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5.魔王城のキッチン

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呆然としたまま風呂から上がり、いつの間にか乾かされていたシャツとズボンを着せられ、リビングのような部屋へ連れて行かれた。
ソファを勧められ、ほうじ茶が入ったマグカップを手渡される。

ほうじ茶があるのか、この世界。

一口啜ると香ばしさと温かさが広がった。

「おいしい……」

喉が潤ったせいか、胃にほうじ茶が入ったせいか空腹を思い出した。
そんなこととは知らないフォルティスは、顔を緩ませた俺を見て、安心したように笑う。

「落ち着いたみたいだな」

「ありがとうございます」

「聞きたいことはあるか?」

聞きたいこと。聞きたいことは山ほどあるが、何よりまず。

「お腹が空きました。何か食べさせてもらえませんか」

「は?」

フォルティスは目を見開いて固まった。
空腹は気付いてしまうと、どんどん強くなる。すぐに何か作って食べたい。

「キッチンと食材を貸してもらえれば自分で作ります」

「腹が、減ったのか」

「夕飯を食べてないので」

力を込めて答えると、フォルティスは感心したように頷いた。

「伊織は意外とたくましいな」

「そんなこと初めて言われました」

肉体労働が仕事なのに筋肉もつきづらく、食べても太り難い体型だからヒョロいとか華奢だとはよく言われるけど。
そんなことはいい。これ以上、肉を落とす前に何か食べたい。今すぐに。

「食堂へ案内しよう。この時間は料理番がいないんだが、自分で作れるんだったな?」

「はい!」



食堂の奥にあるキッチンは広いのに雑然と散らかっていた。掃除をきちんとしていないのか、埃を被っているところもある。
取っ手に干涸びた何かがくっついた大型の冷蔵庫の引き出しを恐る恐るあけた。

「良かった……」

なかは無事だった。角の方に傷んだ何物かが見えるが、他は普通だ。卵にバター、牛乳、ベーコン、ソーセージ、ハム、牛肉や豚肉、鶏肉みたいなお肉もたっぷり。
下の引き出しを開くと、人参、玉ねぎ、じゃがいも、ほうれん草、レタス、キャベツ……一通りの野菜が揃っている。

「何か作れそうか?」

「はい、だいじょう……」

全然大丈夫じゃなかった。食材だけで料理は出来ない。こんなところで料理なんて絶対に無理だ。

「陛下!!」

「なんだ、どうした?」

「こんなところで料理は作れません。浄化!浄化で綺麗に出来ませんか?!」

掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ると、フォルティスは両手をあげ、降参のポーズをとった。

「わ、分かったから落ち着け。“浄化”すればいいんだな」

「部屋全体にお願いします!!」

俺に脅されながらフォルティスは指を鳴らした。瞬間、部屋が大きな泡に包まれ、キラキラと光り出した。
全体に広がったところで霧状になって霧散する。
冷蔵庫の取っ手を確認すると、こびりついていたものは無く、ピカピカだ。新品同様。片付いてはないけど、清潔なら取り敢えず問題ない。

「陛下、ありがとうございます。いま、心からあなたが魔王様だと確信しました」

神妙な顔でお礼を伝えると、フォルティスはため息をついた。

「複雑だが、どういたしまして」

「何を作ろうかな~」

米や小麦粉は見当たらないが、肉も野菜もたくさんある。調味料を探すと、コンロの脇の棚の上に色々揃っていた。コンロの下はオーブンになっている。
大きなオーブン、いいなぁ。グラタン、ピザ、ローストチキン、ケーキやタルトも焼ける。
そうだ。茄子とトマトのチーズ焼きとアスパラのベーコン巻きにしよう。

「随分と楽しそうだな」

「そうですね。仕事にするくらいには好きです。俺、保育園で子どもたちに食事を作ってるんですよ」

椅子に腰掛けたフォルティスと話をしながら、材料を取り出す。
チーズは塊しかないから、削るしかないか。チーズグレーターは見当たらなかったのでバターナイフを用意する。

「保育園?」

「働くパパやママの代わりに子どもを預かってお世話するところ、ですかね」

「そんなところがあるのか。学校とは違うのか?」

この国にも学校はあるのか。

トマト、茄子、アスパラガスを洗い、それぞれカットする。茄子を軽く炒めようとコンロに火をつけた。
つまみを軽く捻ると、身体から僅かに何かが出て行く感じがする。
首を傾げながら今度はオーブンに熱を入れると、やっぱり何かが抜けて行く。

「ん?」

「どうかしたか?」

「いえ、何でもないです。学校でしたね。学校に通う前の、0歳から6歳までの子を預かるんです」

「そんな小さな子たちなのか。賑やかそうな職場だな」

茄子がしんなりしたところで火を止め、グラタン皿にトマトと一緒に敷詰め、塩と胡椒で味をつけ、バターナイフで削ったチーズを満遍なく振りかける。
予熱しておいたオーブンに入れた。
チーズ焼きはこれでよし。

「みんなとても元気で可愛いですよ。生意気な子もいますけど」

「その子たちみんなに食事を作っているのか?」

「そうですよ。年齢によって食べられるものが違うので大忙しです」

ベーコンを取り出し、薄くスライスする。アスパラにそれを巻き、温めたフライパンにベーコンの巻き終わりを下にして並べ、蓋をした。

「好きなんだな、その仕事」

「そうですね」

「陛下は好きですか、魔王業」

「魔王業……まあ、仕事といえばそうか。そうだな。たくさんの魔族や魔物の生活を支えていると思えば、誇らしい仕事だと思うな」

「なんか、普通の仕事みたいですね。社長業的な」

「社長業?」

「職場のトップということです」

フライパンの蓋を開け、ベーコン巻きをひっくり返す。良い色に焼けてるな。

「似たようなものだ。国か職場かの違いでしかない」

「魔王ってもっと怖いことするんだと思ってました」

「この世界の人間にも大体そう思われているな。ところで美味そうな匂いがしてきたが」

「そろそろ、チーズ焼きの方は良さそうですね」

オーブンを止め、グラタン皿を取り出す。チーズがこんがりと焼け、端っこはふつふつとしている。軽く焦げた表面が美味しそうだ。

浄化のお陰か新品同様に綺麗な鍋敷きの上に皿を置く。
すると、フォルティスは食い入るように皿を見つめ、冷蔵庫へ向かった。何を取り出すのかと思ったら、料理用だろう赤ワインだった。

「陛下、それは……」

「頼む。私も食べたい」

「それはいいんですけど、そのワイン、多分、料理用ですよ?」

「呑んだらダメだろうか」

「やめておいた方がいいと思います」

「そうか……なら、さっきの部屋で飲もう。構わないか?」

「もちろん。移動してるうちにいい具合に温度も落ち着くでしょう。ベーコン巻きも出来ましたよ」

「こっちも美味しそうだ……」

「お皿、とってもらえますか?」

「これでいいか?」

「ありがとうございます」

平皿を受け取り、ベーコン巻きを並べる。
2人分だと少ないか?
今からもう一品作るのは面倒だな。卵でも焼こうかな。
手早くプレーンオムレツを作る。

「見事な手際だ」

「ありがとうございます。さ、これで揃いましたよ」

フォルティスがどこかから持ってきたトレーに料理と取り皿、カトラリーを乗せる。


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