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第2話:名は残らずに

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 さすが本番なだけあって、魔法陣の様子が少しずつ変わっていく。
 石の床に白い粉で描いただけのものが、だんだん光を帯びていく。

 これが完全に光で満たされると、陣の完成だ。
 そうしたら僕がその中に踏み込んで、異世界へ行く。

 今まで、誰も行ったことがない。だから僕が初めてだ。
 成功すれば、僕の名前は「初めて異世界に行った魔道士」として絶対に魔法史に残る。

 師匠が機嫌を損ねて途中でやめたりしないよう、ただただ黙ってじっと待つ。
 そうしてやっと呪文が最後になって、魔法陣が光で満たされて、師匠が僕に合図を――しようとしたそのとき、カン高い声が響いた。

「いやだ、なにっ!」

 慌てて周りを見回す。
 けど、僕と師匠のほかには誰も居ない。誰かが屋敷に入ってきた様子もない。

「どいてどいてーっ!」

 切羽詰った声と同時に何かに激突されて、僕は思いっきり後ろへ吹っ飛ばされた。
 そしてキキーッという、耳をつんざくようなこすれる音。さらに。

「ちょっと、ここどこよっ!」

 女の人の怒声。
 僕はくらくらしながら起き上がって、呆然とした。

「なんでここに、おばさん?」
「んー? ボク、今なんて言ったかなぁ?」

 笑顔が怖い。

「すすす、すみません、お姉さん!」
「よろしい」

 顔のシワの具合から見て僕の母さんよりは若そうだけど、でももうそこそこ大きい子供もいそうな、そんな年齢の人だ。
 だから間違っても「お嬢さん」じゃない。

 けど女の人に本当のことを言うと、後が恐ろしい。
 それは今まで散々経験した。
 だからここは、素直におだてるに限る。

 ただ近所の大樽を幾つも重ねたようなおばさんたちと違って、見掛けはほっそりしていた。
 しかもその割りに胸と腰はあってなかなか――そこで気づいて、慌てて首を振る。

「何じろじろ見てるのよ」
「あーいえ、珍しい服だなと」

 おばさんが着てるのは、かなり複雑な作りの服だ。
 ヒラヒラした薄い布のスカートに、キラキラした糸を織り込んだ内着。その上に飾りがついた上着。
 どれもけっこう手が込んでる。

 肌も荒れてないし、もしかすると、けっこういい身分の人かもしれない。
 当のおばさんはスカートの裾が床につくのも気にせずしゃがみこんで、散らばったものに手を伸ばした。

「あーあ、もう。割れちゃった」

 手にした白くて太くて長くて葉っぱのついた、ぽっきり二つに折れたものを、口を尖らせて眺めてる。
 見るのは初めてだけど、何か野菜らしい。

 他にも辺りには、見たこともないものが散らばっていた。
 おばさんがぶつぶつ言いながら、それをかき集めてる。
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