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本編
二夜ー2 髪を洗うだけですから
しおりを挟む浴室自体は開放感たっぷりの広い部屋だったが、バスタブは一般家庭にあるものより少し大きな猫足のものだった。縁の上にライオンではなく、白銀のドラゴンを模した蛇口がバスタブの脇についている。
「大きい浴室だけど、浴槽は普通よりちょっと大きめぐらい何だね。大人2人ギリ? でも、めっちゃ高級感溢れてる。さすが王様」
「十分だろう。あまり湯に浸かることもないしな。ーー湯加減はこのくらいでいいか?」
ドラゴンの口から流れ出す湯を触ってみると、少しぬるめだった。ゆっくり浸かるならこのくらいが良いだろう。
「うん、ちょうど良さそう。この温度で」
溜めようというより早くドラゴンが大きくなったかと思うとパカッと口を開き、一気に湯が溢れ出す。巨大化したドラゴンの口から出た湯はあっという間にバスタブに溜まった。
驚きすぎて呆然としていると、バスタブを眺めていたグランは首を傾げた。
「量はこのくらいでいいか?」
「あ、うん。ばっちり。ーーじゃあ、お湯に入浴剤を混ぜるね」
気を取り直して、入浴剤を溶かし入れると見る見る湯が紫色に変わっていく。
「魔法か?」
「まさか。前に渡した香油と同じ植物から作った入浴剤を混ぜただけだよ。この色はその植物、ラベンダーって言うんだけどその花の色」
「確かに同じ匂いだ……」
「でしょ? 納得したなら、お湯が冷める前に脱いで来て」
着ている服の裾を引っ張りながら促すと、蒸気に充てられたのか少し赤みを帯びた頬のグランに確認するように訊かれた。
「ーー本当に性行為をするんじゃないのか?」
「しないしない。いいから早く脱いで来てよ」
追い立てるように脱衣所へ押し込み、脱ぎ始めたのを見届けてからシャンプーやタオルの準備を始める。
ごねていた割にグランはさっさと服を脱いだようで、腰に布を一枚巻いた姿ですぐに戻ってきた。
「早かったね。髪洗うからここに頭乗せて浸かって」
バスタブの縁に置いたタオルを示すとグランは大人しく従ってくれる。
「本当に髪を洗うのか」
期待していたのか怯えていたのか解釈に困る呟きは聞かなかったことにする。
「泡がかからないように布を載せるから目を閉じてもらっていい?」
「わかった……」
目の癒しにもなるかと普通のタオルではなくホットタオルを目の上に乗せると、気持ち良かったのかグランがゆっくりと息を吐いた。
「まずは髪を梳かすね」
腰まで伸びる長い白銀の髪は洗う前に櫛を入れないと絡まってしまうだろう。持ってきたブラシを入れると何箇所か絡まった。
髪の手入れをする暇もないのか、気力もないのか。元は綺麗な髪だろうに……
全体にブラッシングし終わり、手桶に湯を掬いかけながら髪を濡らしていく。
「洗っていくね。髪を洗う洗剤も同じ香りのにしたよ」
ラベンダーの香りが苦手なお客さんには無香料のシャンプーも用意しているが、あまり色んな香りが混ざるのもどうかと思い、いつもラベンダーで統一している。
「この香りを嗅ぐと眠気が来る……」
「それは良かった」
泡立てたシャンプーで地肌をマッサージするように指の腹で洗うと、グランの口唇から吐息がこぼれた。
低い響きがバスルームに反響して妙に艶めいて耳に届く。
「んっ……」
鼻にかかったような甘い声をできるだけ気にしないようにマッサージに集中し、全体を洗い上げるとグランは懐かしそうに話し始めた。
「人に髪を洗ってもらうのは久しぶりだ……」
「そうなの? なんか、偉い人ってお付きの人? 綺麗な女性に洗ってもらってるのかと思ってた」
話しながら水気を切った髪にトリートメントを馴染ませる。
「いや……母以外の女性に洗ってもらったことはないな……」
「そんなもんなんだ?」
「トモルはあるのか?」
「俺? まさか。ないない。そんな経験」
「そうか……」
「なんでちょっと嬉しそうなの」
「いや、別にそんなことはない」
「本当に? まあ良いけど」
そんなたわいない話をしながら規定時間放置したトリートメントを流すと、元が良いのかパサついていた髪は艶を取り戻し、心なしか輝いて見える。
妙な達成感が込み上げ、気分が良くなったところで次はマッサージだ。
「次は肩と首を揉んでいくね。痛かったら教えて」
「わかった」
素肌を爪で傷つけないように慎重に揉んでいく。湯に浸かり、血行が良くなっているせか前回よりも幾分マシだが、それでも硬くなっている。
「今夜もこってるね。お仕事忙しい?」
問いかけると、あぁでもうんでもない、曖昧な返事が返ってきた。急に眠気が襲ってきたのかもしれない。
「グラン? もう眠たい?」
「……」
声は返ってこなかったが、こくんと頷く。
「もうベッド行こう。歩けそう?」
「あぁ……」
「ゆっくりでいいから、滑らないようにね」
「ん……」
何とか服を着せ、ベッドへ押し込む。背をトントンするとグランはすぐに寝落ちた。
今回も俺を抱き込んで。
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