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第二部 第四章 喪って、得るまで

50話 これから②

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 かつてネフィリムは兄トールのことを「自分の唯一の味方だ」と言っていた。
 発言を聞いてなるほど、と思う。弟思いの兄。


「結局軟禁されてしまったが禁書は見つけた。しかし、古代語で書いてあるために俺には一部しか読めていない」

 そういって小さな本を渡された。
 汚れていて、見たこともない文字がびっしりと記してある。

「エインヘリヤル、スルト、ニブルヘイム。おそらくこの北東3国は堕ちた森ギヌ・ガ・カップの真実や変異体のことを知っている。
 そして、ここからは俺の仮説に過ぎないが……スリュムが恐れていたのは、これらの国がいずれ人が変異するメカニズムを利用して戦争を仕掛けてくることだったのではないかと思っている」

 確かに、スリュムが最終的に変異したような化け物が出てくるのであれば普通の人間に勝ち目はないし、殺しても何度も蘇る軍隊などが出てきたらひとたまりもない。



 再生。


 そう、あののように。



「その理屈で言えば、スリュムが戦乙女ヴァルキリーにこだわったのも理解できる。北東3国以外で変異体と呼ばれるのは戦乙女ヴァルキリーだけなのだから」

「だが、君たちの母親は戦乙女ヴァルキリーとしては不完全だったのだろう? であれば、スリュムが最終的に変異したのは何故なんだ」

 トールはわずかに目元を歪める。
 無神経な発言だとは思ったが、知っておくべきだろうと考えあえて質問した。


「あれは………おそらくだが、………母の儀式が成功したからだろう」

 トールとネフィリムの母。先代の戦乙女ヴァルキリー、クリームヒルト。
 死ぬまで儀式を強制されていたという悲劇の女王。


「それは」

「別にここで言葉を濁しても仕方あるまい。そうだ。母の死に際の性交で戦乙女ヴァルキリーの能力が開花したのだ。それがスリュムに適用された。………だがあの儀式というやつも、少し語弊ごへいがある……」

 トールは口を開いたが、首を振って言葉を中断した。

「いや、今は憶測を重ねるのはやめておく。―――それをあなたに預けたい。ぶしつけな依頼で恐縮だが、これを翻訳できる人間がいれば頼んでもらえないだろうか。俺は当面この国を離れられない。知識と歴史を重ねる帝国であれば、まだ可能性があるだろう」

 シグルズは改めて手の上にある禁書を眺めた。

 帝都には大図書館があり、古代語の研究を進めている司書たちもいるという。そこに依頼してみれば可能かもしれない。

「分かった。明日にはここをつつもりだ。帝都に寄った際に頼んでみよう」
「ああ……頼む。それともうひとつ、頼み事が重なってすまないが、」
「うん?」


「アレも、頼む」


 大会堂のほうから走ってくる黒髪の青年が見える。
 どんどん近づいてくる。

 それはもちろん、シグルズが騎士の誓約をした主の存在。

 だが、

「―――……頼む、とは?」
「俺が何を言っても、聞かないんだ」

 トールは寂しそうに告げる。でもその表情は嬉しそうに見えた。


「シグルズ!!」
「ネフィル」
「明日つそうだな。ミモザに聞いたぞ」
「ああ。皇帝に報告もしなければならないし、ヴェルスング家もだいぶ空けてしまったからな。そろそろ……」



「もちろん、私も行くぞ」




 シグルズはネフィリムをじっと見た。



「いや、何を言っている?」

「そのままの意味だ」

「今、戦乙女ヴァルキリーの君がこの国を離れてどうする」

「兄がいる。問題はない」

「いやいや」



「いやいやではない! 決めたのだ、私はお前と離れない」


 迷いのない、きっぱりとした口調。


「諦めろ。騎士が主に逆らってどうする。さあ、帝国に戻るぞ」
「ネフィル」


 横ではトールが大笑いしていた。

「これから大変だな、シグルズ。弟は浮気を許さんと思うぞ」
「え? いや、そういう……?」
「というのは冗談だ。――あいつが俺の言うことを聞かなかったのは初めてなんだ」


 トールが改めてシグルズに向き合う。

 そのときの笑い方を見て、シグルズは初めてこの兄弟が似ていると思った。



「ネフィリムを人間にしてくれてありがとう」

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