長命種の愛は重ため

うづき

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1-2.朝の当番

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「フィラスに言われてもなあ……」
「どうして。僕が言うと何か変なことでもある?」
「無いけど、無いからこそというか」

 綺麗過ぎる人に可愛い、と言われても、あんまり嬉しくないというか。何を言われても嘘のように聞こえるというか。いつものことだが、なんとも言えない感情を形に出来ず、エステルは首を振る。そうしてから、フィラスの胸の中に顔を埋めた。

 フィラスからは、森の草木に似た匂いがする。優しくて、甘い香りだ。この香りは、エステルがフィラスと初めて出会った時から、ずっと同じだ。いや、香りだけではない。フィラスは、エステルが初めて彼と顔を合わせた日から、何の変化もない。

 それは本当に文字通りの言葉で――フィラスの姿は、十年前も、今も、変化がなかった。
 エステルは顔を上げる。すぐにフィラスと目があった。白金色の瞳が、エステルを優しく見つめている。双眸から少し離れた場所に耳が見えた。その形は、エステルの耳とは、違う。少しだけ長細い作りをしている。二辺が長い、三角形のような形が、横についているのだ。

 神に愛されし隣人。――フィラスは、エルフと呼ばれる種族の男性だ。
 エルフは神に愛され、神と同様に長い時を生きる。だから、エステルたち人間は、エルフのことを『神に愛されし隣人』と敬愛を持って、口にする。

 目の前に居るフィラスも、エステルの母親の母、更に母、の母、の母、の母の――ととんでもなく遡った頃に、産まれたらしい。らしい、というのは、フィラス自身が正確な年月を覚えていないからだ。覚える必要もないから忘れた、とは本人の言である。

 外見は人間で言う所の耳が違うくらいしか相違点が無い。だが、神に愛されし人々は、往々にして何かしらに秀でた能力を持ち合わせている。自然と言葉を交わすことが出来る人も居れば、どこまでも遠くを見通せる千里眼を持つ人も居る。ならばフィラスは何に秀でているかと言うと――。

「本当なのに。信じてほしいな。エステルは可愛いよ。可愛い。大好きだよ。ほら、むくれないで」
「むくれてないよ」

 フィラスが笑う。ぱちん、と指を打ち合わせるような音が聞こえて、瞬間、どこからともなく大輪の花が現れた。宙を舞うように落ちてくるそれを一つ手に取り、フィラスはエステルの傍に花を寄せた。

「エステル、この花、好きだろう? ほら、沢山あげる」

 ――フィラスは、魔法が得意だった。
 魔法というものは、無から有を作り出す事の出来る唯一の手段と言われている。この世界には大気中に魔法の粒子が存在し、魔法というものはそういった粒子を活性化させることで形になる。言うのは簡単だが、果たして、上手く使いこなせる人間がいるかというと、それは返答に窮することになるだろう。

 魔法は難しい。修練に一生を費やす人間もいると言う。魔法が使えるというだけで、貴族に召し抱えられることもあるのだ。才能と努力、そのどちらかが欠けていては魔法を行使することは出来ない。――のに、フィラスは何の苦もなく魔法を使うことが出来る。それこそ、昨日の晩、エステルの部屋へ手紙を飛ばしたように、様々なことで魔法を行使する。どうして自分以外の誰も、こんな便利な技を使わないのだろう――なんて、思っているとばかりに。

「……ありがとう」

 渡された花は、どこからともなく現れたにもかかわらず、本物と見分けが付かない。薄桃色の花弁から、みずみずしい匂いが香り立つ。鼻腔をくすぐるそれは、エステルが好きな匂いの一つだ。
 寒い季節にしか咲かないはずの花を、寒い季節でなくとも出すことが出来る。魔法とは、奇跡のような所業だ。花弁に唇を埋めると、フィラスが楽しげにエステルを見つめてきた。鼻の頭をすり、と擦り合わせるようにして、笑みを浮かべる。

 ――毒気の抜かれるような表情と、仕草だった。フィラスは長い間生きてきたと豪語するにもかかわらず、時々子どものような姿を見せる。それを見る度、エステルは本当にこの人は長い間生きてきた神に愛されし隣人なのだろうか、と少しだけ疑問を抱くことがある。

「ねえ、エステル、今日は良いお天気だから、一緒に眠ろうよ」
「起こしに来てって言ったのはフィラスなのに」
「――それは方便だよ。エステルに会うための、ね。今はエステルが傍に居るから、安心してしまって、また眠くなってきちゃった」

 喉を鳴らすように笑い、フィラスはほら、とエステルの体にもシーツをかける。こうなったら、フィラスは何があろうと動かない。エステルの体を、逃げ出さないで、と言わんばかりに抱きしめて、肩口に顔を埋めてくる。エステルはそっと息を零して、フィラスに体を寄せた。
 出かける、とは母に言ってある。だから恐らく、少しの間帰らなくても問題無いだろう。

 折角朝起きて、頑張って髪を綺麗にしたのに、と理不尽に思う気持ちがない、とは言えない。このまま眠りについたら、折角のお気に入りの一着が皺になってしまう、という気持ちだってある。だが、フィラスの指先がエステルの髪を櫛梳く度に、そういった感情は水泡のように弾けて消えてしまう。

 結局の所、エステルはフィラスという『神に愛されし隣人』には強く出られないところがあるのだ、なんて考えながら、そっと目を閉じた。
 その力関係は、幼い頃から、それこそ、出会った時から変わらない。
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