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第二章 ペンは剣よりも強し
14. まだ中学生
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だが、落画鬼退治はとどのつまり警察にも町絵師にも任せることはできない。
誰でもなれるわけではない、“浮夜絵師”という特異な能力に恵まれた自分にしかできない仕事であることを思い返し、それ以上の言葉を飲み込む。
「あ、いま『またか、また警察の尻ぬぐいか!』って顔したでしょ!」
「……」
せっかく飲み込んだ言葉を、この勿忘草という男は、ご丁寧にも一言一句違わずに夜の街に解き放つので、少年は静かに振り払う。
これでは、どちらが大人なのかわからない。
この際だからと、今度は少年が口を開く。
「どうせ、説明不足ってのも、わざとだろ」
少年に図星を突かれた男は、急に表情筋を重力に任せ、泣き言にも似た言い訳を垂れ流す。
「だってさ~、そうじゃないとさあ。キミあからさまに絶対零度の視線で、私のこと見るじゃない?『大人の癖にろくな仕事とってこない無能な奴め~』って感じでさ。あれ結構傷つくんだよ~」
「そこまで思ってない」
「少しは思ってるってことっ!?」
実のところ、少年は他人に興味がないので、誰になにを言われようと感情を動かされることはない。
だから勿忘草が言うようなことは少しも思ったことがない。
しかし、はたから見てそんな風に見える視線を作っているのならば、まだ胸の内を隠しきれていないのだろう。
この正義の名の下に与えられた能力を、復讐のために利用していることを勘付かれては厄介だ。
気を付けなければならない。
――ただ。
なんとなく勿忘草うるさいし、めんどくさいからそろそろ黙らせようと、少年なりの反撃の言い回しだった。
それが思いのほか勿忘草には効いたようで、こちらが引くほど仰け反っているものだから、すぐさま一言、手短に伝える。
「俺は仕事を選んだりしない」
「さっすがー! やっぱりキミは優しいね♡」
息つく暇もなく切り替わる勿忘草の表情に、少年は気合い負けし、伏し目がちになった。
そんな少年の目の前に、先ほどの戦闘時のものか濡羽色の羽根が一枚、はらりはらりとゆっくり弧を描きながら降ってくる。彼が手を伸ばすと、羽根は吸い寄せらせるかのようにその若く小さな掌に収まった。
「でもまあ、烏が鬱陶しいって理由でポンポン落画鬼描かれたんじゃ、いくら夜があっても足りないよね!」
地球は人間だけのものじゃないのに共存しようという優しい気持ちはないのかしらと、本気で怒っているのかそれともふざけているのか。表情からは判断し難いこの胡散臭い男の長話を、少年は無視して帰ろうと一歩踏み出したのだが。
「それにどんな理由があったとしても」
それまでコバエのように煩かった声のトーンが急に下がったので、思わず振り返ってしまう。
「こんな残酷な暴力で解決しようって考えは、間違ってるよね」
勿忘草は、少年の手に残る美しい烏羽の主に想いを馳せるように目を細めると、今度は少年の頬の傷を覗きながら続ける。
「今回はあの図体の割に、烏ばかりを狙うどこか様子のおかしい落画鬼だったけど、普通はまず真っ先に襲われるのは人間だからね。それこそ、公安に肩入れしはじめたら、キミはもっと残虐な光景を目にすることになる」
勿忘草はさらに顔を近づけ、囁くように言い添える。
「もちろん、キミ自身もっともっと危険に晒される」
「わかってる」
少年は、目の前の顔を押し退けるように羽根を渡すと、頬の傷を伝う血を拭う。すると不思議なことに、頬にはかすり傷ひとつはじめからなかったかのように、跡形もなく消えていた。
少年はそれを確認することもなく、今度こそ歩き出す。
年相応とは言い難い、強かに光る鋭い視線をフードの奥に隠したまま。
勿忘草はその姿を見送りながらも、消失しつつある落画鬼の状態を確認しようと近づき、そしてすぐに飛び跳ねるような声で、少年を引き留めた。
「げ、ショウくん。ちょっとまだこの子、消しゴムかけ足りないよ!」
勿忘草が千手観音の如くしきりに指差す先で、消失しつつあると思われた液体の一部が、生き物と同じ脈を打ちはじめ、再び形作ろうとしていた。
「あんたがやっとけ」
動揺するような素振りを見せる勿忘草に対し、一見なんの変哲もない消しゴムを投げつけるショウ。
「ちょっとちょっとぉ、その言い方よ~! 年上に対する頼み方じゃないよねっ!?」
この男の食えない部分はこうしてへらへらしつつも、わざと男の掴みにくい位置へ飛ばした消しゴムを一切の無駄がない動きで、しっかりと捉えるところである。
「いつもと変わらないだろ。俺は眠いんだ」
先ほどまでのわざとらしい動揺はどこへやら、「確かにそうだよね」と、子供の方便を少しも疑わず、ぽんと手を叩いては納得してしまうちょろい男・勿忘草。
「ショウくんまだ中学生だもんね! それなのに夜な夜な駆り出されているこの現状は、青少年保護育成条例の観点からすると非常にまずい! 大問題だ!」
