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2.魔王城へ来た日

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魔王フォルティス陛下が治める魔族と魔物の国にーー日本から異世界に来て、そろそろ3ヶ月が経つ。

俺は異世界に来る前まで実家近くにある保育園の給食室で調理師をしていた。
クリスマスも間近に迫った冬の日。俺は一人給食室で大鍋を洗っていた。
保護者さんも招いたカレー会で普段以上に洗い物が出たのだが、俺の唯一の仕事仲間である先輩のところの子が熱を出したと学校から連絡があり、早退して行ったのだ。
調理器具を一つ一つ丁寧に洗い、除菌し、後は大鍋を濯いで消毒するだけという時、俺は盛大に足を滑らせ、大鍋に突っ込んでしまった。
園児なら2、3人は入れる大きな鍋は細身とはいえ成人男性の俺さえすっぽり飲み込んだーー
いや、そんな訳ない。大きいと言っても高さはせいぜい80センチ。170を超える俺が入るわけない。
どういうことだと困惑していると、鍋に大量の水が入ってきた。
手足をバタバタと動かせるほど大きくなった鍋の中、押し寄せる水で呼吸もままならない。
もがくように水面を目指し、顔を出す。

「けほっ……ごほっ」

水を吐き出し、頭を振る。

一体、何がどうなってるんだ?

顔に滴る水を手で拭い、目を開けると光を受け輝くダイヤモンドが見えた。いや、ダイヤモンドに見えたのは人の目だった。
鼻先が触れそうなほど近くに他人の顔があるという予想外のことに俺は背を逸らした。

「うわあ!」

「危ないっ」

驚いた拍子に鍋の中で足を滑らせ、また水に沈むところを目の前にいたダイヤモンドの瞳の持ち主に支えられた。

「ありがとう、ございます」

「いや、気にするな」

そう言って笑った男は、改めて見ると人間離れした美形だった。
宝石のような瞳もさることながら、腰まで伸びた艶やかな紫紺の髪も、深雪のように白くきめ細かな肌も、薔薇のように紅く形の良い口唇も、全てが見るものを狂わせそうなほどに美しい。
ぼうっと見つめていると、目の前で手を振られる。

「どうした? 頭でも打ったか?」

「いえ、大丈夫です」

「それなら良かった。だが、一応、医者に診てもらった方が良いだろう」

「そんな大袈裟ですよ」

「大袈裟なものか。人間は脆弱だからちょっとしたことですぐに死んでしまう」

心配してくれるのは有難いが、水に濡れたぐらいではさすがに死なない。

「取り敢えず、そこから出た方がいい」

言われていつまでも鍋に入りっぱなしだったのを思い出した。俺一人、余裕で入れるこれは形だけは鍋だが、サイズは浴槽くらいある。
鍋の中で立ち上がり、出ようとしたところを逞しい男の腕に抱き上げられた。園児たちによくせがまれる縦抱きだ。

「お、下ろしてください」

「大人しくしてくれ。落として殺したくはない」

「いや、この程度の高さから落ちても死にませんから」

「そうか? でも、危ないからじっとしててくれ。かなり身体が冷えてるな。このまま風呂に行くぞ」

有無を言わせず、男はスタスタと俺を抱えて歩き出した。
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