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第三部 第二章 お見合い騒動決着まで
62話 ラインの兵器 ≪ライン・デバイス≫①
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トリスタンとネフィリム、ミモザを乗せた馬車はゴットフリートの街を通り抜け、港の倉庫群区域へと出た。
港の一部を埋め立てて拡張してあるエリア。その上に建つ灰色の建物。
窓のない長方形の建物の上部には煙突が立っており、倉庫であるとともに何かを作り出す工場の機能があることが察せられた。
長方形の二階部分へと繋がる桟橋がかけられている。馬車はその手前で停まった。
「物資保存と工廠(兵器工場)を兼ねた次世代型の製造拠点です。取引先とプラーテン以外の人間が入るのは今日が初めてです」
トリスタンはチラリとネフィリムを見る。
「とは言っても、あなたも広い意味で言えば顧客ですがね。ネフィリム殿」
どういう意味だ、と問おうとしたが、トリスタンは足早に桟橋へと向かう。海風で彼の黒い外套がたなびく。
「こちらへ。警備が厳重なため、私から離れると射殺される恐れがあります」
ネフィリムとミモザは顔を見合わせた。
とんでもないところに来たという確信があった。
その拠点に入った瞬間、ネフィリムの目が眩む。
人の目には痛いほどの白光が広い拠点をくまなく照らし出している。
「この光はなんだ…!? ランプやガスではないのか」
「デンキです」
「デンキ……?」
「私も仕組みはよく分かっていません。ニブルヘイムの技術協力によるものです」
トリスタンに付き添っていた傭兵は入口のところで待機していて、工場の中には決して入ってこなかった。
階下では黒い床が自動的に動いていた。その上をさまざまな武器が流れていく。
自動的に動く床は川のように細長く、5筋ほどが同じ方向へと武器を流す。壁際にたどり着いた武器はまた別の部屋へと消えていった。
デンキ、動く床、奥に積まれた大量の武器。見たことのない形状のものばかり。ネフィリムは目が回りそうだった。
「―――あまりにも世界が違いすぎる。これが、ニブルヘイムの技術……?」
「彼らは“失われた遺産”だと言っていました。いずれにせよ、こういう技術を持つ国が同じ大陸にあるのです。敵対するより協力するほうが建設的でしょう」
渡り廊下の欄干に手を添えたトリスタンの声は冷静だった。
抜きんでた技術を持つ国と戦っても勝てるわけがない。となれば戦うよりも手を携えるほうが利口だ、と。
それはその通りだ。だが、一方で。
「危険な取引だとも言えないか? プラーテンはそんな素性の知れない国と取引することを是とするのか」
ネフィリムが問えば、トリスタンは頷いた。だがすぐに「プラーテンというよりは、私個人と言ったほうが正確です」と言葉を正した。
「プラーテンはもともと、スルトとニブルヘイム以外の国とは取引がありました。……ニーベルンゲンが加わったのは最近のことですけどね」
「―――兄上か」
「ええ。トール宰相から槍や弓、そして新型の銃器、さらには薬物兵器の納品を依頼されています。これだけの注文を貴国から受けるのは初めてです。戦争の準備を始めるつもりなんでしょうね」
戦争を計画するとき。戦争を始めるとき。武器の数や兵力。
情報が必然的にプラーテンに集まってくる。
4大資本家の中でもダントツの権力を誇る理由が分かる会話だった。
「内乱を収束させたばかりのニーベルンゲンにこれだけの武器を発注できる余力はない。となれば支援するのは帝国。帝国からも近々兵器の注文が届くそうなので、二国間で軍事的な協力でも交わしたのでしょう」
彼は薄々分かっているのだ。帝国とニーベルンゲンが軍事同盟を結んだことを。
「そしてこのタイミングで帝国の英雄とニーベルンゲンの戦乙女がグルヴェイグに来た。―――おそらく、グルヴェイグにも軍事的な協力を得る目的で」
トリスタンという男は常に悲しそうに眉を潜めた表情をしている。
イゾルデと違って顔色も暗い。それは彼の体質なのかと思っていたのだが、それが違うのだと分かった。
この男には武器を通して大陸の争いが全て見えている。
これから始まる戦争も。どこの国で血が流れるのかも。
「シグルズ殿とイズーの政略結婚も、その軍事目的のためではないのですか?」
悲しい光を灯したトリスタンの赤い目がネフィリムに真意を問う。
「逆に問うが、あなたは北東の技術と我々が、本当に共存できると思っているのか」
ネフィリムはあえて質問を返した。それを理解しているかいないかで、こちらの回答内容も変わる。
「―――……。こちらへ」
トリスタンも答えなかった。代わりに、拠点の奥へと歩き出した。
3人は渡り廊下を無言で進んでいく。突き当たりにドアがあった。
ドアに走る不可思議なかたちの溝は赤く光っている。トリスタンが四角いカードをかざすと、光が青に変わってドアが開く。
先ほどまでの部屋が真っ白だったのとは対照的に、そこは狭くて暗かった。緑色の光がわずかなに部屋を照らす。
部屋の真ん中に置いてあったのは3つの黒い箱。
ちょうどネフィリムの背丈ほどある正方形の、箱。
材質からして未知のものだった。つるりとしているが、鉄でも鋼でもない。
表面には凸凹もなく継ぎ目もない。蓋もなければ取っ手もない。
「これは……なんだ」
「分かりません。どうやって動くのかも分からない。ただひとつ言えるのは、この箱が“兵器”だということ」
ネフィリムが問えばトリスタンが答える。彼は、言葉を選んでいる。