ショウは歩みを止めずに、意識だけはそっと勿忘草に集中していた。
誰でもなれるわけではない、“浮夜絵師”という特異な能力に恵まれた自分にしかできない仕事であることを思い返し、それ以上の言葉を飲み込む。
「あ、いま『またか、また警察の尻ぬぐいか!』って顔したでしょ!」
「……」
せっかく飲み込んだ言葉を、この勿忘草という男は、ご丁寧にも一言一句違わずに夜の街に解き放つので、少年は静かに振り払う。
これでは、どちらが大人なのかわからない。
この際だからと、今度は少年が口を開く。
「どうせ、説明不足ってのも、わざとだろ」
少年に図星を突かれた男は、急に表情筋を重力に任せ、泣き言にも似た言い訳を垂れ流す。
「だってさ~、そうじゃないとさあ。キミあからさまに絶対零度の視線で、私のこと見るじゃない?『大人の癖にろくな仕事とってこない無能な奴め~』って感じでさ。あれ結構傷つくんだよ~」
「そこまで思ってない」
「少しは思ってるってことっ!?」
実のところ、少年は他人に興味がないので、誰になにを言われようと感情を動かされることはない。
だから勿忘草が言うようなことは少しも思ったことがない。
しかし、はたから見てそんな風に見える視線を作っているのならば、まだ胸の内を隠しきれていないのだろう。
この正義の名の下に与えられた能力を、復讐のために利用していることを勘付かれては厄介だ。
気を付けなければならない。
――ただ。
なんとなく勿忘草うるさいし、めんどくさいからそろそろ黙らせようと、少年なりの反撃の言い回しだった。
それが思いのほか勿忘草には効いたようで、こちらが引くほど仰け反っているものだから、すぐさま一言、手短に伝える。
「俺は仕事を選んだりしない」
「さっすがー! やっぱりキミは優しいね♡」
息つく暇もなく切り替わる勿忘草の表情に、少年は気合い負けし、伏し目がちになった。
そんな少年の目の前に、先ほどの戦闘時のものか濡羽色の羽根が一枚、はらりはらりとゆっくり弧を描きながら降ってくる。彼が手を伸ばすと、羽根は吸い寄せらせるかのようにその若く小さな掌に収まった。
「でもまあ、烏が鬱陶しいって理由でポンポン落画鬼描かれたんじゃ、いくら夜があっても足りないよね!」
地球は人間だけのものじゃないのに共存しようという優しい気持ちはないのかしらと、本気で怒っているのかそれともふざけているのか。表情からは判断し難いこの胡散臭い男の長話を、少年は無視して帰ろうと一歩踏み出したのだが。
「それにどんな理由があったとしても」
それまでコバエのように煩かった声のトーンが急に下がったので、思わず振り返ってしまう。
「こんな残酷な暴力で解決しようって考えは、間違ってるよね」
勿忘草は、少年の手に残る美しい烏羽の主に想いを馳せるように目を細めると、今度は少年の頬の傷を覗きながら続ける。
「今回はあの図体の割に、烏ばかりを狙うどこか様子のおかしい落画鬼だったけど、普通はまず真っ先に襲われるのは人間だからね。それこそ、公安に肩入れしはじめたら、キミはもっと残虐な光景を目にすることになる」
勿忘草はさらに顔を近づけ、囁くように言い添える。
「もちろん、キミ自身もっともっと危険に晒される」
「わかってる」
少年は、目の前の顔を押し退けるように羽根を渡すと、頬の傷を伝う血を拭う。すると不思議なことに、頬にはかすり傷ひとつはじめからなかったかのように、跡形もなく消えていた。
少年はそれを確認することもなく、今度こそ歩き出す。
年相応とは言い難い、強かに光る鋭い視線をフードの奥に隠したまま。
勿忘草はその姿を見送りながらも、消失しつつある落画鬼の状態を確認しようと近づき、そしてすぐに飛び跳ねるような声で、少年を引き留めた。
「げ、ショウくん。ちょっとまだこの子、消しゴムかけ足りないよ!」
勿忘草が千手観音の如くしきりに指差す先で、消失しつつあると思われた液体の一部が、生き物と同じ脈を打ちはじめ、再び形作ろうとしていた。
「あんたがやっとけ」
動揺するような素振りを見せる勿忘草に対し、一見なんの変哲もない消しゴムを投げつけるショウ。
「ちょっとちょっとぉ、その言い方よ~! 年上に対する頼み方じゃないよねっ!?」
この男の食えない部分はこうしてへらへらしつつも、わざと男の掴みにくい位置へ飛ばした消しゴムを一切の無駄がない動きで、しっかりと捉えるところである。
「いつもと変わらないだろ。俺は眠いんだ」
先ほどまでのわざとらしい動揺はどこへやら、「確かにそうだよね」と、子供の方便を少しも疑わず、ぽんと手を叩いては納得してしまうちょろい男・勿忘草。
「ショウくんまだ中学生だもんね! それなのに夜な夜な駆り出されているこの現状は、青少年保護育成条例の観点からすると非常にまずい! 大問題だ!」
ショウは歩みを止めずに、意識だけはそっと勿忘草に集中していた。
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