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第三部 第二章 お見合い騒動決着まで
58話 トリスタンという男①
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山に囲まれているニーベルンゲンで暮らすネフィリムにとって、潮風薫る港町は新鮮な驚きに満ちている。
遠くに聞こえる汽笛の音。海鳥の姿。そして街中には―――たくさんの露店。
青い魚や金色に輝く巨大な魚が積まれる魚問屋。宝石を器用に細工したアクセサリーの店や異国情緒漂う絨毯やカーテンを取り扱う店。
「すごいな、グルヴェイグは」
「世界の品物は全てグルヴェイグに集まる、とも言われます。全ての店を見て回ろうとすると1週間では足りないかもしれませんね」
楽しそうに説明するミモザ。メイドはネフィリムの後ろにピッタリとくっついている。
「ネフィリム様。露店が多い地域はスリや窃盗団がいる可能性がありますので気を抜かないようにしてくださいね。私も注意はしておりますけども」
「ああ、分かった」
「それとグルヴェイグは貧富の差が非常に大きく、スラムのほうへ行くと子どもが刃物を持って脅してくることもあります。このあたりはまだ大丈夫ですが行かれる場所にはお気をつけて」
「―――子どもが? そんなに治安が悪いのか」
ニーベルンゲンはグルヴェイグに比べれば各段に貧しい国だが、飢饉時などを除けば基本的にみんなが食べていける程度の食糧はある。人口が少ないのも幸いしている。
だから、子どもが他者から金品を奪うような事態は聞いたことがない。
「ここは金が価値を決める国です。金がなければ生きることも許されません。だから親も自分が生きるために子を売ります。例えば、私のように」
ミモザは笑顔で自分の顔を指さした。
「子どものころは名前すらなく番号で呼ばれていました。そういう国なのです、ここは」
「……すまない、その……不快な話をさせてしまって」
「いいんですよ~! 私の帰る家はヴェルスング家です。シグルズ様に仕えることができてとても幸せですし、昔のことはあまり気にしておりません」
金と引き換えに暗殺を生業とする集団に売られた過去はそんなに軽いものではないはず。
それでもミモザは、ネフィリムがヴェルスング家に来た当初からいつも笑顔を絶やさず接してくれた。
そういう自分はどうだろう。
母親に性を否定されて「役立たず」という烙印を押され。
結果的にさまざまな男に犯されて汚れた。
シグルズに助けてもらわなければ、自分の愚かさと自国の民を救えなかった苦しさで自害していた可能性もある。
そうして今は、シグルズに持ちかけられた例の件で動揺している自分がいる。
思えば、シグルズがどこかの女性と結婚するのは当たり前のことだし、シグルズの自由意志だ。
例え騎士の誓約を交わしていたとしても、自分の騎士の結婚を制約する権利は私にはない。
それに彼は「同盟締結が有利に進めば」と言っていた。純粋に婚姻をしたいというわけではなく、あくまでも同盟交渉の道具として使おうとしている。
だからシグルズの行動は一切間違っていない。
分かっている。
分かっているからこそ、
この感情をどうすればいいのかが分からない。
遠くに聞こえる汽笛の音。海鳥の姿。そして街中には―――たくさんの露店。
青い魚や金色に輝く巨大な魚が積まれる魚問屋。宝石を器用に細工したアクセサリーの店や異国情緒漂う絨毯やカーテンを取り扱う店。
「すごいな、グルヴェイグは」
「世界の品物は全てグルヴェイグに集まる、とも言われます。全ての店を見て回ろうとすると1週間では足りないかもしれませんね」
楽しそうに説明するミモザ。メイドはネフィリムの後ろにピッタリとくっついている。
「ネフィリム様。露店が多い地域はスリや窃盗団がいる可能性がありますので気を抜かないようにしてくださいね。私も注意はしておりますけども」
「ああ、分かった」
「それとグルヴェイグは貧富の差が非常に大きく、スラムのほうへ行くと子どもが刃物を持って脅してくることもあります。このあたりはまだ大丈夫ですが行かれる場所にはお気をつけて」
「―――子どもが? そんなに治安が悪いのか」
ニーベルンゲンはグルヴェイグに比べれば各段に貧しい国だが、飢饉時などを除けば基本的にみんなが食べていける程度の食糧はある。人口が少ないのも幸いしている。
だから、子どもが他者から金品を奪うような事態は聞いたことがない。
「ここは金が価値を決める国です。金がなければ生きることも許されません。だから親も自分が生きるために子を売ります。例えば、私のように」
ミモザは笑顔で自分の顔を指さした。
「子どものころは名前すらなく番号で呼ばれていました。そういう国なのです、ここは」
「……すまない、その……不快な話をさせてしまって」
「いいんですよ~! 私の帰る家はヴェルスング家です。シグルズ様に仕えることができてとても幸せですし、昔のことはあまり気にしておりません」
金と引き換えに暗殺を生業とする集団に売られた過去はそんなに軽いものではないはず。
それでもミモザは、ネフィリムがヴェルスング家に来た当初からいつも笑顔を絶やさず接してくれた。
そういう自分はどうだろう。
母親に性を否定されて「役立たず」という烙印を押され。
結果的にさまざまな男に犯されて汚れた。
シグルズに助けてもらわなければ、自分の愚かさと自国の民を救えなかった苦しさで自害していた可能性もある。
そうして今は、シグルズに持ちかけられた例の件で動揺している自分がいる。
思えば、シグルズがどこかの女性と結婚するのは当たり前のことだし、シグルズの自由意志だ。
例え騎士の誓約を交わしていたとしても、自分の騎士の結婚を制約する権利は私にはない。
それに彼は「同盟締結が有利に進めば」と言っていた。純粋に婚姻をしたいというわけではなく、あくまでも同盟交渉の道具として使おうとしている。
だからシグルズの行動は一切間違っていない。
分かっている。
分かっているからこそ、
この感情をどうすればいいのかが分からない。
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