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第三部 第三章 グルヴェイグ暴動
68話 汚い世界で唯一の光だった②
しおりを挟む『―――イ―――イダイイイ―――イモウ――――――イダイイイイイイイイイイイ―――イ―ダダ―――――』
ラインの兵器が金属音とともに断片的な声を漏らす。
上下左右に不可解な動きをしていたが、黒い足の部分をガチガチと動かしながらフイーっと北東の方角へと飛んでいく。
そちらはまだ暴動の止んでいない地域だった。
「待って!いかないで!!」
イゾルデがようやく立ち上がり、“折れた傘”を追いかける。
「やめろ!行くなイゾルデ」
『イダイイだダイイダイイダイイイ゛イ゛イ゛イ゛イイイイイイ゛イイイイイイイイパパパぱパパパパパパンンンんンンンンンンンンイモウイモモモモモモモモモもモもモモモモモサムイサムイサムイサムイサムイサムイ寒いよサムイイイイ゛イイイイイイイイイイ゛イイイイイイイイイイイイコロスコロスススススススススオナカスイタススススイたタタタタタタコワイコワイコワイコワイコワイコワイヨここガガッガガガガがががガガガアガガガガガピーーーー~~ーーーーーーーーーーーーーー~ーーーーーーー』
奇声を上げながら飛び続けた“傘”はその場でピタリと止まる。
子どものような声も止まった。
と、黒く尖った3本の先端から、光の雨が拡散しながら降り注ぐ。
光の線は3本から枝分かれし、6本、9本……と徐々に増え、しまいには目では追えないほどの光の帯になった。
純粋に見ればその光景は美しかった。
神々しく、目に映った光は夜空を彩る天幕のようでもあった。
光は貧富の差も身分の差も慮ることなく、分け隔てなく全てのものに注ぐ。
人間、建物、木々や花壇の花、資本家の飼う動物たち。
暴動を起こしたスラムの貧民も、義憤に駆られて資本家の横暴を挫こうとした若者も、カルロスフェルトの傭兵も、資本家たちもその家族も。
光線に貫かれた生き物は、まるで鋭利な刃物で刺されたように血が吹き出し、
光線に貫かれた建物や草木は、真っ黒になってボロボロと崩れていった。
富裕層への怒りから起きた暴動は、ただの虐殺に変わりつつあった。
「これが……あなたが望んだことなの」
イゾルデは真っ赤に染まった遺体と黒く焦げた瓦礫の中で立ち尽くす。
「グルヴェイグの人たちを殺してまで自分たちだけが助かればいいと……こんなことをあなたは望んだのですか!? トリスタン!」
トリスタンは、光線からイゾルデを守るように彼女を抱きしめていた。
「離して、トリスタン! 離しなさい!!」
イゾルデに駆け寄る際に、彼の足と右胸が撃たれていた。かなりの出血がある。おそらくもう歩くことはできない。
「違う。俺はこんなことは望んでいなかった」
「トリスタン! 離して! もう喋らないで!!」
「でも、」
「トリスタン!!!」
「俺は後悔しない」
トリスタンはイゾルデの頬を親指と中指で優しくなぞった。なぞった痕には血の線が引かれた。
「この世の誰よりも美しい顔。凪いでいるにも関わらず、激情を秘めた強い輝きを持つ瞳。そして……決して手折られることのない、気高い心」
トリスタンの手の動きは止まらなかった。
イゾルデの顔の造形をこの瞬間に全て覚えてしまおうという意図さえ感じるほど、執拗になぞった。
「武器商として生まれた俺にとって、常に世界はどす黒くて汚いものだった。金を稼ぐことや弱い者をしいたげることしか考えていない人間ども。死が蔓延る戦争ばかり繰り返す愚かな国家。そんな世界で唯一、君だけが俺の光だった」
黒い帽子が落ちて、流れるワインレッドの髪がイゾルデの頬をくすぐる。
トリスタンから仕掛けられたキスはすぐに離れていった。
「陳腐だけど、生きている間に一度くらいは言葉にしたかった。
――イゾルデ・カロルスフェルト。君を愛している」
「トリスタン、何を」
生きている間、などと不吉なことを言わないで。
「俺は全ての責任から逃げない。君への感情からも逃げることはしない。生きていても死んでいても、落とし前はつける」
それが、この世界でもっとも高潔な女性を愛した人間の矜持。
「お待ちなさい、トリスタン、何を」
「どうせ長く生きる体ではなかった。ならば俺は、たった一人の女性のためにこの身を捧げよう」
トリスタンは自分の懐から拳銃を取り出すと、こめかみに当てた。
そして、
「ラインの乙女たちよ! 黄金はここにあるぞ!!」
叫ぶとともに、拳銃の引き金が引かれた。
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