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第二部 第二章 首都での戦いまで
43話 帝国軍にその名あり②
しおりを挟む戦乙女の声に、すべての兵が揃って動きを止めた。
「エッダを奪還する機会は今しかない! 我を信じよ!! 必ずやお前たちに勝利を届ける」
兵たちの瞳の色が一瞬にして変わる。
戦乙女が降臨した戦いには必ずや勝利がもたらされるという伝承が、この国の礎を作り上げてきた。
みなが膝をつき、戦乙女に頭を下げる。
ベヌウも、ヘジンも。
シグルズも頭を下げた。ネフィリムの騎士として。
ヴィテゲも横にいる主に倣う。
砦にいるすべての人間が、戦乙女に忠誠を誓った。
◇
カドモスの軍勢は埃を巻き上げながらゆっくりと前方に進んでいた。
一方レジスタンス側。
3000人いたとしても全員がすぐに戦えるわけではない。
まずは先発隊として500人の隊列が組まれた。
多くは騎馬兵であり、先方の偵察の意味合いが強い。
シグルズ、ヴィテゲ、ベヌウ、ヘジンは前列に並んだ。ネフィリムはシグルズの後ろに乗っている。
「いいか、あまり突出しすぎるなよ。現時点でカドモス兵をまともに相手にすれば死ぬだけだ」
シグルズが声を張り上げる。
「シグルズ様、方向は」
ヴィテゲが騎馬隊の目的地を問うた。
シグルズは改めてカドモス軍を見る。
敵はエッダの入口を軸として扇形に広がる陣形を取っている。そして、前方に騎馬部隊を多く配置していた。
「歩兵の多いニーベルンゲンの弱点を突いた真っ当な陣形だ」
シグルズの後ろに乗ったネフィリムが口に手を当てて分析している。
「だが、思ったほど騎馬兵が多くないな」
「おそらく山越えで脱落したのだろう」
ネフィリムの言にシグルズは口の端を上げる。
相変わらず的確な分析だという感心と、そして次の行動に適した情報を得ることができたという嬉しさと。
「ニーベルンゲンの軍師よ! ではカドモス軍の突くべき弱点はどこだ?」
1万の軍勢に500騎で突撃するのに弱点も何もない。
が、ネフィリムは黒い瞳に敵の軍勢を映してはっきりと答えた。戦乙女の手が大きく振り上げられる。
「右翼だ!敵陣の最右翼を狙え」
シグルズたちから見て一番左側、エッダの入り口から見た場合は円形の城壁に沿って並んだ軍勢のもっとも右側の部分。ここを集中突破せよというのがネフィリムの指示だった。
カドモス軍の右翼は騎馬兵を前列に並ばせ、その後ろに重装備兵が控えている。
が、明らかに騎馬兵が突出していた。
山越えの際に脱落した騎馬が多く、騎馬兵の少なさをごまかすために重装備兵の層を厚くした急ごしらえの部隊だと見られた。
ニーベルンゲンの先陣部隊は、急激に角度を変えてカドモス軍の右翼に向かう。
だがその間にも、カドモスの軍勢1万は徐々に迫ってきていた。
敵もスピードを上げたようだ。距離が詰められていく。
この大群に飲み込まれれば終わりだ。
「ネフィリム様!これ以上近づくのは危険ではありませんか」
ヘジンが声を上げる。
ネフィリムは大粒の汗を流していた。カドモスの大軍は予想以上の気迫と圧力でこちらに向かってくる。
「彼らが近づいているということはまた、こちらの味方も近づいているということだ。案ずるな」
「味方?」
ヘジンとベヌウが戸惑いの声を上げる。
「味方とは?」
「決まっているだろう!!帝国だ!」
ネフィリムが声を張り上げた瞬間、カドモスの右翼騎馬隊がレジスタンスの500騎を捕捉した。
戦争に慣れている騎馬部隊およそ1000騎前後が恐ろしいスピードでこちらに向かってくる。
「敵が来たぞ! ネフィリム様を守れ!!」
「突っ切るぞ、ヴィテゲ!」
「シグルズ様!?」
ネフィリムを乗せたシグルズは、突然急加速して1000騎に向かっていった。
「シグルズ様!? お戻りください! 突出してはネフィリム様も危険です!」
ベヌウは必死にシグルズの突進を諫めた。
だがシグルズはスピードを緩めず、単騎で真っすぐに向かっていく。
「シグルズ…!」
「大丈夫だネフィル、このまま行く!」
1000騎に1騎。
どんどんと距離が狭まっていく。
その後ろをヴィテゲが追う。ヴィテゲは顔面蒼白だった。
そのとき、ヴィテゲの横を黒い風が駆け抜けた。
その風はニーベルンゲンのものではない香りを纏っていた。
どんな騎馬よりも大きく、どんな馬よりも早く駆け抜ける黒馬。
そして、主であるシグルズを必ず守ると決めている帝国一の黒い馬。
シグルズが風を知覚した。
騎士の満面の笑みがネフィリムの瞳を占める。
「はは、やっぱりお前がいてくれないとな! ―――グラム!!」
シグルズは手綱をネフィリムに渡すと、横側にバッと飛んだ。グラムは走りながらも主の飛び移る先を正確に把握し、その背に乗せることに成功した。
「グラム!」
ネフィリムが優しい顔でその名を呼ぶと、主を迎えた黒馬は高らかに鳴いた。
さらに戦場の来客は続く。
待ちかねていた彼らが到着したのだ。
「待たせたな!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その声はニーベルンゲン兵だけではなく、エッダの前に待機しているカドモス軍にも届くほどに大きく大地を震わせた。
金の兜をつけた帝国の騎馬5匹が引く軍馬車に仁王立ちする巨漢の老人。
靡く髭を手で撫でつけている。
その反対側の手には、2メートルほどの巨大なバトルアックスが握られていた。
ミドガルズ大帝国軍の総司令官、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ大公。
大公の軍馬車を先頭に、騎馬隊が森や谷の間からぞろぞろと集結し、隊列を組み始めた。
シグルズはゲオルグの親書の文面を思い出していた。
『追伸:なお帝国軍は、適切な時期に援軍を送ることを約束するものである』
「お初にお目にかかる、カドモス軍よ! 我は帝国軍の大将、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハだ!!!!!!!!
貴国とはぜひ一度戦ってみたかったのだ! あっはっは!!!さあ、戦争を始めようか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
帝国で“不死鳥”と称される男の声は新たな戦いの狼煙となった。
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