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第四部 第三章 民意が悲劇を生むまで
87話 バナヘイム議会①
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読むと疲れそうな話が続くので薄目で読んでいただいて大丈夫です。
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バナヘイム連邦中央会議場の本会議場では、60人ほどの護民官と90人ほどの参事会員が狭い椅子に座って議場中心部に立つ軍人を見つめていた。
議員たちの目に晒されるもっとも低い位置にある中央の円底には、バナヘイム軍の最高司令官が青の軍服を纏って敬礼している。
彼は今日、”要塞の奇跡”の事実確認のため証人として議会に呼ばれていた。
「一昨日発生したラヴィーン要塞におけるわが軍とエインヘリヤル軍の攻防の概要を説明する」
議場に響くのは、名実ともにこの国の守護者であるタンホイザー元帥の声。
「両国国境線となっている黒の渓谷の人道橋中央部をエインヘリヤル正規軍が越境したのが茜の時刻2つ目(午後4時)。数は聖白騎士団所属の1000。うち騎馬隊が400、歩兵が600。
そして、四つ足歩行の動物に似た有翼の生物、犬型の飛行体が1体」
飛行体という言葉に会場の議員らがわずかにざわつく。
無理もない。
飛行体が出現するたび、バナヘイム軍の多くの兵が殺されてきた。
「わが軍は前衛500、後衛1000の計1500にて出撃を命じた。総司令官はヘルマン・フォン・オフターディンゲン大将。後方参謀はエリーザベド・クリュイタンス中将。
過去の戦果報告の通りエインヘリヤルの聖白騎士団はそれほど問題ではなく、早急に対応しなければならないのは飛行体のほうだと判断し、長距離攻撃に有利な後衛の小型砲、ライフル銃の割合を厚くした」
タンホイザーの判断は的確だ。バルトを含め、誰も異論を挟む余地はなかった。
元帥は目を細めて議場を見回し、質問や糾弾の声がないと分かると報告を続けた。
「開戦時刻は茜の時刻4つ目(午後6時)。黒の渓谷南東側、ラヴィーン要塞の真東側に広がる乾燥地帯の平原にて両軍は衝突した。
バナヘイム軍は敵側騎士団の前衛を叩き足止めをした後、上空の飛行体に集中射撃を行い全て命中。また、弱点である心臓部位の場所を割り出し騎馬槍部隊が狙い撃ちし、こちらに損害なく飛行体を退治することができた。
その後わが部隊は残った敵軍を―――」
肝心な部分の説明はあまりにもあっさりと終わった。
とはいえタンホイザーの解説は通常時であれば十分すぎる情報量で、不足した点があったわけではない。
事態そのものが異常だっただけで。
「待った! そのバケモノはこれまで散々我が国に被害をもたらしてきたんだろう!? 何故今回に限ってそんな簡単に倒すことができたんだ?」
タンホイザーのいる最下層から約10段ほど上。南部出身の参事会員が手を挙げていた。
「これまでの戦い方が間違っていたということか!?」
「一説には他国の巫女が従軍していたと言われているが真か」
別の議員からも声が上がる。
タンホイザーは特段表情を変えなかった。質問を予想していたのだろう。
証人机にいるタンホイザーはチラリとこちらを見た。
護民長官の札が置かれているバルトの席は議会場一段目、つまり円底にある。
バルトの目と鼻の先に殊勝な表情で証人を務めている元帥がいるわけだ。
相変わらず眉間に皺を集めていたバルトは彼の視線に気付くと、小さく頷いた。
150人の議員の中にどれほどエインヘリヤルの息のかかった人間がいるのかなど知る由もない。
それに、例え息がかかっていなくても、エインヘリヤルとの和平がバナヘイムに利益をもたらすと信じる者もいる。
『俺は軍人。お前は政治家。俺にできるのは戦うことだけ。難しいことを考えるのはバルトに任せる』
白髪の元帥は常日頃から冗談めかした口調でそう言う。
どの情報をどこまで出すか。
議会は情報戦の舞台でもある。
タンホイザーは再び話し始めた。
「バナヘイム軍の後衛には、南方の国家ニーベルンゲンの戦乙女が参加していた。ニーベルンゲンはエインヘリヤルの巫女ワルキューレが興した国であり、彼女はエインヘリヤルの飛行体――通称 ”変異体”に対処できる唯一の人間だからだ」
議場がさらにざわつく。
バルトはその際、幾人かの表情を観察していた。
「彼女の指示通り、前衛部隊を足止めした後に小型砲を飛行体に砲撃し、ほぼ全てが命中した。さらに激昂した飛行体が接近したタイミングでライフル銃を一斉射撃。これも効果があり、飛行体の動きが緩くなったところを心臓部位を狙って騎馬隊が攻撃した。
飛行体は完全に動きを停止し、その場で地面に墜落した。死体を回収しようと思ったのだが、なぜか死体が黒い粒子となって地面の中に埋もれていってしまった。――状況としては以上だ」
「つまり、戦乙女の指示通りに攻撃したところ、全て飛行体に当たったと?」
「そうだ。これまではバナヘイム軍の長距離攻撃はほとんどが飛行体の皮膚に弾き返されていた。だが今回に限り全ての攻撃が有効だった」
「そんなことがあり得るのか? タンホイザー元帥」
「本音を言ってしまえば信じられないが、俺もヘルマン大将もその目で見た。それが戦乙女の神通力だと言うのなら、そうなのだと思うしかない」
