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第二部 第一章 ニーベルンゲンへの旅路

41話 神聖と低俗②(※)

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行為に関する描写が入りますのでご注意ください。
キーワード的に該当するのは、兜合わせ/フェラ、あたりです。
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 ◇


「シグルズ、腕を。何かあったら大事だ」
「――……ああ、そうだな」

 純粋培養で育った無垢の塊のような黒髪の青年は、シグルズの発言に何の疑いも持ってはいないようだった。
 若干の罪悪感を意識の隅に追いやりながら、腕に触れてきたネフィリムをぐいっとベッドの上に抱き上げた。

「うわっ……! な、なんだ一体」
「君は本当に純粋だな……古傷など、まともに信じるとは」

 え、という表情でシグルズを見上げるネフィリム。どんどんと頬が紅潮する。

「な……嘘をついたのか!?」
「まあね。だが必要な嘘というやつだ」
「傷はなんともないのか」
「ああ」
「シグルズ……! 何を考えている! こんなときに!!」

 ネフィリムは抱き上げられたまま騎士の胸元に拳をぶつけた。

「兄上の処刑まで日がないのだぞ!」
「ああ」
「先ほどの民たちを見なかったのか!? 彼らは住む場所を追われ、この暗い場所で必死に国の再興を望んでいるのに……!」
「そうだな」
「そうだな、ではない! お前は分かっていない! 何の罪もない民が……ニーベルンゲンの民が……戦乙女ヴァルキリーにあそこまですがって……平和な生活を望んで……!!」

「ネフィル」

 言葉を吐けば吐くほどに激するネフィリムは、ひたすらシグルズの胸に拳を打ち付けていた。その腕を取り、騎士は低い声で戦乙女ヴァルキリーの名を呼ぶ。

「ネフィル、深く息をしろ」

 ぽんぽん、と背中を優しく叩く。

「―――…」

「サニーベリーのジュースは美味かったな。俺もまた飲みたい。酒ならもっといいと思うけどな」

「何を……」

 言っているのだ、と続けようとしたが、ネフィリムの声は出なかった。

 背中を優しく撫でる手の熱が皮膚を貫通する。
 じわりと体を温め、じきに内臓にまで届くのではとすら思った。

「ここは君の国だ。みんなが君の帰りを喜ぶ。でもそれを必要以上に重く受け止める必要はないだろ」
「―――……」
「君の兄は生きているし、君を支える人間もいる。俺もその一人だ。だからまあ、なんだ……、もう少し楽に息をしたらどうだ」
「―――……それを言うために……嘘をついたのか?」

