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本編
六夜ー5 3連泊、楽しもうね
しおりを挟むムツキと竜車を預け、工房通りへ向かって歩く。
両脇に立ち並ぶ建物はどれもパステルカラーのレンガ造りで絵本みたいだ。
「かわいい街並みだね」
「トモルの世界とは違うのか」
「うーん? こういう雰囲気の国や地域もあるけど日本では見ないかな」
「トモルはその、こういう街は落ち着かないか?」
俺の顔を窺うようにグランがこちらを見る。そわそわと落ち着かないのはグランの方。
「ううん、そんなことないよ。俺の住んでるとこ高い建物がぎっしりって感じだからむしろ、こっちの方がゆったりしてていいかな」
「そうか」
安堵するようなグランの表情に微笑み返す。
生まれ育ったところも片田舎だからこの街は肌に馴染む。都会とは違うゆっくりとした時間の流れが似ていた。
ーー仕事辞めたら、久しぶりに実家へ顔を出そうかな。
しんみりとそんなこと思っていると、不意に手を掴まれ、指を絡められた。
「グラン?」
どうしたのかと見上げると、グランにさっきまでの穏やかさはなく、迷子のような顔で立ち竦んでいた。
「手を繋ぎたいんだが」
「もう繋いでるじゃん」
繋いだ手をきゅっと握れば少し強く握り返される。
「そうなんだが……」
「本当にどうしたの」
「トモルが、遠くに行きそうな気がして……」
驚きにひきつりそうな頬を無理やり緩ませ、冗談めかして笑い飛ばす。
「迷子の心配? 大丈夫だよ。ここにいるでしょ」
「分かっている、はずなんだが」
「ぼんやりしてたから不安にさせちゃったのかな。ごめんね、せっかくのお出かけ中に」
「いや、急にすまない。目当ての工房はすぐそこだが、手を繋いだままでもいいだろうか」
「もちろん」
不安にさせないよう力強く頷いてみせた。
グランのいう通り、工房は5分も歩かないうちに着いた。窓から見える店内には宝石が付いたたくさんのアクセサリーが並んでいる。
宝飾品の工房だろうか。こういう店には入ったことがないのでちょっと緊張する。
中に入ると、にこやかな中年男性が出迎えてくれた。
「陛下、いらっしゃいませ」
「今日は世話になる。ーーこちらはトモルだ」
「こちらの方が……。トモルさま、初めまして。私はここの店主、モリオンと申します」
グランに紹介されると男性は僕の胸元で光るペンダントを興味深そうに見ながら自己紹介をする。
宝飾屋さんの職業病かと気にせず、挨拶を返す。
「トモルです。今日はよろしくお願いします。ここは宝石を扱っているんですか」
「はい、ここでは原石をアクセサリーに加工し、販売まで行っております」
「この国では各地でたくさんの鉱物が産出されているんだ。地方にもそれぞれ工房があるが、王都が一番数が多い。その中でモリオンの工房は最も人気だ」
モリオンさんの言葉に続けてグランが付け加えた。
「過分なお言葉、恐縮でございます。ーーお時間がよろしければ作業場の方もご覧になりませんか」
「いいんですか?」
工場見学的な感じかな。
正直、出来上がったものよりも加工作業の方が興味深い。
「グラン、時間ある?」
「大丈夫だ。モリオン、案内を頼む」
店舗の奥には広いスペースがあり、10代から50代ぐらいの男女が数名作業していた。それぞれの机にはたくさんの宝石が並んでいる。
モリオンさんに連れられ中に入ると、すぐに全員が手を止め立ち上がる。
すぐにグランが「作業を見学したい。そのまま続けてくれ」と声をかけると作業に戻っていった。
モリオンさんが端から順番に作業内容を説明していってくれる。
「まずは地方から送られてくる原石を選別し、不純物を削り取っていきます。その後、一度洗浄し、何度か削りながら形を整えいきます」
「結構な種類があるんですね」
色と大きさごとに分かれているみたいだが、その種類がとても多い。
「はい。鉱物の種類や大きさ、含有される魔力の種類によって細かく仕分けております」
「魔力が含まれているんですか」
さすが異世界。
「全部というわけではありませんが、この国で採れる鉱物は含まれることが多いですね。含まれた魔力量が多いほど価値が高いのですが、加工しがたいのが難点ですね。よろしければ、お手にとってご覧になりませんか」
そう言ってモリオンさんは宝石の入ったケースを差し出した。
たくさん採れるといっても宝石だし、貴重なものだろう。俺が触っていいのかな?
「グラン」
問うように名前を呼べば、意図が伝わったらしくグランがにこりと笑って頷いた。
「トモルが触りたければ」
「あまり高価じゃないものでお願いします」
せっかくだし触らせてもらいたいが、俺には鉱物の種類や良し悪しが分からない。あまり高いものを触るのも怖いのでモリオンさんに選んでもらおうと声をかけると、戸惑うように聞き返される。
「高価でないもの、でございますか」
「壊れたりしたら怖いので、頑丈で安価なものをお願いします」
元の世界には雲母みたいに簡単に崩れる鉱物もあるし。
「承知しました。トモルさまは不思議な方ですね」
「そこが魅力だ」
いや、庶民的なだけだ。
無事に頑丈なものを触らせてもらい、アクセサリーへの加工も見学してから店舗の方へ戻ってきた。
自由にご覧くださいというモリオンさんの言葉に甘えて綺麗な宝石やお洒落なアクセサリーを見ていると、グランに腕を取られた。
「トモル、こっちだ」
「うん。何かあった?」
「これはどうだろうか」
グランが指差したのは、白銀の竜がくるりと丸まり円を作る指輪。瞳には金色に輝く宝石が埋め込まれている。
「どうって、綺麗だと思うよ。白銀の竜かな。お風呂の蛇口とお揃いだね」
この指輪を見せられる意図がいまいち分からず、見たままの感想を伝えた。
グランは白銀の竜が好きなのかな。
「気に入ったか?」
「うん。グランにすごく似合うと思うよ」
ちょっと細みの指輪だけど、グランと色味が同じだしピッタリだ。
グランの指と指輪を見比べながら太鼓判を押すと、苦い声が落ちてくる。
「私じゃなく……」
グランじゃないって。
「……待って。もしかして俺に贈ってくれようとしてる?」
恐る恐る聞くと。
「そのつもりだ。他の指輪がいいか?」
「そうじゃなくて。こんな高いもの、貰えないよ」
しかも指輪なんて意味深なもの。
ここは異世界だし、アクセサリーを贈る意味は日本とは違うんだろう。
それでも貰うわけにはいかない。指輪なんて受け取ったら、外すことも出来ず、グランを忘れられなくなってしまう。
「……誕生祝いのお礼でもダメか」
「釣り合わないからダメ」
「だが……」
きっぱりと断っても、諦めないグランに別の提案をする。
「お返しなら後でスイーツ……おやつ食べに行こ。俺、ポプルがまた食べたい。ダメ?」
「……分かった」
袖を引っ張り強くねだると、グランはようやく諦めてくれた。
良かった……
安堵する俺の隣でグランはモリオンに目配せしている。
そこで店の売上を減らしてしまったことに気づき、モリオンさんに申し訳なくなり頭を下げた。
「あの、すみません」
「いえいえ、またぜひいらしてください」
その言葉に返事できず、曖昧に笑って返した。
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