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第二部 第二章 首都での戦いまで
44話 死の都②
しおりを挟む「それでいいか」
シグルズはキオートに尋ねる。
「まあ……不可能ではないです」
「ネフィルの案は?」
「おそらくキオートと考えていることは同じだ」
ネフィリムは笑ってキオートを見た後、滔々と述べた。
「このまま帝国軍の先陣2000を右翼にけしかける。イムセティの部隊が来たら大公の部隊1000を後陣に移し、大将同士正面衝突に持ち込む。そして、左翼に残りの帝国軍3000を当たらせる。右翼が崩れたと思いこませ、次の狙いは左翼だと相手に悟らせた上で一瞬の隙を作らせて真ん中を突破する―――それが現時点では最善の策、だろう? キオート」
「もはや私には何も言うことはありません。やはりネフィリム様には敬服します」
「わはは、ではこれで誰にも文句を言われずカドモスと戦える舞台が整ったわけだ!!!!!!!」
不死鳥は地面に深々と突き刺さったバトルアックスを持ち上げると、傍に止まっていた軍馬車に飛び乗った。
先陣たちの騎馬が大将エッシェンバッハと同じ方角を向く。
「ネフィル」
シグルズが馬上から手を差し出した。
「君は俺の後ろに乗れ。駆け抜けるのであれば俺の後ろにいるのが一番安全だ」
ネフィリムははにかんだ。その表情には安心以上の感情が溢れている。
「――……ああ、そうさせてもらう」
「ではいくぞ!!! 全軍、不死鳥の後に続け!!!!!!」
「このまま右翼を潰すぞ! ミドガルズ大帝国の騎士の意地を見せよ!!」
エッシェンバッハとキオートが叫ぶ。
地鳴りのような音とともに帝国軍が動き出した。
その中に紛れる形でシグルズとネフィリムたちのニーベルンゲン先陣隊も進む。
「戦闘開始!」
カドモスの右翼軍と帝国軍の先陣が激突した。
シグルズはイムセティの部隊がどこまで近づいているのか確認しようとして目を見開いた。
数メートル先、薄緑色の長い髪をひとつに束ねた黒ヒョウのようなしなやかな体躯の男が湾曲刀を両手に持ち空を舞っていた。
シグルズは本人を見たことはなかったが、その身のこなしと威圧感でそれがイムセティだと分かった。
彼は数多の帝国兵を飛び越えて、シグルズ、正確にはシグルズの後ろにいるネフィリムを狙って跳躍してきたのだ。
鞘から剣を抜くシグルズ。だがその機先を制して黒ヒョウにとびかかったのはベヌウだった。
ガアン!!と武器同士が強くぶつかる音。
ネフィリムの斜め上でベヌウの槍がシャムシールの刃を受け止めていた。
「イシス・カー・イムセティ!!」
ベヌウが叫ぶと、イムセティが何か呟いた。
そのままくるりと回転して騎馬の上に戻っていく。
イムセティがシグルズたちの騎馬隊を指して指示を出そうとしたところで、今度はカドモス軍の騎馬隊数名が吹き飛んで行った。
「!?」
イムセティが視線を転じれば、満面の笑みを浮かべたエッシェンバッハとその部隊が猛スピードで突進してきた。
「よそ見をするんじゃない!!! 俺と戦え!!!!!!!!」
言いながらバトルアックスを振るうエッシェンバッハの一撃を、イムセティは華麗に躱した。
直撃すれば命がないことは分かっているのだろう。攻撃を受け止めずに、ヒットアンドアウェイの方式に切り替えたようだ。
「シグルズ様! ネフィリム様! 今のうちです」
キオートの言に頷くと、シグルズが手綱を引きグラムが全力で駆け始めた。その後をヴィテゲとベヌウの騎馬も駆ける。
「ベヌウ!」
遠くからヘジンの声が聞こえる。
「私はここで後続のニーベルンゲン軍の指揮を執る! ――……トール様を、ニーベルンゲンを頼んだぞ!」
◇
なんとか敵軍を巻いて、エッダの正面入り口に入った。
「カドモスに増援がいないとも限らない、早めにスリュムとトール宰相を見つけ出す必要がある」
「あ、ああ……」
ちょうど街中に入る桟橋に差し掛かったところだった。
うまく侵入はできたが時間もそれほどない。
ネフィリムにも協力を仰ごうと話しかけたのだが、肝心の本人の答えが非常に歯切れ悪いものだった。
「どうした、ネフィル」
「いや……」
どんどんと声に覇気がなくなっていく。
「シグルズ様。前方を」
ヴィテゲの声に応じて周囲を見やれば、シグルズもようやく理解した。
建物の前、広場、至るところに死体が積まれている。
まるでゴミのように、それぞれの街区ごとに一か所にまとめてあった。
ヘジンの話では、スリュムに抵抗する兵士は皆殺しにされたという話だったが、この様子を見る限り、兵士だけでなく商人も農民も、下手をすればエッダにいた住人は全て殺害されているのではないかとすら思う数だった。
「―――……これは…どういうことだ……?」
シグルズも言葉を失う。
後ろでドサリと音がした。ネフィリムが倒れたのだ。
「ネフィル!」
「ネフィリム様!!」
顔面に大量の汗をかいているが、ネフィリムの目はしっかりと開いていた。
「な、なんでこんな……どういう、ことだ!? 市民まで……何の罪もない人たちをも殺したというのか……?」
ヴィテゲが小走りで近くの様子を伺っている。暗い顔で戻ってくると、シグルズに耳打ちした。
「向こうにも死体の山がいくつもありました。どこかに生存者がいるのかもしれませんが、現状確認できる人間は全て……」
「――……そうか」
シグルズも街を見回す。
店先を見やれば、果物などの商品がそのままになっている。
普通の街がそこにはあった。ただ、生きている人間がいないだけで。
死臭の程度からして、すでに日が経っているものもある。
内乱の日以降、徐々に積み増しされてきたとすれば下のほうの遺体は損傷が激しいに違いない。
エッダの街並みの奥に、ひと際大きな建物があった。あれが大会堂だろう。
ネフィリムはベヌウに支えられて未だに青い顔をしていたが、シグルズのほうを見て頷く。
自分は大丈夫だ、という強い目の光。
「よし、行こう」
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