竜王さまは不眠症〜異世界で出張添い寝屋〜

本編

七夜ー３ どんな姿もかっこよくて、可愛いよ

初めての飛行を俺が怖がっているのが伝わったのか、心配するようなグランの声が聞こえてきた。

『座り心地はどうだ？　揺れがすくないよう魔法をかけているが、気分が悪くなったり体調不良を感じたらすぐに教えてくれ』

その声を聞いているうちにだんだん落ち着いて来て力が抜ける。

「ありがとう。今のところ何ともない。ーーグランこそ、重くない？」

『言っただろう、全く重くない。むしろ、いつもより調子がいいぐらいだ』

ゆっくりと上昇しながら機嫌良さそうにグランが答えた。
飛ぶのに調子がいいとか悪いとかあるのか。

「そんなこともあるんだね」

『昨夜、トモルと触れ合ったせいかもしれないな。朝から身体が軽い』

触れ合ったって、身体が軽いのは昨日２回も出したから？！
昨日の浴室やベッドでのあれこれが一気に蘇って来た。

「朝から何言ってるの！」

『今夜も、と誘ってくれたのはトモルだろう？』

「違うから。あれは入浴の話！　お風呂でああいうことしようってことじゃないよ」

ちょっとふざけたのは認めるけど、誘ったつもりはない。
見えないと分かっていても首を振って否定する。

『では、今夜はベッドでしようか』

場所の問題じゃない。

「もうこの話は終わり！　ねぇ、そろそろ窓開けても大丈夫？」

『残念だ』

まだ言うか。

「グラン？　開けていいの？」

『窓はもう開けても大丈夫だ』

俺の反応に苦笑するグランの声を聞きながら、窓を開け放った。
窓の外にはグランの白銀の喉元と、よく晴れた空が広がっている。

恐る恐る下を覗き込むと、ちょうど昨日訪れた広場の上空だった。歩いている人も竜車も小さく見える。

「高いね！」

『だが、ちゃんと街が見えるだろう？』

グランの言う通り街の様子が分からないほどの高さじゃない。広場にいる人がこっちに気付いて手を振ってくれているが、その表情がギリギリ見える。

「うん。みんな、こっち見て手を振ってるよ」

『私だと分かっているからな。トモル、代わりに手を振り返してくれ』

そうか、グランって国王陛下だった。敬意とか親愛の表れなのかも。
俺が代行してもいいのかな。
迷いながらも手を振ると、下から歓声が上がった。

「なんか、凄い喜ばれてるみたいだけど」

本当にいいの？　王室の関係者どころかこの世界の人間ですらない。

『いつもは振り返すことが出来ないから嬉しいのだろう』

「手を振っちゃダメなの？」

『だめというか、飛んでる最中に手を振ると体勢が崩れるんだ。民の好意に応えたいといつも思っていたんだが』

今、グランの姿勢が崩れたら命の危機だ。手を振るぐらいいくらでもする。

「俺がグランの分までしっかり振り返すから安全飛行でお願い！」

必死に手を振りながら頼むと、グランがちらりとこちらを見て、目を細めた。

『トモルのことは命にかえても守るから安心してくれ』

「そこまで危険な目に遭う想定なの？」

のんびり視察旅行ぐらいに思ってたけど、違うのかな。
顔が引き攣るのが自分でもわかった。そんな俺を宥めるようにグランが微笑む。

『いや、そんな可能性はない。私の気持ちというか、心構えの話だ』

万が一、そんな事態になったらってことね。

「いいよ、命に替えなくて。自分が助かってもグランが死んじゃったら意味ないし」

『トモル……。２人で生き残ろう』

俺の言葉に感極まったみたいな声でグランがそんなことをいう。
やめてよ。

「変なフラグ立てないで」

『ふらぐ？』

「こっちの世界の慣用句みたいなもの。気にしないで」

『そうか』

不思議な顔をしつつも納得したようにグランは頷いた。