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第三部 第二章 お見合い騒動決着まで
64話 「好きだよ、ネフィリム」②
しおりを挟む夜市を堪能した2人は、港近くの花壇塀に腰を下ろした。シグルズは温かい葡萄酒を、ネフィリムはカカオ飲料を飲んでいた。
「なんとも不思議な味だ。香辛料で甘さを出しているのか」
ネフィリムは初めて飲むチョコレートに興奮していた。シグルズは苦笑しながらその様子を見守っている。
「今は趣向品だが、当初は医薬品として取引されていたらしい。チョコレートという名は聞いたことはあるが見たのは初めてだ。さすがグルヴェイグだな」
灯台の灯りが夜空の向こうを照らす。
遮るもののない港には、海上から肌を刺す冷風が乗り込んでくる。
「ネフィル」
シグルズに名を呼ばれて見やれば、こちらに向かって手を広げている。「もっと近くへ来い」ということだろう。
どうしても恥ずかしさが勝ってしまうのがネフィリムの性分だ。
だが、先ほどのこともあり、またシグルズと夜市を楽しめたこともあり、気分はこれ以上なく良かった。
両手でカカオ飲料のカップを持ちながら、シグルズの隣に移動した。ネフィリムの腰に手が回される。
シグルズはとても嬉しそうな顔をしてネフィリムを見ていた。
至近距離で見る彫刻のように整った顔はそれだけでも刺激が強い。
だが、表情が明らかに幸せに満ちていて、しかもその理由がおそらく――いやほぼ確実に――自分にあると思うだけで目が潰れそうだった。
「俺は、君への思いは騎士として主を大切に思うがゆえのものだと考えていた。だからイゾルデとの結婚も、それによって君が守られれば構わないと思っていたんだ」
「それは私にも分かっていた。別にシグルズの選択は間違っていない。どちらかと言えば……私の心の狭さが招いたことだ。むしろ謝るのは私のほうだった」
シグルズはクスと笑うと、ネフィリムの口の端をペロリと舐めた。
「ぎょえっ!?」
「チョコレートがついていた」
いたずらっぽい顔でウインクする。「美味い」と呟かれてネフィリムは呼吸困難に陥りそうだった。
「ふふ、照れるネフィルはかわいいな」
シグルズの指が髪に触れる。彼の大きな手はネフィリムの後頭部に回り、切なげに笑うと濡羽色の髪に頬ずりした。
自覚した途端これかーーーーーーーー!!!!!!!
いやこれはいつも通りの気もするーーーーーーーーーーーー!!!!
刺激が強い。そして砂糖の量が多い。ゲロ甘である。もちろんホットチョコレートの話ではない。
「好きだ」
生涯、聞くことはないと思っていた言葉が耳に届く。
「好きだよ、ネフィリム」
顔を上げた。
「ああ……、ははは。言葉にすればこんなにも簡単なのにな」
「シグルズ……」
「君をずいぶんと待たせてしまった」
シグルズとネフィリムはお互いの額をくっつけた。
「好き。好きだ。心の底から好きだ、ネフィル」
その真剣な灰色の瞳をこれ以上ない至近距離で見る。ずっと見ていたい。
「いつも君のことを考えている。君が別の男の名を口に乗せるたびに嫉妬する。傍にいないと不安になる。君の笑顔を見ていたい。いつも抱きしめていたい」
「お前は案外重い男だな、シグルズ」
ネフィリムは笑いながら言った。
自惚れでも何でもない。シグルズはネフィリムにぞっこんなのだ。
「そうだ。こんな俺は嫌か」
「ニーベルンゲンで言っただろう? 私はお前から絶対に離れないと」
その弱ささえ愛してしまった自分に、この男から離れる術はない。
「好きだ、ネフィル。性も立場も国も関係ない。君が、好きだ」
「ああ、私も好きだ。性も立場も国も関係なく、あなたが好きだ。シグルズ」
お互いが盛大な告白合戦をすれば、恥ずかしさがこみ上げてくる。
2人して声を上げて笑った。
シグルズが嫌がるから言葉には出さない。
でも、ネフィリムは本当に今なら死んでもいいと思った。
ニーベルンゲンでの地獄のような日々。あの頃の自分には、こんな真摯な言葉をくれる人が現れるだなんて思わなかった。
「今夜も君を愛していいだろうか。その……できるだけ優しくするから」
今度はネフィリムがいたずらを閃いたような表情をした。
シグルズに不意打ちのキスをすると一言。
「知っているだろ? 私は激しいほうが好みだ」
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