長命種の愛は重ため

うづき

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3-2.代わり

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「フィラスこそ。買い物に出てきたの?」
「そう。そろそろ食料が少なくなってきたから。毎日起きるというのは大変だね。朝、昼、夜とお腹が空いてしまうから、食料が減っていくのも早い」

 フィラスはころころと笑う。眠りについて起きたら数年後、というような生活を送ってきたフィラスだからこその感想とも言えるだろう。

「むしろ、寝ている時は数年経ってもお腹空かないものなの?」
「どうだろう。起きた時は空いているかな。そう言うときは、寝る前に用意しておいた保存食を食べるんだ」
「……今の生活の方が絶対健康的だと思う」
「そうだね。エステル、これからも僕を起こしに来てね。明日も待っているから。エステルが来ないと、折角今日買い集めた食料が、腐ってしまうかもしれない」

 冗談のような、本気とも取れるような口調でフィラスは続ける。視線を向けると、僅かにおかしみを宿した目で見つめ返された。言われなくとも、と言葉を返そうとして、不意に、エステルの脳裏にユーリとの会話が想起された。
 ユーリはフィラスのことを怖い、と言う。実際、この村にはフィラスを神聖視する人が多い。こうやって気安く関わりを持つのは、今のところ、エステルだけだ。

 ――エステルが、ユーリのように、どこかの村へ嫁ぐことになったとしたら、フィラスはどうなるのだろう、とぼんやりと思う。もちろん、朝に考えていたように、エステルを継ぐ誰かが出てきてくれるなら、それが一番良い。けれど、そうでない場合。
 つまり、フィラスを起こしに来る誰かが居なくて、また彼が数年の眠りにつくようになってしまったら、と思うと、なんだか寂しい気持ちがした。

「フィラス、私が他の村に嫁いだら自分で起きなくちゃいけなくなるんだよ」

 エステルは、諭すように言葉を口にする。フィラスが瞬いた。白金色の瞳が瞬きと同時に、様々な感情をこそげ落とす。凪のように静かな目でエステルを見つめ、フィラスが「何を言っているの?」と静かに言葉を続けた。

「他の村に嫁ぐ予定でもあるの? ないよね。だってエステル、僕が良いって言っていただろう」
「も、もう。それはだから、昔のことで……。だから、可能性の一つとして、だよ」
「……そんな可能性があると思っているの?」
「あるかもしれないよ。……ユーリだって、結婚をするし」
「ユーリ?」

 フィラスが首を傾げる。聞き覚えのない、とでも言うような表情だった。

「私の幼なじみの子だよ。フィラスとも顔を合わせたことがある……」
「ああ、――そう、だね。そうだった。思い出した。ごめんね」
「いいよ、大丈夫。あ、でもユーリの目の前では誰? なんて言わないでよ」
「言わないよ。エステルの大事な友達なんだろう? 傷つけることなんてしない」

 フィラスは笑みを浮かべた。柔らかな微笑みは、とろけるように甘い。幼い頃は、この笑顔を向けられる度に胸が高鳴ってどうしようもなかったけれど、今は耐性がついた。……多少なり、ではあるのだが。
 前にユーリと顔を合わせた時、フィラスはこの柔らかい笑みでもってユーリと話していた。だからこそ、覚えがない、という態度に少しばかり疑問を抱く。あんなに親しそうにしていたのに、という思いが無いとは言えない。

 ただ、今後顔を合わせたとして、多分、フィラスが言う通り、エステルの大事な友人であるユーリを傷つけるような行動や態度は、絶対に取らないだろう。フィラスは冗談めかして言葉を口にすることが多いが、その実、約束したことは絶対に守ってくれる。

「そう、結婚をするんだ……。それなら、お祝いをしないといけないね」
「そうなの。花をね、用意して欲しいって言われたんだけど……それ以外にも何かあるかなあって」
「――一緒に考えようか」

 フィラスが笑う。そうして、器用に片手で袋を抱えたまま、エステルの手を取った。優しく滑らかな皮膚が、エステルの指に絡まる。

「長い間生きているから、多少なりとも知識はあるよ。それに、エステルの大事な友達なのだから、僕にもお手伝いをさせてよ」
「それは……え、でも、良いの?」
「良いよ。僕からお願いをしているのだから。折角だから、今日からでも手伝いをさせて。今からエステルの仕事はないよね?」
「ない、けど……」

 一人で考えようと思っていたが、折角フィラスが手伝おうと思ってくれているのだ。フィラスがこの村に溶け込めるような行動は、エステルとしても応援したい。

「……なら、お願いしようかな。ありがとう、フィラス」

 頷いて返すと、フィラスは微笑んだ。そうしてから、軽く首を傾げる。

「エステルが持っている手紙も、郵送屋から送るつもりだったんでしょう? 僕が送ってあげる」
「えっ。良いの?」
「良いよ。宛先は書いてある?」
「書いてあるけど……」
「家に帰ったら、魔法で送ってあげるよ。じゃあ、帰ろうか」

 ね、とフィラスが笑う。エステルは頷いた。

「ごめんね、フィラス。何から何まで……ちゃんとお礼はするから」
「お礼? 良いのに。でも、そうだね、そういってくれるなら、貰おうかな」

 フィラスは目を細めた。見るものを魅了するような蠱惑的な笑みだ。それを無意識に繰り出すのだから、始末に負えない。まさか、笑顔を浮かべるのをやめろ、と言うわけにもいかないので、エステルは言葉を飲み下す。二人で夕暮れの中を、ゆっくりとフィラスの家まで歩いた。
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