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10.魔王様の好きな物

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フォルティスの仕事はこの国ーーモンストルム国 通称、魔国の魔王様。
司法・行政・立法を行う国家機関のトップであり、国の象徴でありーーみんなのアイドルだ。

農村部を視察すればたくさんの野菜や果物をもらい、畜産を生業とする集落を訪れれば乳製品や食肉を大量に持ち帰って来る。

これらのお土産は魔王の私物として扱われる。転移魔法陣で魔王城の食堂に搬入され、俺が朝晩の食事に使う食材を選別をするのだがーー

「さてと。今日の視察は漁村だったっけ」

木箱を開けると、氷が詰まっていた。氷を掻き分けるように掘っていくと、仮死状態のサバッシュという魔魚が大量に出て来た。鯖より少し小さめだが、よく似ていて焼いて良し、煮て良し、揚げての良しの優良魔魚だ。どうやら魔魚は普通の魚より小さめだが、その分、味は凝縮され美味いらしい。
明日の日替わりは、煮魚定食だな。

別の木箱を開けると、ぴょこんっと何かが飛び出してきた。

「うわ! なに?!」

慌てて避けると、横から伸びた大きな手が飛び出して来たものを掴んだ。
振り返ると、食堂の主、ハイエルフのガンツだった。線が細く美麗なエルフの真逆をいくがっしりとした筋肉のついた体形に粗野な言動で俺の中にあったエルフのイメージを壊しまくってくれたおっさんだ。

「ガンツ! これ、なに?」

「コイツはシータイガーだ」 

シータイガーと呼ばれた食材はガンツの手に抑えられながらも元気に暴れている。動き過ぎてて、よく形を捉えられない。

「ええ? タイガー?? 虎なの?!」

「海老の一種だよ。甘くてぷりっぷりで美味いぞ」

そう言われて、よくよく観察すると確かに形は海老だった。エビフライによく使っていたブラックタイガーに似ている。

「海老かぁ。俺の世界にもいたけど、もっと慎ましいサイズだったな……」

「そうなのか? こっちだとこれでも中型サイズだな」

「これで中型って。大きいのはどのくらいになるの?」

「最大級だとお前さんの腕より大きいな。今夜の晩酌のお伴はコイツか?」

俺に下処理は無理だな。氷水につけたところでコイツらが大人しくなるとは思えない。ガンツに頼もう。
しめてさえ貰えれば、後は大丈夫だろう。

「んー、そうしようかな。悪いけど、何匹か〆てくれる? 俺には無理だわ」

「お前さん、海老は好きか?」

手始めに逃げ出したヤツを抑え、頭の付け根にナイフを当てると畳むようにパキッと折った。ガンツは簡単にやっているが、殻が厚く、相当力仕事に違いない。
頼んでよかった。

「俺は海鮮全般なんでも好き。陛下は海老好きかな?」

「お前さんが作るものは何でも好きだろうよ」

言いながらガンツは3匹目を折った。

「珍しいもの好きなのかな」

「それもあるかもしれんが、お前さんと食の好みが似てるんじゃないか」

「そうかな? 考えたことなかった」

でも、確かに俺の味付けが気に入ってるってことはそういうことなのかな?
3食料理する身としては助かるな。自分好みに仕上げればいいんだから。

「今度嫌いな物出して試してみたらどうだ?」

「嫌だよ。そんなもったいないこと。俺は一食一食を大事にしたいの」

「食い意地の塊だな。ーーあぁ、そうだ。陛下が海老を好きかどうかは知らねぇが、あの方の一番の好物ならみんな知ってるぜ?」

「え、うそ。俺知らない。みんなってみんな知ってるの? 厨房のみんなも?」

「おうよ。それどころか、城中が知ってるぜ」

ガンっと殴られたような衝撃だった。この一か月、俺が毎日せっせと陛下のご飯作ってたのに誰も教えてくれないなんて。

「そういうのはちゃんと教えてよ! 新人イジメ、かっこ悪いよ。で、何なの。陛下の一番の好物って」

「イジメってお前な。そんなんじゃねぇよ。気になるなら直接聞いてみればいいだろ。そろそろ帰ってきなさるんだろ?」

「そうだけど。今更って気がしない?」

知らなかったのか?なんて聞き返されるのは、なんか癪だ。

「んなことないだろ。で? 好物が分かったら食べさせてやるのか?」

「そりゃあ、そうでしょ。俺に作れるならいつでも用意するよ」

そう宣言すると、5匹目のシータイガーを折っていたガンツはくるりと振り向いた。

「ーーだそうですけど。教えてあげなさるんですか?」

「どうしようかな?」

意地悪なことを言う声に振り返ると、フォルティスが立っていた。こちらにひらひらと手を振っている。

「陛下! おかえりなさい。いつ帰って来たんですか」

「ただいま。ついさっき。あちらから送ったものがちゃんと届いてるか気になってね」

「届いてますよ。大人気だなっていうのが分かるぐらいに」

そういって積まれた木箱を指さした。フォルティスはありがたいことだねと喜んで、ガンツの手の中のものを見る。

「今夜はシータイガーを食べさせてもらえるのかな?」

「そうですけど」

それより、先に食べて欲しいものがある。これまで何十食もフォルティスに食事を用意して来たのに、好物を作ってないなんて。
料理人として許し難い。

「ーーあの、陛下の好物ってなんですか? 食材があるならそれも夕食に用意しますよ」

「本当に? それは嬉しいけど、明日も仕事じゃないのか?」

意を決して聞いたのに、フォルティスは訳の分からないことを言い出した。
明日の業務が何か関係あるのか?
長時間煮込むものとか?

「そうですね。明日も仕事ですけど。そんなに時間のかかるものですか?」

「というか、時間をかけて食べたいものかな」

何それ。なぞなぞ? 満漢全席でも用意しろと?

「どんな料理ですか、それ。休日なら大丈夫なんですよね? 今週末にでも作りますよ」

「週末に好物が食べれるとは嬉しいな。では、俺の方でも準備しておこう」

「お願いします?」

「ああ。今夜の夕食も楽しみにしている」

それだけいうと、フォルティスはキッチンを出て行った。

結局、アイツの好きな物って何なんだ??

首を傾げる俺の肩をシータイガーの殻の破片がついた手でガンツが叩いた。

「しっかりな。場合によっちゃあ、次の日も休んでいいからな」

本当に何を作らされるんだ?!

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