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第一部 第二章 戦乙女を救い出すまで

13話 騎士の誓約②

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 シグルズは相手に聞こえるようにため息を吐いた。頭をきながら、問う。

「さっきから聞いていれば、君の意見がないじゃないか。君はニーベルンゲンに帰りたいとは思わないのか」
「――私?」

 初めてその存在に気付いたとでもいうように、ネフィリムは驚いていた。

「そうだ。君がここで死んだら、もう故郷には帰れない。それでいいのか」
「それは……」
「それに、これは俺の所感だが……君はその儀式とやらを嫌がっていたんじゃないのか? ファフニルの城から救出したときの君は泣いていた。助けて、とも聞いた」

 ファフニルと聞いた瞬間、ネフィリムの顔が青ざめた。
 体が震えている。
 シグルズはネフィリムの隣に座り、再び背中を撫でた。

「怖いことを思い出させてしまってすまない。でも、君が国民をあざむいていたことに罪悪感を持つ前に、まず君自身の気持ちを認めてやらないとまたフラッシュバックが起きるぞ」

 部屋の中は暖炉の火でそれなりに暖かくなっているはずだったが、ネフィリムの震えは止まらなかった。ベッドの布団を1枚、肩にかけてやる。


「君がそういう状況にあるとは知らず、ひどい言葉をかけたな。すまなかった」

「―――……あなたは、私の言葉を信じるのか? 神通力や儀式など、突拍子とっぴょうしもない話を」

「ああ、信じるよ」

 シグルズはふ、と口の端を上げる。

「初めて会ったとき、君は絶望にあふれた目をしていた。なぜあんな目をしているのだと疑問に思っていたが、先の説明を聞いてに落ちた」


 ネフィリムは大きな黒い瞳をじっとシグルズに向けている。

 美しい。見たもの全てを吸い込んでしまいそうな真っ黒な瞳。

 その黒い宇宙の中に、無力な自分や、戦争で守り切れなかった同胞たちへの悲しみや虚無感を抱えている。

 それは絶望。俺と同じ。

 心からの絶望はときに美しく、甘美な香りをまとって仲間を呼ぶ。



 魅了される。



「俺が、君を死なせないさ。ネフィリム」

「――な、に?」

 突然シグルズの声色が変わったことに驚いたネフィリムが目を軽く見開く。
 シグルズはネフィルの顔を見ると少しだけ笑って、そのまま片膝をついてこうべを垂れた。

「え、いや、何して」

「ヴェルスングの名において誓約する。シグルズはネフィリム・ニーベルンゲンの剣となり、いかなる敵からもその御身おんみをお守りすると。その誓いを疑うことなかれ」

 目の前にひざまずかれて口上を説くシグルズにぽかんとしていると、騎士から「利き手を前に出して」と囁かれた。

「利き手? いや、なんで……?」
「いいから」

 すっと顔を上げたシグルズは先ほどまでの真面目な雰囲気からは一転、ネフィリムに向かってウインクを送る。
 よく分からないが勢いに流されたネフィリムはおずおずと右手を差し出した。

 シグルズは跪いたままネフィリムの片手をうやうやしく自らのそれに重ねると、そっと手の甲にキスをした。

「!」

「わが命、死ぬまで主とともにあらんことを―――」

 キスと最後の口上内容に驚いて、今度は飛び上がって手をひっこめた。

 気付けばネフィリムの顔は真っ赤だった。

「んな……!? 何を」

「騎士の誓約だ。といっても俺のやり方だがね。今の君に剣礼はさせたくない。簡易的なもので恐縮だが、これで君は俺に守られる義務が生じた」

「き、騎士とはそんな簡単に誓約を交わすものなのか!?」

 すっと立ち上がったシグルズはニヤニヤして新たな主を見ている。

「君が死にたがりなのは分かった。これまで多くの重荷を背負ってきたんだろう。だが今はまずテルラムント領を抜け出すのが先だ。死ぬか生きるか、今後どうするかはその後考えてくれ。いいな?」

 あっけらかんと言われたネフィリムには言い返す言葉がない。

 彼はれっきとした騎士の家系だ。
 帝国の人間はその血統や出自を自身の価値やプライドの軸にすると聞いた。

 話を聞いている限りシグルズはその中でも異端児のようだが、自暴自棄になった己を止めるために「騎士の誓約」まで演じた男に何と言えばいいのか。




 毎夜、兄が読んでくれた騎士の物語。
 その騎士のように、そして、読んでくれた兄のように、彼は自分の味方になってくれるというのだろうか。



 少し考えて、ネフィリムは言った。

「分かり、ました。とりあえず今は……約束します、シグルズ」
「敬語はやめてくれないか。子どもにうやまわれる趣味はない」
「!……わ、私は今年20だ! 成人の儀もとっくに済ませている」
「えっ、そうなのか」

 思わずシグルズが声を漏らすと、またしても顔を真っ赤にしたネフィリムが睨んできた。腰に手を当てて「そうだ!」と怒り心頭の様子だった。

 だがシグルズはどこ吹く風で口笛を吹いた。

「それならなおのこと好都合」
「?」

 主の黒髪を騎士の手がさらりと撫でる。次いで、シグルズはネフィリムの耳元に口を寄せた。


「儀式についても、必要とあらば騎士にお任せいただきたい。これは俺の得意分野でね。君のトラウマを払拭するような、極上の世界をお見せしよう」


「えっ………え?」

 耳元で囁かれたことと、その内容いずれも刺激的すぎてネフィリムはその場で飛び上がった。シグルズは満足そうな笑みを浮かべていた。


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