 問えばシグルズは困った顔をして「あー…」と言葉を探す。

「いや……実を言うと、あまりこういうのは得意ではなくてな。キスのひとつでもすればいいかと思った。だが君は嫌がるかと――……」


 そう言ったシグルズの口を塞ぎ、言葉をさえぎったのはネフィリムだった。
 だが、触れるだけだったそれに舌をじ込んだのはシグルズだ。

「んんっ……」

 舌を積極的に絡めさせれば、どちらともなく苦し気な吐息が漏れる。ネフィリムの開いた口元から零れた唾液をシグルズが舐め取った。

 シグルズの指が淡い色の唇をなぞれば、ネフィリムの舌がそれを迎えにいく。口の中に含み、ちゅ、ちゅう……と音を立てて吸った。

「ん、んぅ……ふ、」
「ネフィル……かわいいことをするじゃないか」
「シグルズ……」


 ネフィリムは泣いていた。

 なぜ泣いているのかも、いつ泣き出したのかも分からない。シグルズも詮索する気はなかった。

「どうしてほしい? 甘やかしてやろうか。かわいい俺の主」

 ネフィリムは涙を拭うこともせずシグルズの胸に頬をすり寄せた。黒髪にそっと手が置かれる。

「こんな、ときに」

 ネフィリムの声は遠慮がちでたどたどしい。

「こんなときに『甘やかされたい』と言ったら、お前は私を軽蔑するだろうか」
「しないよ」

 きっぱりと言う。


「しない」


 神と同一視された神聖なものを人と同じレベルにとすには低俗さが必要なのだ。
 それは肉体的な快楽であったり、他人を支配したいという自分勝手な感情であったり。

 その低俗さを誤魔化したいとき、人は「愛」という言葉を使う。シグルズはそう解釈している。


 今のネフィリムは危うい。

 本当に「神」と同化してしまうんじゃないかと思うほどに。



「シグルズ。――……私に、触れてくれないか」

 人と神の間の生き物。
 その黒い目に魅入られれば、誰だって。


「仰せの通りに」


 否ということはできない。





「ぁ、ん、ふ、~~~っ!」
「ネフィル、あまり声を出すと聞こえてしまうぞ」

 ネフィリムは口に布をくわえて歯を食いしばっていた。目からは快楽による涙がボロボロと零れている。

 2人はベッドの上で対面になって座り、性器だけを露出してこすり合わせていた。
 いざ欲が放出されたときに飛び散らないように布越しに触れている。

 かえってそれがネフィリムの感度を高める結果になっていた。

「ぬ、ぬのを……!とっ……んん~~~っ!!」

 先端をきゅっと刺激してやれば、先走りが溢れ、ネフィリムの白い首筋が晒された。
 快楽に耐えきれずのけるその体の動きさえ、シグルズには甘美なものに映る。

 お互いのもっとも卑猥な部分を晒し合わせてしごく低俗な行為に、2人ともが熱中していた。

 今いる場所も、立場も忘れて、ただ気持ち良さだけを追及する。

「ネフィル、いいか? 嫌なら止める」
「やっ……! やめないで……、もっと……さわって、ぇ」
「ああ……いいな。かわいくて、とてもいやらしい」

 シグルズは頬を紅潮させて涙を流すネフィリムに優しいキスを贈った。


「忘れるな、ネフィル。君は欲に忠実で、低俗な、人間だ」


 お互いの性器の熱を高めるため、手の動きを激しくする。

「あ、ああ…! やっ……ああ…っ!!」

 シグルズとネフィリムは同時に果てた。
 ぼんやりとした表情のネフィリムは、おずおずと上半身をかがめてシグルズの性器に顔を寄せる。

「おい……よせ」

 さすがのシグルズも戸惑った。制止の声も聞かず、ネフィリムの舌が布越しに触れる。

「っ……」
「――にがい」
「腹を壊すぞ。やめろ」
「ふふ……、シグルズのそういう顔を見るのは初めてかもしれないな。悪くない」

 そう呟いた表情は普段よりも妖艶ようえんな雰囲気を纏っていた。もう一度だけ舌を這わせると、ネフィリムは顔を上げた。


「服を纏えば、私とお前は戦乙女ヴァルキリーと帝国の騎士に戻る。だから――……ねやだけの戯言ざれごとだと思って聞いてくれ」

「……なんだ、改まって」

「お前がゲオルグ皇帝から命を受けているのは知っている。来るべきときが来たら――……シグルズはミドガルズ帝国の騎士としての任務をまっとうしてほしい」

ねやの冗談にしては物騒だな」

「そうだな。流してくれても構わない。―――私は何があってもこの国と兄を捨てることはできない。……でも、お前は……私の存在に縛られないでほしい」

 帝国に有利と判断した場合、協定を結ぶ相手としてスリュムを選ぶ。

 ネフィリムはゲオルグの考えを見抜いているのだ。


「私にはスリュムの目指しているものが何なのかは分からない。だが、もしかしたら……今のニーベルンゲンよりも強力な、それこそエインヘリヤルのような国家を目指しているのかもしれない。そうだとすれば……」

 帝国が組む相手としては、そちらのほうがメリットがある。


 シグルズは答えない代わりにネフィリムの頬に手を添えた。その頬は濡れている。


「なあ……、それは君の本心か?」


 ネフィリムも何も答えなかった。
 それでも顔がぐしゃりと歪んで涙が止まらなくなった彼の表情を見れば分かる。

 シグルズは肩を震わすネフィリムを静かに抱きしめた。

 全てを吸い込んで何物をも映さないはずの真っ暗な瞳は、どんな言葉よりも雄弁だった。

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