルだ。

 エステルは、フィラスに沢山の『木』を得て欲しい。日々を生き続け、歩き続ける中で、休める場所を手に入れて欲しいと思う。例え、真の意味で対等になれないとしても、全く違うとしても、それでも、エステルにとってフィラスは大切な人で、初恋の人で、――幸せになってほしい、人なのだ。

 先日聞いた、隣村の『隣人』の話が頭を過る。『私の隣人』を探していた、女性。エステルが居なくなった後、フィラスがあの女性のように、エステルのことを探すようになる、とは言えない。ただ、同じような結末になるのだけは、何があっても阻止したい。

 だって、大切で、大事だから。
 だから、木漏れ日を浴びて、暖かな温度の道を、歩いて行って欲しいと思ってしまう。

「フィラス。私が居なくなった後も、きっとフィラスのことを信頼して、フィラスの手を引いてくれる人が居るはずだから」
「エステルはいつも、自分じゃない人のことを言う。未来のことを口にするのに、君がその中に居たことは無い」

 フィラスはエステルを見つめる。美しい瞳は、何の感情を宿しても居ないように見えて、背筋がすうっと寒くなる。

「ふ。あは。ごめんね、エステル。僕が好きになっちゃったから。君のことを愛してしまったから。君はずーっと、ずっと、僕と一緒なんだよ」
「フィラス?」
「大好きだよ、エステル。本当なら、君を想って、君の立場や、家族のことを考えて、僕は君を連れて行かない方が良いんだろう。でも、駄目だ。ここに置いて行ったら、君はきっと僕以外の誰かと結婚するんだろう? もしかしたら子どもを産んで、その子どもに僕のことを語るかもしれない。けれど、それだけは駄目だ。――エステル」

 フィラスがエステルを見つめる。

「未来に託すなんて、絶対にさせない」

 フィラスの唇が、エステルの唇に触れた。
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