ヴァンパイアからの凶愛にその身を吸い尽くされて

由汰のらん

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case4. 略奪◇1

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 「主任!!!!きょ、矯正監きょうせいかんの現場入りです!!」

「急いで隊列を組めっっ!!」

 ブーツのぶつかる音が足首を伝わり彼らを一層震え上がらせる。

今宵鳴り響くサイレンの音は異常をきたしていた。

月も暗灰色の乱層雲に掻き消され今にも稲光りを放ちそうな夜空。

最下層に繋がれる重罪人の脱走は何人の看守が折檻の犠牲となるか─────。


 しかし彼らよりも焦りを隠せない様子で隊服を着崩したままの男が地下を早歩きで駆け抜けていく。

いつもならば真っ先に主任を問いただし何の感情も出さず、手を紅く染めることを厭わない黒髪の男だが····

その男が地下で敬礼をする看守たちを素通りし、一直線に地下牢へと向かう。

何故だ、一体何が起こったのか、

男の頭の中に螺旋の疑問が果てしなく浮かび、今その応えの前に立ちはだかる。

分厚く重い鉄の扉が、少しばかり浮いていた。

どういうことだ─────

手足を繋がれ水滴すら侵入を赦さないこの地下牢から彼女は逃げ出したというのか。

嫌な汗と生唾が喉元を伝い、手を交差する必要もない重い扉のハンドルを握り締めた。

 天井から吊るされた鎖がだらしなく左右に垂れ下がり、彼女につけられていた手枷足枷ごと綺麗になくなっている。

「····鎖を引きちぎって脱走したのかな?」

 黒髪の男の背後から銀髪の長い髪を右で一つに結んだ男がぬっと牢を覗き込む。

「とんだ馬鹿力の女だね?だからさっさと処刑しておけば良かったのに。」

銀髪の男が背中越しに黒髪の男を挑発するように微笑む。

しかし黒髪の男はその挑発に気付くこともなく、空になった牢内を眼と足で静かに探る。

男の足音が反響すると赤い目が小刻みに泳ぐ。

牢の外では黒髪の矯正監のいつもと違う様子に看守たちが互いに顔を見合わせた。

その男からようやく命が下される頃には、すでに女は双子の片割れの手中にあるのだった。

ヴァン・ヘルシングの娘は脱走したのではなく、拐われたのだ。



 手首と足首につけられていた枷がなくなり、そのまま白い肌に食い込むような痕が残されている。

只違うのは、立っているのではなく横たわっているということ。

手足は鎖に繋がれているのではないということ。

自分が着ていたスーツが、白く長いワンピースに変わっているということ。

そして暗く空気の薄い地下廊ではなく、広く綺麗な赤い絨毯の敷き詰められた部屋だということ。

突然の信じられない光景に女の目が見開いたまま思考を巡らせていく。

その頭にふと過るのは愛する黒髪の男。もしかして、彼が私をここまで連れ出してくれたのかもしれない。

ベッドから裸足の足を下ろし絨毯につけると温かさが身体に伝わる。

夢なのではないかと思いながらも自分の肌に感じる温度に現実であればいいのにと期待に胸を高鳴らせていく。

両扉の前まで来ると、ひんやりとしたドアノブにそっと触れてみる。

しかし女が握るよりも早くドアノブが回され、女がすぐにドアノブから手を退いた。

「やあ、もうお目覚めですか。」

「?!」

 そこに立っていたのは黒髪の男ではなく、長い銀髪をした男。口元にはほくろがある。

監獄で見たことのあるその顔は、黒髪の男と共にしていた柔和な表情の男。

「あ、貴方は···」

「初めまして、エルミーユ·ヴァン·ヘルシング。」

「······」

「僕の名前はアーチ。これでも隊の軍曹やってるんだよ。」

少なくとも監獄で一度は顔を合わせているはずの彼が"初めまして"ということにどう応えてよいか分からない女。

しかし黒髪の男の仲間であって欲しいという願望から敵意を出さず、アーチと名乗る男同様落ち着きを払い話し掛けた。

「···貴方が、私をこここまで連れて来たの?」

「うん、そうだよ。」

「···何故」

「···そうだね、じゃあ早速今からその話をしようか。あ、っとその前に」

そう言ってアーチがエルミーユの肩に手を置くと、エルミーユは反射的に逃れようと一歩足を後ろに引き下げた。

しかし久々に歩く足は上手く下がることが出来ず、足がもつれて転びそうになる。

エルミーユが目を瞑り背中にくるであろう痛みを堪えようとすると、自分の身体がふわりと宙に浮くのが分かった。

アーチが彼女を横抱きに抱き上げたのだ。

「っ!」

「···あんたの神経はやっぱ鋭いね。でもずっと繋がれてたんだから無理は良くないよ?」

エルミーユに優しい笑顔を落とすアーチ。

その表情にエルミーユは「ありがとう」と返すしかなかった。

 
 しかしアーチは彼女を抱き上げたまま、部屋の奥にあるドアの方へと移動する。

その白い片扉をアーチが開けると、中には浴室が広がっており、すでにバスタブからは温かそうな湯気が白く上がっていた。

「あんた、地下廊では女看守に身体を拭いて貰ってただけなんでしょ?お風呂なんて久々じゃない??」

「···え、ええ。」

「じゃあまずはお風呂に入って綺麗にしなきゃね♪」

アーチがエルミーユを床に下ろすと、彼女の白いワンピースを脱がせようと肩に手をかけた。

「なっ!」

エルミーユはすぐに彼の手を振り払い、壁際に後退すると背をつける。

その様子にアーチが酷く悲しげな表情を見せ、エルミーユは思わず「しまった」と後悔せざるを得なかった。

「お、お風呂なら自分で入れるから···ありがとう。」

「···でも僕はインハルト様から命を受けて、君の身体に傷がないかをチェックしないといけないんだよ。」

「イ、インハルトが?!」

「うん。」

インハルトとは黒髪の男の名。

その名前にエルミーユが明るい表情に変わる。自分の願望が叶ったのだと嬉しさを隠せなかった。



 
 
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