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外伝、冷血な魔教の君は令和の倫理とハピエン主義に目覚められたようで
11、太祖老君と幸せの花
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天界。
そう呼称される天上の世界に、散は還っていた。
「太祖老君」
「変わり者の魔教の君……」
天帝の統べる天上の世界には、生まれながらに仙であった天仙と、人間世界に生まれ育ち昇格した地仙(あるいは飛仙)がいる。
太祖老君の号を持つ散は、後者だ。
「生まれ育った世界だけでなく、別の世界にも影響が……」
「お気に入りの魂をずっと放さず捕えていると聞く……」
好奇の視線や囁きにも慣れたもの。
長い髪を靡かせて、散は自分の棲家に飛翔する。
桃源郷の薫風に乗り、神鳥の群れとすれ違い、ふわりひらりと舞い降りた先には、愛らしい子供のキョンシーが待っていた。
「パパ、おかえりなさい」
「ただいま」
「パパも、おかえりなさい」
一拍の沈黙の後に、愛しい魂がふわりと何かを囁くのがわかった。
道鏡の代わりに水瓶に神水を張り、地上の尚山を覗き見すれば、世はなべてこともなし……地上はいつ見ても、そう変わり映えしないのだ。
「彧。私たちの魔教は代替わりをして続いていく。私たちの子、私たちの子孫だ。私はその営みを愛しく思うよ」
慈しむように囁けば、胸のうちで愛しい魂がもぞもぞとしている。
――逃げたいのだろうか。
そんな思いが湧いて、散の胸が痛んだ。
自分は仙となり、不老不死となっている。
しかし、彧はそうではなかった。
彧は簡単に死んでしまって、すぐに輪廻の輪に入ろうとする。
散の心をこうも変えて、捕らえて、執着させて。大切だと思わせておいて、すぐにいなくなろうとしてしまうのだ。
『……神仙教主様。いたいけな小悪党の魂を弄ぶのをどうかやめてくれ。こんな繰り返し、気が狂ってしまいそうなんだ』
『普通、生まれ変わるときは記憶をまっさらにして、別の種族になったり別の性別になったりするのだろうよ。いくら俺様が黒道に身を堕として自害したからって、こんなに苛めなくてもいいだろう! 発狂するわい!』
『俺という自我をもう終わりにしてくれ! もうこの自我で生きたくない!』
投げかけられた悲痛な声は、本気の響きだった。
その魂は、生き続けるのが嫌だと訴えたのだ。
いたいけな非仙の魂は、記憶を持ったままの長い生に耐えられないのだと言ったのだ。
「私は――彧をそろそろ、解放してあげるべきなのかな……」
ぽつりと呟く散の声には、深い葛藤と孤独があった。
「彧という自我が消えてしまうというのが、私には耐えられそうにないのだが。しかし、彧が嫌だというのなら、限界だというのなら、そうするべきなのだろうな」
想像しただけで、身が震える。
散はふるりと身を震わせ、両腕で自分の身体を抱きしめた。
「消える前に教えてくれ、彧。彧が消えた後、私は何を支えに生きればいい? 私には、それがわからない……」
睫毛を伏せて震わせていると、ふいにその体がひんやりとした黒い霊体に包まれた。
――彧だ。
「なんだそれ。なんだそれ……」
恥じらいを持て余すような声がする。彧の声だ。
霊体が徐々にはっきりとした形をつくり、顔が視える。
九山で共に修行していた頃の彧だ。
懐かしい顔だ。
「が……子供じゃあるまいし。神仙にもなって、なんだそれ」
彧の顔は、真っ赤だった。
唇をふるふる、ゆるゆるさせていて、何かを堪えるような顔だ。
笑いたいような、怒りたいような。感情豊かな顔だ。
そう、彧は感情豊かだ。
感情がすぐ顔に出る。声に出る。それが、愛しい。
「彧。愛しい……」
顔を寄せて散が切なく吐息を紡げば、霊体がふわふわと熱を増した。
「さ、さ、散……」
「彧。消えないでくれ」
懇願するように頬に口付けをする。
髪を撫でて、後ろ頭を包み込むように手をまわして唇を近づける。
甘酸っぱく啄むような口付けを交わして神気を吹き込んでいけば、彧の輪郭が確かさを増していくようだった。
「……し、……仕方ねえな」
誘惑の果実めいて真っ赤に熟れた頬をして、彧が幸せを響かせる。
「も……もうちょっとだけだぞ」
「……うん!」
いつか終わりがくるとしても、それは先延ばしにしてくれるのだ。
そう、彧が言ったから、散は嬉しさを全身で溢れさせて愛しい霊体を抱きしめた。
「大好きだ、私の彧――ああ、そうだ。消えるときは、一緒に消えよう。それがいい」
「お、重っ――重いんだよなぁ、散……」
彧のたじたじとした声をききながら、散は胸に幸せの花をいっぱい咲かせて、何度も愛を囁くのだった。
END
***
この外伝がラストです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
そう呼称される天上の世界に、散は還っていた。
「太祖老君」
「変わり者の魔教の君……」
天帝の統べる天上の世界には、生まれながらに仙であった天仙と、人間世界に生まれ育ち昇格した地仙(あるいは飛仙)がいる。
太祖老君の号を持つ散は、後者だ。
「生まれ育った世界だけでなく、別の世界にも影響が……」
「お気に入りの魂をずっと放さず捕えていると聞く……」
