86 / 266
第二部 第四章 喪って、得るまで
47話 いかないで①
しおりを挟む
スリュムが倒れた瞬間に、シグルズは床に落ちた長剣を素早く広い、目の前の槍兵に切りかかる。
接近戦で帝国の騎士に敵う兵は多くはない。槍兵が徐々に押され、得物を弾かれてチェインメイルの上から思いきり切り込まれた。
血を吹き出して槍兵が倒れるころ、ベヌウは長剣兵との間合いを詰めていた。
が、トールが再度拳銃を撃ち、弾丸が長剣兵の胸部を貫通した。
「ベヌウ、念のためもう一撃加えておけ」
「トール様……!御意」
宰相トールはわずかに顔がやつれている程度で、大きな怪我はなさそうだった。
本来の主の無事に喜びながら、ベヌウは未だ立ち上がろうとしている長剣兵に最後の一撃を加えた。
「母上!」
ネフィリムがスリュムの腕から逃れ、玉座に横たわっているクリームヒルトに近寄る。
だが、それを強い声で制止したのは兄のトールだった。
「ネフィル、母上には近づくな」
「……兄さん!? どうして」
兄も同じ気持ちだと思っていたネフィリムは半ば驚いた様子で兄を見る。
「スリュムの言っていたことは事実だ。あまりその体を見ないほうがいい。母上も子供たちに見られては屈辱だろう」
「そんな………」
ネフィリムはその場に崩れ落ちる。
母の悲惨な遺体を目の前にしたことと、スリュムの言っていた衝撃的な死に方の両方に戸惑っているように見えた。
シグルズはネフィリムに何と声をかけようか一瞬迷ったが、今はそっとしておこうと決めた。
玉座の間の入口で膝を折っているヴィテゲの傍にはヘジンが寄り添っていた。
「ヴィテゲ、怪我の具合は……」
「それほど深い傷ではありません。包帯を巻いて数日すれば治りますよ。ただ、利き手をやられてしまったのは痛いですね」
ヘジンはそう説明しながら器用に包帯を巻いていく。ヴィテゲが苦笑しながら感謝の言葉を述べた。
「貴様、白銀の騎士か」
トールが尊大な口調で尋ねてきた。
ゲオルグは「似ている」と言っていたが、目つきの鋭さはネフィリムとは似ても似つかない。
ただ、その深緑の瞳には叡智の光を感じた。
「そう呼ばれることもある」
「なるほど。帝国の英雄が戦乙女を守ってくれたわけか。ここまで弟を連れてきてくれたこと、礼を言う」
トールは直角に腰を折って頭を下げた。
―――直角。シグルズからはもはや後頭部しか見えない深すぎる礼。
あまりこの体勢を見る機会はない。
シグルズは「この兄も独特な性格かもしれない」とぼんやり思った。もちろん口には出さない。
「1週間程軟禁されていたから外の様子は分からないが、帝国軍が来ているのだろう。となると戦っているのはスリュムの呼んだカドモス軍か」
「ニーベルンゲンのレジスタンスも戦っています。早く戻らなければ……」
仲間を憂うヘジン。トールは一瞬考えた上で、
「この棟の地下にある武器庫の毒薬を使え。風の向きさえ間違えなければカドモスの軍勢をだいぶ減らすことができる。器が重いからベヌウと運ぶがよい」
言うが早いがヘジンとベヌウは玉座の裏にある階段から急いで地下に向かう。帝国軍との折衝役としてヴィテゲも同行した。
「ネフィル、シグルズ殿。いろいろと話すことはあるがまずは街を出――……」
その言葉の途中に銃声が差し込まれた。
トールは肩付近を撃たれ、血しぶきをあげて後ろに倒れる。
「兄さん!!!!」
接近戦で帝国の騎士に敵う兵は多くはない。槍兵が徐々に押され、得物を弾かれてチェインメイルの上から思いきり切り込まれた。
血を吹き出して槍兵が倒れるころ、ベヌウは長剣兵との間合いを詰めていた。
が、トールが再度拳銃を撃ち、弾丸が長剣兵の胸部を貫通した。
「ベヌウ、念のためもう一撃加えておけ」
「トール様……!御意」
宰相トールはわずかに顔がやつれている程度で、大きな怪我はなさそうだった。
本来の主の無事に喜びながら、ベヌウは未だ立ち上がろうとしている長剣兵に最後の一撃を加えた。
「母上!」
ネフィリムがスリュムの腕から逃れ、玉座に横たわっているクリームヒルトに近寄る。
だが、それを強い声で制止したのは兄のトールだった。
「ネフィル、母上には近づくな」
「……兄さん!? どうして」
兄も同じ気持ちだと思っていたネフィリムは半ば驚いた様子で兄を見る。
「スリュムの言っていたことは事実だ。あまりその体を見ないほうがいい。母上も子供たちに見られては屈辱だろう」
「そんな………」
ネフィリムはその場に崩れ落ちる。
母の悲惨な遺体を目の前にしたことと、スリュムの言っていた衝撃的な死に方の両方に戸惑っているように見えた。
シグルズはネフィリムに何と声をかけようか一瞬迷ったが、今はそっとしておこうと決めた。
玉座の間の入口で膝を折っているヴィテゲの傍にはヘジンが寄り添っていた。
「ヴィテゲ、怪我の具合は……」
「それほど深い傷ではありません。包帯を巻いて数日すれば治りますよ。ただ、利き手をやられてしまったのは痛いですね」
ヘジンはそう説明しながら器用に包帯を巻いていく。ヴィテゲが苦笑しながら感謝の言葉を述べた。
「貴様、白銀の騎士か」
トールが尊大な口調で尋ねてきた。
ゲオルグは「似ている」と言っていたが、目つきの鋭さはネフィリムとは似ても似つかない。
ただ、その深緑の瞳には叡智の光を感じた。
「そう呼ばれることもある」
「なるほど。帝国の英雄が戦乙女を守ってくれたわけか。ここまで弟を連れてきてくれたこと、礼を言う」
トールは直角に腰を折って頭を下げた。
―――直角。シグルズからはもはや後頭部しか見えない深すぎる礼。
あまりこの体勢を見る機会はない。
シグルズは「この兄も独特な性格かもしれない」とぼんやり思った。もちろん口には出さない。
「1週間程軟禁されていたから外の様子は分からないが、帝国軍が来ているのだろう。となると戦っているのはスリュムの呼んだカドモス軍か」
「ニーベルンゲンのレジスタンスも戦っています。早く戻らなければ……」
仲間を憂うヘジン。トールは一瞬考えた上で、
「この棟の地下にある武器庫の毒薬を使え。風の向きさえ間違えなければカドモスの軍勢をだいぶ減らすことができる。器が重いからベヌウと運ぶがよい」
言うが早いがヘジンとベヌウは玉座の裏にある階段から急いで地下に向かう。帝国軍との折衝役としてヴィテゲも同行した。
「ネフィル、シグルズ殿。いろいろと話すことはあるがまずは街を出――……」
その言葉の途中に銃声が差し込まれた。
トールは肩付近を撃たれ、血しぶきをあげて後ろに倒れる。
「兄さん!!!!」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
108
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる