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8-4.

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 慌てて智彗様の膝から降りると、近付いてきた瑞凪様が自分の羽織を智彗様の肩にかけた。


「···兄さん、良かった。」


 ほっと安心したような笑顔を見せる瑞凪様。

 ···そっか、無事に契約が成立したんだ。良かったね智彗様。


 ということは、私もそろそろ元の世界に帰る時間なのだろう。

 イケメンの智彗様と別れるのは惜しいけれど、私はあくまで"派遣"なだけであって"召喚"されたわけではない。


 皆が智彗様に駆け寄る中、私はこの国に来てからのことを思い返していた。


 食べ物は質素だったし、部屋も決して綺麗とはいえなかったけれど、智彗様や瑞凪様に出会えて良かった。

 まあ、それなりに他国の皆とも。


 私は活字が嫌いだから2人のように賢くはないけれど、それでも自分が本の整理が好きな人間で良かったと思うことができた。


 私を勇者だと認めてくれた智彗様のお陰だ。
 

 1人涙ぐましく思い出に浸っていると、はだけた智彗様の胸に勾玉があるのが見えた。


 智彗様の勾玉は何色になったのかな。···あれ?あれって何色なんだろう?


 もう一度智彗様に近付き、その色を確認するも、なかなか色が確認できない。私の目はどうも疲れているらしい。


 目を擦り、従者や侍女を掻き分け、智彗様の胸元の勾玉に目を凝らす。


「ど、どうしたのですか、瀬里?」


 はだけた裸を見られて恥ずかしいのかと思っていたら、その顔は心なしか冷や汗を掻いている。


「ちょ···、え??ま、待って。智彗様?智彗様の勾玉、透明なままなんだけど??」


 それは驚くほどに透き通っていて、私が最初に見た勾玉そのものの色をしている。


 え?どういうこと??つまり、智彗様の心は満たされてないってこと??


「な、何で?!智彗様、まだ満たされてないの?!!ちょっ、ななな何で?!!」


 するとその場にいた従者、侍女、瑞凪様、誰もが俯き加減になり、智彗様の周りからスッと離れていった。


 な、何、この皆の気まずそうな感じ。明らかに口裏合わせましたみたいな雰囲気、絶対何かあるよね??


「────智彗様?!一体どういうことなの??!」


 私は智彗様の前に立ち、問い詰めた。何で智彗様は元の姿に戻ってるのに、私は元の世界に帰れないの?!



「あ、はは···、実は瀬里を派遣したのは、この国の勇者となってもらうためではないのです。。」

「え、えええ?!!」

「ええと、その、恥ずかしくて言えなかったのですが、本当は、私の妻になってもらう女性を派遣したのです。」

「······は、はあああ?!!!」

「財政難を打開するには、まずは婚姻を結び、国の士気を高めて活性化させようと考えていまして、ははは····。」


 「ははは」じゃないし!!私はその場にしゃがみ込み頭を抱えた。

 
 え?それじゃあ今まで勇者として散々奮闘してきた私の時間は何だったの?!全部無駄だったの?!!


 妻になってもらうのが目的って!


 私はそこでハッと気づき、智彗様を見上げた。


「ま、待って!!じゃあ私、智彗様と結婚したら元の世界に帰れるってことじゃない?!!」


 ポリポリと顎を指でかきながら、気まずそうに顔を背ける智彗様。


「ええと、"生涯を共にする妻"を派遣したので、多分、帰れないですね····。」


 私は地面を両拳で叩き、「騙された――――」とこの世界に向かって叫んだ。


 そして瑞凪様が一言、智彗様の耳元で、「···さすが、天然策士」と囁いたのを私は聞き逃さなかった。


 自分の掌を見れば、綺麗な水色に染まった勾玉があって、とにかく今は頭の中を整理したい。






【完】




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