上 下
190 / 265
第四部 第五章 攻防戦終結まで

95話 バナヘイム攻防戦① 開戦(2)

しおりを挟む

 ◇



「じゃ、もう一度簡単に作戦概要を説明するね」

 コロンナが再び地図に向き直る。








「バナヘイム軍の主力は長距離攻撃、すなわち後方部隊だ。この全権指揮はラインマル、君だね。頼んだよ」

「御意!!!全身全霊、祖国のために使命を全ういたします!!!」
「君も顔に似合わず声が大きいタイプだね。もう少し声のトーン落としてくれる?」

 コロンナは少しだけしんどそうな顔をした。王子様のように整ったラインマルの表情がさみしそうに俯いた。

小型砲ハンド・カノン、ライフル銃は従前通りだが、今回、武器商プラーテン家と同盟の協力により、ニーベルンゲンがグルヴェイグの武器商に調達を依頼していた特殊槍のサリッサ(長槍)を大量に入手することができた。
 サリッサはかなりの腕力を必要とするが、戦力のある兵士が用いれば今回の対変異体攻撃のかなめにもなる。
 この部隊の指揮を、フリック中将とサヴァリッシュ大佐に任せる」

 フリックとサヴァリッシュが勢いよく敬礼した。

 シグルズの横にいたトールは「貸しは高くつくからなククク」と悪い笑みを浮かべている。

 本来、サリッサはニーベルンゲン軍が対カドモス用にグルヴェイグに依頼していたものだったのだ。
 ちょうど納品時期が重なったのでトールの提案でバナヘイム軍に貸し付けることになったのだが、宰相はすでに賃貸料で明るい見通しを立てているらしい。

 コロンナの話は続く。

「変異体を攻撃している間、敵の正規軍である聖白騎士団が“黒の渓谷”にかかった大陸橋を渡って攻めてくるだろう。が、正直言ってこいつらを相手にしている暇はない。
 突出したバナヘイム騎馬隊で橋を封鎖して、正規軍全軍をその場で殲滅する。出てきたところをそのまま叩く。
 その間、近くの変異体にどう対処するのかが問題だが、ここで出てくるのが――戦乙女ヴァルキリーのネフィリム殿とベックメッサ―議員、そして、それを守護するシグルズ君だ」



 戦乙女ヴァルキリーであるネフィリムを囮にする作戦。
 当初聞いたときは強く反対したが、ネフィリムの決意は硬かった。


『私のせいで今回の戦争が始まったようなものだ。なんとしても役に立ちたいんだ』


 彼の気持ちは痛いほど分かったので、最終的にはシグルズも条件付きで了承した。


『ただし2つだけ約束してほしい。俺に君を守らせてくれること。そして、囮になるのは大陸橋手前、バナヘイムの領土までだ。……そこまで進んだら必ず引き返すこと』

 ネフィリムは黒い瞳にシグルズを映した。頷く。

『分かった。約束する。ありがとう、シグルズ』




「騎馬隊の中に、ネフィリム殿およびベックメッサ―議員を守る分隊を紛れ込ませる。おそらく大陸橋付近にはヘルゲの放った巫女がいるはずで、巫女は戦乙女ヴァルキリーの存在を知覚することができる。
 戦乙女ヴァルキリーを“差し出した”状態になったとき、ヘルゲが攻撃を止めるのか、逆に変異体を仕掛けてくるのかは分からない。ただ、前者ならその隙をついて騎馬隊に橋を渡らせるし、後者ならば突出した戦乙女ヴァルキリーの力を借り、前進していた槍部隊が総攻撃をかける」


 確かにネフィリムにとっては危険な状況に飛び込むことにはなるが、自分が彼の騎士として全ての敵をなぎ倒してしまえば問題はないのだ。

 その気になったらシグルズ自身が変異体を切ってしまえばいい。




「じゃあ、作戦会議はおしまい。善は急げというからね。今からさっそく各自持ち場に向かって頂戴。軍の配備とグルヴェイグの船が着岸次第、開戦の合図を出すからね」


 一世一代の大勝負が始まるとは思えない軽さで、コロンナの説明は終わった。


 軍人たちの表情はみな一様に硬い。
 おそらくここまで大きな戦争を初めて経験するのだろう。それでも、ラインマル大将やフリック中将など一風変わった面々は鏡で髪の毛を整えたり特殊なステップを踊り続けたりしていた。





「シグルズ君」

 部屋を出るときに背中に声をかけられた。
 声の主はコロンナ。一緒にバルトも近づいてくる。

「体は大丈夫かい」
「コロンナ先生……その、」

 コロンナは寂しそうに笑いながら首を振った。

「こういう立場になってしまったからね。君が戦うことを止めはしないよ。ただね……」

 ネフィリムは部屋の隅でベックメッサ―議員と話をしている。
 コロンナはそんなネフィリムの姿に視線を向けた後で、深い息とともに言葉を吐き出す。


「私はバナヘイムの命運を握る立場になってしまったから余計はことは言えないんだけれどね。それでも、シグルズ君とネフィリム君には……この戦いの最中に2人だけで逃げ出してほしいと思ったりするよ」
「え?」

 司令官である立場の男に予想外のことを言われてシグルズは面食らった。
 横で聞くバルトは何か小言でも言うのかと思ったが、彼は眉間の皺の数を維持したままで何も言わなかった。


「この男は頑固だから君にもゲオルグにも何も言わないんだがね、多分、私と同じことを思っているよ」


 コロンナはそういって槍の柄でがしがしとバルトの背中を叩く。バルトが「先生、痛いです」と小さく呻いた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

尻で卵育てて産む

BL / 連載中 24h.ポイント:1,428pt お気に入り:8

冷徹上司の、甘い秘密。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:568pt お気に入り:340

【R18】『性処理課』に配属なんて聞いてません【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:532pt お気に入り:545

間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,414pt お気に入り:310

single tear drop

BL / 連載中 24h.ポイント:184pt お気に入り:464

落ちこぼれ聖女と、眠れない伯爵。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,466pt お気に入り:468

処理中です...