トリスタンは3つの箱が置いてある奥の細長い戸棚のひとつをゆっくりと開いた。
「彼らは、これをラインの兵器と呼びました」
港の一部を埋め立てて拡張してあるエリア。その上に建つ灰色の建物。
窓のない長方形の建物の上部には煙突が立っており、倉庫であるとともに何かを作り出す工場の機能があることが察せられた。
長方形の二階部分へと繋がる桟橋がかけられている。馬車はその手前で停まった。
「物資保存と工廠(兵器工場)を兼ねた次世代型の製造拠点です。取引先とプラーテン以外の人間が入るのは今日が初めてです」
トリスタンはチラリとネフィリムを見る。
「とは言っても、あなたも広い意味で言えば顧客ですがね。ネフィリム殿」
どういう意味だ、と問おうとしたが、トリスタンは足早に桟橋へと向かう。海風で彼の黒い外套がたなびく。
「こちらへ。警備が厳重なため、私から離れると射殺される恐れがあります」
ネフィリムとミモザは顔を見合わせた。
とんでもないところに来たという確信があった。
その拠点に入った瞬間、ネフィリムの目が眩む。
人の目には痛いほどの白光が広い拠点をくまなく照らし出している。
「この光はなんだ…!? ランプやガスではないのか」
「デンキです」
「デンキ……?」
「私も仕組みはよく分かっていません。ニブルヘイムの技術協力によるものです」
トリスタンに付き添っていた傭兵は入口のところで待機していて、工場の中には決して入ってこなかった。
階下では黒い床が自動的に動いていた。その上をさまざまな武器が流れていく。
自動的に動く床は川のように細長く、5筋ほどが同じ方向へと武器を流す。壁際にたどり着いた武器はまた別の部屋へと消えていった。
デンキ、動く床、奥に積まれた大量の武器。見たことのない形状のものばかり。ネフィリムは目が回りそうだった。
「―――あまりにも世界が違いすぎる。これが、ニブルヘイムの技術……?」
「彼らは“失われた遺産”だと言っていました。いずれにせよ、こういう技術を持つ国が同じ大陸にあるのです。敵対するより協力するほうが建設的でしょう」
渡り廊下の欄干に手を添えたトリスタンの声は冷静だった。
抜きんでた技術を持つ国と戦っても勝てるわけがない。となれば戦うよりも手を携えるほうが利口だ、と。
それはその通りだ。だが、一方で。
「危険な取引だとも言えないか? プラーテンはそんな素性の知れない国と取引することを是とするのか」
ネフィリムが問えば、トリスタンは頷いた。だがすぐに「プラーテンというよりは、私個人と言ったほうが正確です」と言葉を正した。
「プラーテンはもともと、スルトとニブルヘイム以外の国とは取引がありました。……ニーベルンゲンが加わったのは最近のことですけどね」
「―――兄上か」
「ええ。トール宰相から槍や弓、そして新型の銃器、さらには薬物兵器の納品を依頼されています。これだけの注文を貴国から受けるのは初めてです。戦争の準備を始めるつもりなんでしょうね」
戦争を計画するとき。戦争を始めるとき。武器の数や兵力。
情報が必然的にプラーテンに集まってくる。
4大資本家の中でもダントツの権力を誇る理由が分かる会話だった。
「内乱を収束させたばかりのニーベルンゲンにこれだけの武器を発注できる余力はない。となれば支援するのは帝国。帝国からも近々兵器の注文が届くそうなので、二国間で軍事的な協力でも交わしたのでしょう」
彼は薄々分かっているのだ。帝国とニーベルンゲンが軍事同盟を結んだことを。
「そしてこのタイミングで帝国の英雄とニーベルンゲンの戦乙女がグルヴェイグに来た。―――おそらく、グルヴェイグにも軍事的な協力を得る目的で」
トリスタンという男は常に悲しそうに眉を潜めた表情をしている。
イゾルデと違って顔色も暗い。それは彼の体質なのかと思っていたのだが、それが違うのだと分かった。
この男には武器を通して大陸の争いが全て見えている。
これから始まる戦争も。どこの国で血が流れるのかも。
「シグルズ殿とイズーの政略結婚も、その軍事目的のためではないのですか?」
悲しい光を灯したトリスタンの赤い目がネフィリムに真意を問う。
「逆に問うが、あなたは北東の技術と我々が、本当に共存できると思っているのか」
ネフィリムはあえて質問を返した。それを理解しているかいないかで、こちらの回答内容も変わる。
「―――……。こちらへ」
トリスタンも答えなかった。代わりに、拠点の奥へと歩き出した。
3人は渡り廊下を無言で進んでいく。突き当たりにドアがあった。
ドアに走る不可思議なかたちの溝は赤く光っている。トリスタンが四角いカードをかざすと、光が青に変わってドアが開く。
先ほどまでの部屋が真っ白だったのとは対照的に、そこは狭くて暗かった。緑色の光がわずかなに部屋を照らす。
部屋の真ん中に置いてあったのは3つの黒い箱。
ちょうどネフィリムの背丈ほどある正方形の、箱。
材質からして未知のものだった。つるりとしているが、鉄でも鋼でもない。
表面には凸凹もなく継ぎ目もない。蓋もなければ取っ手もない。
「これは……なんだ」
「分かりません。どうやって動くのかも分からない。ただひとつ言えるのは、この箱が“兵器”だということ」
ネフィリムが問えばトリスタンが答える。彼は、言葉を選んでいる。
トリスタンは3つの箱が置いてある奥の細長い戸棚のひとつをゆっくりと開いた。
「彼らは、これをラインの兵器と呼びました」
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