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第二部 第一章 ニーベルンゲンへの旅路

38話 じゃじゃ馬ならし①

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 ミドガルズ大帝国、ヴェルスング領。
 領地の半分を森に囲まれたこの地の中心にヴェルスング男爵邸がある。

 訓練場では、若い領主とヴェルスング家騎士団の副騎士団長が長剣での切り合いを続けていた。

「はあっ!」

 大きく踏み込んだ一撃を見舞ったのは、薄い緑色の交じった金髪が特徴的な優男やさおとこのヴィテゲ。
 銀髪の男は剣を真一文字にかかげてヴィテゲの一撃を防いだ。眉間のしわが受けた攻撃の重さを物語っている。
 ヴィテゲは剣を引っ込めると同時に自身も一歩引く。体勢を整えようとした瞬間に、銀髪の男が一瞬で間合いを詰めてきた。

 長剣の先は―――ヴィテゲの首筋のすぐ横でピタリと止まる。

「俺の勝ちだ」

 切っ先を動かすことなく、ヴェルスング家当主シグルズ・フォン・ヴェルスングはニヤリと笑って勝利宣言をした。

「完敗です。――腕を上げましたね」
「2カ月近く剣を触ってなかったんだ。勘を取り戻すのに苦労したさ」


 シグルズは、多民族国家カドモスと通じていた逆賊ファフニル・フォン・テルラムントによって腕に毒を受け、2カ月間の療養りょうよう生活を過ごした。

 剣を振るえるようになってからは剣技の修行に明け暮れた。騎士家の当主がまともに剣も振るえないのでは笑い話にもならない。

「ヴェルスングの騎士団も、ヴィテゲとハイメがいてくれれば安泰あんたいだ。従軍もそれほど先のことではないだろう」

 ヴェルスング騎士団はシグルズを騎士団長に、ヴィテゲとハイメがそれぞれ副騎士団長を拝命している。

 副騎士団長が2人いるのは昔からの騎士家の伝統で、いつ領地を不在にするか分からない領主の穴を埋めるため、戦力の低下を防ぐためとされている。

 ハイメはシグルズやヴィテゲよりも年長の騎士でシグルズの父の代から仕えている。
 堂々とした体躯たいくを持ち、その腕力は厨房からも熱い眼差しを受けることが多い。ということで今はヴェルスングの森に狩猟に出ていた。



「さて、そろそろ俺も帝都に戻るとするか。何か動きがあるかも――………」

 そこまで言ってシグルズは言葉を止めた。ヴィテゲも何も言わない。
 二人とも同じ方向を見ていた。

 門のほうから馬車がこちらに向かってくる。
 それにしてもどうも馬車の動きが荒い。

 同じ違和感を同時に抱いた2人は、手綱を引く人間のほうに目をやった。

 座席に収まりきらない褐色かっしょく巨漢の男が、目を血走らせてこちらを見ている。

「シグルズ様! お逃げください。あの馬車の動きは明らかにおかしい」
「……まあ、おかしいことは確かだが」
「若をき殺すつもりかもしれません。俺が相手をしますのでいまのうちに」

 ヴィテゲが言い終わる前に馬車の中から悲鳴が聞こえてきた。


「おい!もっとまともな運転はできないのか!? 酔って……ぐえっ」

 それは聞き覚えのある、男性のものにしては少し高い声だった。

「ネフィル!?」
「ネフィリム様!」

 運転席の巨漢はシグルズを見ると大きく目を見開き、手綱を思い切り引っ張った。

 馬車に繋がれた2匹の馬が悲鳴のような声を上げ、前脚を高く掲げる。
 その瞬間、手綱と繋がっていた馬具ばぐが外れた。馬車が大きく横に傾く。


「嘘!? わーーーっ!」


 絶叫とともにポーン、と黒髪の青年が空へと放り出された。


「ネフィリム様!」


 運転していた褐色の男が手綱をほうってネフィリムのほうへと走り出す。
 だがその横を、銀の色をした風が駆け抜けていった。

 シグルズはネフィルの飛んだ方向をしっかりと見据え、思い切り高くジャンプした。

「手を伸ばせ、ネフィル!」
「シグルズ!」

 ネフィリムがシグルズに向かって大きく手を伸ばす。騎士はやや乱暴にその手を掴むと自分の胸に引き寄せた。
 そして、シグルズはなんなく着地した。
 ぽかんと腕の中に収まっているネフィリムの耳元で優しく、低く囁く。

「大丈夫だったか?」
「―――え!? あ、ああ……。その、たっ、助かった……」
「はは、いきなり空から登場とはやっぱりネフィルは飽きないな」

 シグルズは豪快に笑ってネフィリムの体を下ろした。

「ネフィリム様……申し訳ありません! いかんせん馬は不得手ふえてでして……お怪我はありませんでしたか」

 褐色の大きい男が何度もネフィリムに頭を下げていた。真っ赤に茹で上がったネフィリムは「ああ……」とだけ返事をする。

「このでかい奴はネフィルの知り合いなのか」
「ああ……ニーベルンゲンの……兄の護衛役だった男だ……」
「君の兄……トール宰相のか」

 シグルズとヴィテゲが興味深そうにベヌウを見る。

 ベヌウは自身の下手くそな運転のせいでネフィリムを危険な目に合わせてへこんでいた。一方ネフィリムは、シグルズとの諸々の接触によって恥ずかしさ限界点を突破してフリーズしていた。

「邸内で話すか。ヴィテゲ、執事たちに来客の用意をさせてくれ」


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