謀殺された悪役令嬢は、前世の護衛騎士の幸せを見届けたい

うづき

文字の大きさ
37 / 63

8-5.願いと祈りと命令

しおりを挟む
「――クレアは毎日しくしくと涙を零していました」

 ページを捲りながら、ネリーは囁くように言葉を続ける。声を張る必要は無い。広場で朗読会を行うのとは違い、この朗読は、ただ一人だけに向けられているものだからだ。
 小さな椅子に腰掛けて、ベッドの傍で絵本を開きながら、ネリーは自身の声に耳を澄ませている男性――セレストを見つめる。

 今日の朝、絵本を手に病院にやってきたネリーを見て、少しだけ驚いた表情を浮かべた後、「本当に持ってくるとは思わなかった」と笑いながら告げたセレストは、今は穏やかな表情でネリーを見つめていた。

「イルが居ない世界なんて意味無い、死にたい、辛い、苦しい、クレアは毎日のようにそう思います。もし今死んだら、同じ場所に行けるだろうか、そうしたらイルは笑顔で迎え入れてくれるだろうか。クレアはそんなことばかりを思うようになりました」

 滔々と言葉を紡ぐと、セレストの耳が僅かにぴくりと震える。
 そうして、書かれた文字と、絵を交互に眺め、それからネリーを見つめた。眼差しに困惑が滲む。

「ネリー。……そんな文章は書かれていない気がするんだが」
「そんなクレアを見ていた神様は、慌ててクレアの傍に降りてきて、『はやまってはいけない!』と怒りました。『待って、クレア。イルが本当にクレアの死を望んでいると思うの? 死んだとして、本当にイルは笑顔で迎え入れてくれるのかしら?』」
「……もの凄く、色々と含蓄のあるセリフだな」
「クレアはイルのことを考えました。もし今、イルに会いたいと思って死んだとして、イルは笑顔で迎え入れてくれるかしら? 笑顔で『よく死んでくれたね! 会いたかったよ!』と言ってくれるだろうか? と」

 セレストがなんとも言えない表情を浮かべる。ネリーはそれに構わず言葉を続けた。

「いいえ、そんなことは言いません。だってイルは、クレアが幸せになるのを一番に望んでいたから。きっとクレアが自ら死を選び、イルに会いに行こうものなら、みぞおちを殴って送り返すくらいのことはしたでしょう」
「暴力的な話になってきていないか?」
「クレアは考えを改めました。そんなクレアを見て、神様はほっとした様子で、『たましいのかたち』の話を告げたのです」

 紡ぐ言葉が剣呑なものになってしまうのも仕方無いだろう。ネリーは最後まで絵本を読み切ると、据えた目でセレストを見つめた。
 体を覆う包帯は、今朝取り替えたばかりなのもあって、清潔だ。血で汚れたベッドシーツも変えたので、不潔な場所で、感染症に怯えながら日々を過ごす――ということは、セレストにはあり得ない。
 もちろん、他の人達も、である。

 ネリーはセレストを看護することを目的に、病院に留まることを決意したのだが、数日セレストの世話を焼く内に、この病院にはそもそも手が足りていないことに気付いた。
 従騎士達がそれぞれ、専門的な知識を持つ人の指示を仰ぎながら、怪我をした騎士たちの治療に当たっているのだが、そもそも怪我した人の数に世話する人の数が足りていない。
 それもあって、ネリーはセレストの看護の傍ら、他の人達の世話を手伝うようになった。

 と言っても、包帯を変えたり、後は魔法薬をその人の状況に応じて飲ませるだけだ。最初に宣誓した通り、ネリーはよく話を聞き、そして指示に逆らわず、してはいけないことを全て守った。それもあってか、従騎士達からの覚えも良くなり、看護をしている騎士達にも少しずつ名前が知られるようになった。今は病院も顔パスで、セレスト様の、と呼ばれる程度には騎士達の日常になじんでいる。

 ネリーはぱたんと絵本を閉じ、そうしてからもう一度セレストをじっと見つめた。露草色の瞳は、逸れることなく、ネリーを見つめ返してきた。

「いかがでしたか」
「……君は読むのが上手いな。即興で話を作るのも、上手だ」
「そういうことではなく……! でもご感想ありがとうございます!」

 セレストは小さく息を零すと、すぐにネリーを褒めるように言葉を続けた。素直に受け取って良いのかどうか、ネリーは僅かに眉根を寄せて、そうしてそっと吐息を落とす。そうしてから、鞄の中に絵本を仕舞い込み、代わりにブラシを取りだした。

「尻尾、綺麗に梳かしますね」
「それは……、いや、大丈夫だよ。実の所、他人から尻尾を触られるとくすぐったいんだ」
「良いですか、騎士様は絶対安静! だったんですよ。尻尾を自分で梳かすだなんて! 許されません」

 少し前まで、セレストの状況はほとんど一進一退を繰り返していた。もしかしたら、セレストは魔物の呪いに負けてしまうかもしれない。そう思うと怖くて、どうしようもなくて、セレストの手を繋ぎながら何度も涙を飲み込んだ。
 ただ、山はもう越えたので、数日前からセレストは普通に過ごしている。それでも、耳や尻尾など、手入れの行き届かない部分があるので、その辺りはネリーが世話をしている。

 ブラシを構えたまま、それを離そうとしないネリーを見て、セレストは僅かに眉根を寄せた。
 僅かな間を置いてから、尻尾がふわりと動いて、ネリーの手元近くにぽすん、と落ちる。もうどうにでもしてくれ、とでも言うような顔でセレストがネリーを見つめてくるのが見えた。なので、ネリーはその通り、どうにでもさせてもらう。

 柔らかな毛並みに沿って、ブラシを動かす。セレストが僅かに息を詰まらせて、そうしてから小さく吐く音が聞こえた。窓際のベッドだからか、外の音が良く聞こえる。鳥の声や、木々が風によって柔らかく震える音だけが、ネリーとセレストの間を満たしていくような心地がした。

「……ロゼ様は、俺を追い返すだろうか」

 静かな声に、ネリーは瞬く。先ほど読んだ絵本の内容と関連しているのは、直ぐに察知することが出来た。ネリーは梳く手を止めずに、「追い返すでしょう」とだけ言う。

「それこそ、みぞおちを殴られるかもしれませんよ」

 言葉を続けると、セレストは静かに息を零すようにして笑う。そうしてから、確かに、と囁いた。

「そういうことをしそうだ。――君が言うと、尚更そう思う。君はなんというか、不思議だな。ずっと思っていたことだけれど」
「毎回のように言われている気がします」
「そうか? そんなに言っただろうか。……君が口にする言葉は、俺の中にすっと入り込んでくるんだ。納得するというか、……納得、させられる、という方が近いかもしれない」
「いやですか?」
「いやじゃない。だから少し、困っている」

 セレストは静かに言葉を続けた。ネリーの手元を見つめていた目線がふいと上がり、窓の外を見つめるようになる。
 何かを探すような視線。きっと、ロゼを探している。木々の梢や、草花、そして木漏れ日の中に、セレストはロゼをずっと、探しているのだ。

「ロゼ様が、花になっていたら、俺は気づけるのだろうか、と思う時がある」
「……」
「魂の形。一度交われば、わかる、と言われている絵本を、君が初めて読んだ時から、ずっと。俺はロゼ様に気づけるだろうか、と」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

処理中です...