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2-2.赤の魔女
しおりを挟む季節が二つしかないこともあって、その境、いわゆる暖かさから寒さに変わる時期を、デイラシアの人々は特別視する。陽と冥の季節が交わるその時期だけ、この世を去って行った人々が戻ってくるだとか、逆に生きている人間が連れ去られてしまうだとか、そういう噂話めいた怖いお話もいくつか存在する。
ロゼはそういった話は一切信じていなかったが、セレストは逆で、酷く信じていた。ロゼの布団をぎゅうっと抱きしめながら、俺が守ります! だなんて言ったこともあったな、なんて考えながら、ネリーは小さく息を零す。
夢に引きずられているな、と思った。ロゼは死んだ。もう居ない。ネリーにとっては前世でしかない。その線引きを、きちんと自分の中でしていかないと、いずれ、問題が起きてきそうだ。
(いやでも、そんなことを考えたら、今世でもセレストのことを気にしているのも大概だしなあ……)
どこからどこまでを良いとして良いのか、悪いとするべきなのか。ネリーには、少し、判断がまだつかない。
小さく苦笑を零しながら、ドーム型のテントの入り口をくぐる。室内は、穏やかな気候に包まれていた。ネリーは魔法を使うべく、指先を震う。テントの傍、備え付けの井戸から水をふわふわと取ってきて、じょうろの形にしてから、それらを小さなものに分けた。そうして、テント内の水やりを、いっせいに行う。
朝の時間短縮のために編み出した水魔法の使い方だが、なかなか良い感じになってきているだろう。自動スプリンクラーならぬ、手動スプリンクラーである。
柔らかな萌黄色をした葉が、水を浴びて水滴をしたたらせる。それを眺めてから、ネリーは自宅へ戻った。
「ただいま、水やりしてきたよ」
「ネリーに任せると早いなあ。ご飯も出来てるよ、食べよう」
ネリーの目の前にパンが押し出される。豊穣の神様に祈りを捧げてから、ネリーはそのパンに口をつけた。
前世は前世、今は今。そうは思っても、やはりセレストのことは気になるものである。前世の護衛騎士が、まさか十年経った今、全然幸せそうにしていないのも気になるし、ロゼの死を自分のせいのように思っているのも気になる。放ってはおけない。
それに、とネリーは自身の心を納得させるように言葉を脳裏で紡ぐ。
(ほかにも文字を教えてもらう約束をしたのだから! 会うのだって、大丈夫、問題はない!)
うんうん、と頷きながら、ネリーは元気よく家を飛び出し、王都まで向かった。門を抜けてすぐ、ひしめき合うようにして存在する人々の存在に目を剥く。
今日はどうやらいつもより活気があるようで、人波にぎゅうぎゅうと押されかけてしまう。騎士が数人、人々の混雑の対処に当たっているようだ。赤や黒の騎士服を身につけた人々が、押さないで、というように声を上げるのが聞こえる。
一体何がどうしてこんなに混雑しているのか。このままでは救民院へたどり着けない――と思っていると、不意にひらひらと何かしらの紙がネリーの頭の上に落ちてきた。手に取ると、どうやら広場で演劇が行われることが書かれている。
テールベルト劇団、最新作、と銘打たれたそれ。どうやら題目はロゼの死に関してのものらしい。識字率の低い世界であるからか、絵だけでなんとなく内容がわかるようなデザインがされている。とってつけたような内容のあらすじへ視線を向けていると、不意に、視界の隅を見知った青が掠める。すぐさまにネリーは顔を上げた。
「騎士様!」
大慌てで名前を呼ぶ。そうすると、声が聞こえたのか、騎士様――セレストが、僅かに立ち止まった。大きな狼の耳がぴんと張って、声の出所を探すように一度だけぐりん、と先の方から動く。すぐ、セレストはネリーの居場所に気付いてくれたらしい。ネリーの方へ踵を返し、セレストは少しばかり驚いたような顔をした。
「君は……、ネリーか」
「はい。騎士様、な、なんでこんな、人が……っ、わあ」
声をかけながら、すぐに人に流されてしまいそうになる。セレストが僅かに瞬いて、それからネリーの手を取った。そうして、抱きかかえられる。子どもを乗せるような形で、セレストの肘にネリーのお尻が乗せられるような形だ。
完全に子ども扱いだが、今はこの厚意に甘えることにしよう。ネリーはセレストの首元に腕を伸ばす。そうして、ぎゅうっと抱きしめた。
広場を抜けると、少しばかり人の混雑が緩和する。沢山の店が立ち並ぶ大通りを、ネリーはいつもより高い視線から周囲を見渡しながら、「今日はなんでこんなに」と囁くように言葉を続けた。
「――テールベルト劇団の最新作が、突然広場で上演されることになったからだろう」
「テールベルト劇団……」
「そう。有名な劇団だ。どちらかというと、古い伝説を基にした劇を上演することが多い、のだけれど、……」
言いながら、セレストは僅かに下を見る。視線を辿ると、そこには先ほどネリーの頭の上に落ちてきたチラシと同様のものが、散乱していた。
赤の魔女。傾城の悪女。目立つように書かれた文字が見える。セレストが僅かに小さく息を零し、そのチラシを綺麗に磨かれた靴で踏みつける。
「とにかく、今日は終日、人が多い」
「そうなんですね……。良かった、見つけてもらえて。あのままだったら、私、多分潰されてましたね」
ぎゅうって。続けると、セレストは微かに瞬いた。そうして、「そうかもしれないな」と真面目に頷いて見せる。冗談が通じていないようだ。
まあそれもセレストの良い所だろう――なんて思いながら、ネリーはぐっと拳を握り、「それじゃあ騎士様! いつもの場所へ! 出発してください!」と続ける。
「……いつもの場所?」
「そう。いつもの……わかるでしょう? いつもの場所です! いつもの!」
もしかして、わからないのだろうか。思わずネリーが慌てて言葉を重ね続けると、そんな様子を見てか、セレストが小さく笑った。からかわれていたようである。
「――わかった、いつもの場所に、ね」
「……騎士様ってもしかして意地悪ですか?」
「そんなことを言われたのは初めてかもしれない。いつも親切、丁寧、優しい、というのが評判だ」
セレストは囁くように言葉を続けた。そうしてから、僅かに息を潜めるようにして「子どもの保護も騎士の務め、か」と囁いた。
実際、広場にはそもそもセレスト自身、あまり居たくはなかったのだろう。ネリーへ視線を向けたセレストは、恭しく言葉を続ける。
「救民院までお送りします」
「――宜しくお願いしますね、騎士様」
恭しい態度に、少しばかり尊大な応えでもって応える。セレストは小さく唇の端を持ち上げた後、それからゆっくりと踵を返した。
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