好奇の視線や囁きにも慣れたもの。
長い髪を靡かせて、散は自分の棲家に飛翔する。
桃源郷の薫風に乗り、神鳥の群れとすれ違い、ふわりひらりと舞い降りた先には、愛らしい子供のキョンシーが待っていた。
「パパ、おかえりなさい」
「ただいま」
「パパも、おかえりなさい」
一拍の沈黙の後に、愛しい魂がふわりと何かを囁くのがわかった。
道鏡の代わりに水瓶に神水を張り、地上の尚山を覗き見すれば、世はなべてこともなし……地上はいつ見ても、そう変わり映えしないのだ。
「彧。私たちの魔教は代替わりをして続いていく。私たちの子、私たちの子孫だ。私はその営みを愛しく思うよ」
慈しむように囁けば、胸のうちで愛しい魂がもぞもぞとしている。
――逃げたいのだろうか。
そんな思いが湧いて、散の胸が痛んだ。
自分は仙となり、不老不死となっている。
しかし、彧はそうではなかった。
彧は簡単に死んでしまって、すぐに輪廻の輪に入ろうとする。
散の心をこうも変えて、捕らえて、執着させて。大切だと思わせておいて、すぐにいなくなろうとしてしまうのだ。
『……神仙教主様。いたいけな小悪党の魂を弄ぶのをどうかやめてくれ。こんな繰り返し、気が狂ってしまいそうなんだ』
『普通、生まれ変わるときは記憶をまっさらにして、別の種族になったり別の性別になったりするのだろうよ。いくら俺様が黒道に身を堕として自害したからって、こんなに苛めなくてもいいだろう! 発狂するわい!』
『俺という自我をもう終わりにしてくれ! もうこの自我で生きたくない!』
投げかけられた悲痛な声は、本気の響きだった。
その魂は、生き続けるのが嫌だと訴えたのだ。
いたいけな非仙の魂は、記憶を持ったままの長い生に耐えられないのだと言ったのだ。
「私は――彧をそろそろ、解放してあげるべきなのかな……」
ぽつりと呟く散の声には、深い葛藤と孤独があった。
「彧という自我が消えてしまうというのが、私には耐えられそうにないのだが。しかし、彧が嫌だというのなら、限界だというのなら、そうするべきなのだろうな」
想像しただけで、身が震える。
散はふるりと身を震わせ、両腕で自分の身体を抱きしめた。
「消える前に教えてくれ、彧。彧が消えた後、私は何を支えに生きればいい? 私には、それがわからない……」
睫毛を伏せて震わせていると、ふいにその体がひんやりとした黒い霊体に包まれた。
――彧だ。
「なんだそれ。なんだそれ……」
恥じらいを持て余すような声がする。彧の声だ。
霊体が徐々にはっきりとした形をつくり、顔が視える。
九山で共に修行していた頃の彧だ。
懐かしい顔だ。
「が……子供じゃあるまいし。神仙にもなって、なんだそれ」
彧の顔は、真っ赤だった。
唇をふるふる、ゆるゆるさせていて、何かを堪えるような顔だ。
笑いたいような、怒りたいような。感情豊かな顔だ。
そう、彧は感情豊かだ。
感情がすぐ顔に出る。声に出る。それが、愛しい。
「彧。愛しい……」
顔を寄せて散が切なく吐息を紡げば、霊体がふわふわと熱を増した。
「さ、さ、散……」
「彧。消えないでくれ」
懇願するように頬に口付けをする。
髪を撫でて、後ろ頭を包み込むように手をまわして唇を近づける。
甘酸っぱく啄むような口付けを交わして神気を吹き込んでいけば、彧の輪郭が確かさを増していくようだった。
「……し、……仕方ねえな」
誘惑の果実めいて真っ赤に熟れた頬をして、彧が幸せを響かせる。
「も……もうちょっとだけだぞ」
「……うん!」
いつか終わりがくるとしても、それは先延ばしにしてくれるのだ。
そう、彧が言ったから、散は嬉しさを全身で溢れさせて愛しい霊体を抱きしめた。
「大好きだ、私の彧――ああ、そうだ。消えるときは、一緒に消えよう。それがいい」
「お、重っ――重いんだよなぁ、散……」
彧のたじたじとした声をききながら、散は胸に幸せの花をいっぱい咲かせて、何度も愛を囁くのだった。
END
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この外伝がラストです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
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言葉や表現も、褒めてくださってありがとうございます😊
作品がたくさんあって、時間がどれだけあっても足りないですよね!
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そんな中、最後まで読んでくださるというお心を見せてくださって、すごくすごく嬉しいです♡
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ひつじさま、こんにちは!初めましてー!
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嬉しい感想をありがとうございます!
読みやすさと雰囲気とで迷った末の言葉選び、表現でしたので、美しい言葉を気に入ってくださったというご感想がすごく嬉しいです。
読めてよかったって最高の感想ですね…♡
幸せな気持ちになりました、本当にありがとうございます!