タンホイザーの人望は厚い。議員、特に護民官にはタンホイザーに協力的なものも多いが、さすがに神通力となると戸惑う声も多かった。
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バナヘイム連邦中央会議場の本会議場では、60人ほどの護民官と90人ほどの参事会員が狭い椅子に座って議場中心部に立つ軍人を見つめていた。
議員たちの目に晒されるもっとも低い位置にある中央の円底には、バナヘイム軍の最高司令官が青の軍服を纏って敬礼している。
彼は今日、”要塞の奇跡”の事実確認のため証人として議会に呼ばれていた。
「一昨日発生したラヴィーン要塞におけるわが軍とエインヘリヤル軍の攻防の概要を説明する」
議場に響くのは、名実ともにこの国の守護者であるタンホイザー元帥の声。
「両国国境線となっている黒の渓谷の人道橋中央部をエインヘリヤル正規軍が越境したのが茜の時刻2つ目(午後4時)。数は聖白騎士団所属の1000。うち騎馬隊が400、歩兵が600。
そして、四つ足歩行の動物に似た有翼の生物、犬型の飛行体が1体」
飛行体という言葉に会場の議員らがわずかにざわつく。
無理もない。
飛行体が出現するたび、バナヘイム軍の多くの兵が殺されてきた。
「わが軍は前衛500、後衛1000の計1500にて出撃を命じた。総司令官はヘルマン・フォン・オフターディンゲン大将。後方参謀はエリーザベド・クリュイタンス中将。
過去の戦果報告の通りエインヘリヤルの聖白騎士団はそれほど問題ではなく、早急に対応しなければならないのは飛行体のほうだと判断し、長距離攻撃に有利な後衛の小型砲、ライフル銃の割合を厚くした」
タンホイザーの判断は的確だ。バルトを含め、誰も異論を挟む余地はなかった。
元帥は目を細めて議場を見回し、質問や糾弾の声がないと分かると報告を続けた。
「開戦時刻は茜の時刻4つ目(午後6時)。黒の渓谷南東側、ラヴィーン要塞の真東側に広がる乾燥地帯の平原にて両軍は衝突した。
バナヘイム軍は敵側騎士団の前衛を叩き足止めをした後、上空の飛行体に集中射撃を行い全て命中。また、弱点である心臓部位の場所を割り出し騎馬槍部隊が狙い撃ちし、こちらに損害なく飛行体を退治することができた。
その後わが部隊は残った敵軍を―――」
肝心な部分の説明はあまりにもあっさりと終わった。
とはいえタンホイザーの解説は通常時であれば十分すぎる情報量で、不足した点があったわけではない。
事態そのものが異常だっただけで。
「待った! そのバケモノはこれまで散々我が国に被害をもたらしてきたんだろう!? 何故今回に限ってそんな簡単に倒すことができたんだ?」
タンホイザーのいる最下層から約10段ほど上。南部出身の参事会員が手を挙げていた。
「これまでの戦い方が間違っていたということか!?」
「一説には他国の巫女が従軍していたと言われているが真か」
別の議員からも声が上がる。
タンホイザーは特段表情を変えなかった。質問を予想していたのだろう。
証人机にいるタンホイザーはチラリとこちらを見た。
護民長官の札が置かれているバルトの席は議会場一段目、つまり円底にある。
バルトの目と鼻の先に殊勝な表情で証人を務めている元帥がいるわけだ。
相変わらず眉間に皺を集めていたバルトは彼の視線に気付くと、小さく頷いた。
150人の議員の中にどれほどエインヘリヤルの息のかかった人間がいるのかなど知る由もない。
それに、例え息がかかっていなくても、エインヘリヤルとの和平がバナヘイムに利益をもたらすと信じる者もいる。
『俺は軍人。お前は政治家。俺にできるのは戦うことだけ。難しいことを考えるのはバルトに任せる』
白髪の元帥は常日頃から冗談めかした口調でそう言う。
どの情報をどこまで出すか。
議会は情報戦の舞台でもある。
タンホイザーは再び話し始めた。
「バナヘイム軍の後衛には、南方の国家ニーベルンゲンの戦乙女が参加していた。ニーベルンゲンはエインヘリヤルの巫女ワルキューレが興した国であり、彼女はエインヘリヤルの飛行体――通称 ”変異体”に対処できる唯一の人間だからだ」
議場がさらにざわつく。
バルトはその際、幾人かの表情を観察していた。
「彼女の指示通り、前衛部隊を足止めした後に小型砲を飛行体に砲撃し、ほぼ全てが命中した。さらに激昂した飛行体が接近したタイミングでライフル銃を一斉射撃。これも効果があり、飛行体の動きが緩くなったところを心臓部位を狙って騎馬隊が攻撃した。
飛行体は完全に動きを停止し、その場で地面に墜落した。死体を回収しようと思ったのだが、なぜか死体が黒い粒子となって地面の中に埋もれていってしまった。――状況としては以上だ」
「つまり、戦乙女の指示通りに攻撃したところ、全て飛行体に当たったと?」
「そうだ。これまではバナヘイム軍の長距離攻撃はほとんどが飛行体の皮膚に弾き返されていた。だが今回に限り全ての攻撃が有効だった」
「そんなことがあり得るのか? タンホイザー元帥」
「本音を言ってしまえば信じられないが、俺もヘルマン大将もその目で見た。それが戦乙女の神通力だと言うのなら、そうなのだと思うしかない」
タンホイザーの人望は厚い。議員、特に護民官にはタンホイザーに協力的なものも多いが、さすがに神通力となると戸惑う声も多かった。
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