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第五部 第二章 戦乙女の真意を知るまで

105話 悲鳴を聴く許しに酔えば①

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 死者の国の主、ヘルゲと黒馬のグラムは一歩も引かずに対峙していた。

 グラムから女性の声が聞こえてくるたびに青ユリの琥珀アンバーがわずかに光る。


『動脈の力を引き受けるのは人の強い感情です。激情はときに厄災を招きますが、進化を呼び起こす力も持っている。怒りや憎悪もまた愛情の一部です。その人の全てを受け入れ、包み込む強さが戦乙女ヴァルキリーの力』

 グラム―――ブリュンヒルデの声はどこまでも涼やかだったが、不思議な力強さに満ちていた。

「この2人に儀式が可能だというの? 守り人さえ見たことがないっていう神事だよ」

『さあ、それは分かりません。人は弱く、すぐに道を踏み外しますから。―――けれど“変化”を愛するのはまさに今を生きる人間でなければ不可能なこと。罪もない命を強制的に犠牲にして成り立つ楽園に閉じこもっていては何千何万年過ぎたとしても答えは見えないままでしょう』

「………」

 眉を寄せたヘルゲは片手を大きく上げる。

 シグルズは警戒したが、ヘルゲに攻撃の意思はなさそうだった。
 
 しばらくすると、巨塔グニパヘリルの上階から軽やかに女性2人が祭壇の間に飛び降りてきた。体の重さを感じさせない所作でふわりと着地する。

 一人は白いロングチュニックと銀色の長い髪。目はシグルズと同じ灰色だった。
 もう一人は服装は同じだが銀の髪は短く、目の色は水色。

 バルト護民長官の部屋に現れ、ヘルマンを変異させたヘルゲの遣いと酷似している。


「ワルキューレ……か?」

 シグルズが問うと、2人の巫女は同時に跪いた。

「ワルキューレのオルトリンデと申します」
「同じく、ジークルーネと申します」

 ヘルゲが短く説明を継ぐ。

「ワルキューレは、エインヘリヤルを支える養分となる変異体を作り出す巫女だ。20人ほどいる彼女らが生贄と儀式を行い、それを大地の恵みへと変換させている」

 オルトリンデはシグルズよりも年長、ジークルーネは少女のような見た目だったが、ヘルゲのことを考えれば実際の年齢は不明だ。
 いずれも可憐でおとなしそうな顔をしているが、もともとは人間だったその命を国を支えるためとはいえ供物に変えてしまう行為に加担しているのだから思考や価値観はシグルズたちとは異なるのだろう。


『ワルキューレを呼び出して何をするつもりですか、ヘルゲ』

 ブリュンヒルデがわずかに声を低くして威嚇する。ヘルゲはそちらを向いて肩をすくめた。

「何もしない。いったん停戦だ。―――オルトリンデとジークルーネはそこの2人を上階の客室へ案内しろ。食事と湯の準備も」
「承知いたしました」

 ヘルゲの指示に対し、巫女たちは即座に反応した。

「……明日、また話をする。それまでは体を休めていろ」

 ヘルゲはそう言うとグニパヘリルの外へと出て行った。ステファンが続き、まだ命のある神官数名が後をついて行く。
 台座の上のベックメッサ―は、動くことはなかった。


 ◇


 シグルズとネフィリムは、螺旋の石畳を3階分上がったところにある部屋に案内された。

「ここはエインヘリヤルに巡礼で訪れた来客用の部屋になります。広くはありませんが睡眠を取ることができ、湯浴みも可能です。お2人は明日までここでお休みください」

 オルトリンデがそう話すと、

「食事は下の階の食堂に準備します。日が落ちて部屋の前のランプが灯った頃に来てください」

 ジークルーネが後を続けた。

 シグルズが頷きながら、腕の中のネフィリムを見る。まずは彼を湯で清め、新しい服を着せてやりたかった。

 グラムは部屋に入ろうとはせず――実際、グラムの体の大きさでは部屋に入ることは難しかったが―――廊下の前で足を延ばして座り込んだ。
 シグルズとネフィリムに危害を加えそうな存在が入り込まないように見張るつもりだ。

 ニーベルンゲンでヴィテゲが亡くなったとき、シグルズは憔悴して睡眠も食事も取ることができなかった。あのときもグラムはこうして部屋の前にいてくれた。
 その正体がブリュンヒルデの変異した姿だったと知って驚きはしたが、やはりグラムはグラムなのだ。騎士にとって一心同体の騎馬であり、シグルズにとって安心できる相棒であることに変わりはない。


「案内、ありがとう。部屋は使わせてもらうよ」

 シグルズがオルトリンデとジークルーネに礼を言う。2人とも特段表情を変えずにいたが、ふとジークルーネが口を開いた。

「あの、」
「ん?」
「姉さまたちとお話することは可能ですか」

 ジークルーネの問いかけに、シグルズは面食らった。

 
 姉さまたち?
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