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外伝、冷血な魔教の君は令和の倫理とハピエン主義に目覚められたようで

番外編 夜、踏切、君と僕(3)

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   SIDE:鈴木拓哉たくや


 ただ、なんとなく。
 それがきっかけだった気がする。

 なんとなく面白くない。
 なんとなく気分が悪い。
 それで何気なく意地悪をして、嫌そうにされたらなんか気持ちがスッとした。
 いい気分になった。

 同級生をいじめてはいけません、なんて当たり前に教えられている。
 
 他人には優しくしましょう。
 自分がされて嫌なことは、他人にしてはいけません。
 そんなの当たり前で、みんなわかってることで、でも。

 

 
 冷たい水の中にずっといるうちに体温を奪われていることに気付かなくなるみたいに、みんな簡単に誰かを傷つけるじゃないか。
 傷つけあうのが当たり前の世の中じゃないか。

 自分はたまたま問題になっただけで、もっと酷いことをしてる奴なんていくらでも――

 そう、そんな言い訳や慰めが、いくらでも湧いてくる。

 悪いことをした。
 そんな思いの上から被さって、でもでも、だってさ、そんな風に自分を守る自分がいる。

 でもでも、だってさ。
 自分が一番大事だろう。よく言うじゃないか。息をしてるだけでえらい。生きてるだけでいい。

 でもでも、だってさ。
 自分の中に、自分が最悪な生き物だって思いがあるんだろう――?

 でもでも、だってさ。
 聖人君子なんていないだろ。みんなこんなものだろう? 最悪なクズだって思いながら生きるんだろ……、


 ――生きるんだろうか。


 この先ずっと。
 親兄弟や、友達や部活の仲間に「大問題を起こしたいじめっ子」って思われながら?

 今近くにいるこの見知らぬ人は自分を知ってるんだろうか。
 この人も自分がどういう奴かわかってたりするだろうか。
 あっちの人は今自分を視た? 今自分の話をした? ネットに今なにが書かれてる……?
 
 そうやって周り中を気にしながら、この先ずっと生きるのだろうか……?

 就職は? 結婚は? できるのだろうか。
 街中を歩いているだけで、知らない誰かから石を投げられるんじゃないか。そんな思いにとらわれて――

(生きていけない。まともに生きていけるわけがない) 
 
 
 ――そう思ったら、あとは吸い込まれるように踏切に向かっていた。

 ゲームでプレイをミスってゲームオーバーするみたいに、終わる。
 楽になれる。そう思った。
 怖かった。
 でも、怖さもすぐ消える。何も感じなくなるんだ。だから、今この怖さが最後の苦しみなんだ。
 そう念じていた。
 
「鈴木君!」
 

 ――何かがぶつかってきて、引っ張られるようにして地面に転がった。

 
 風が吹いて、冷たかった。
 視界がぐるりとまわった。
 夜空が街灯りと一緒に万華鏡みたいにブレて、凄い勢いで間近を電車が過ぎていく。


 
 風圧が凄くて、ごろごろと転がる地面は硬くて、冷たくて、痛くて、呼吸が詰まる。
 苦しくて呼吸をしたいという欲が湧いて、呼吸を必死にする自分が滑稽だった。

 酸素を吸い込むと、もっと苦しくなった。
 喉や肺が別の生き物になったようで、自分が自分でないみたい。
 肩が動いている。視界が揺れている。あちこちが痛い。音がうるさい。何の音だか、もうわからない。
 土が指先についていて、じゃり、とする。
 ああ、汚れてる。あちこち、擦り傷ができて――ガクガク全身が震えてる。

 生きてる。
 生きている……。
 
 
「すず……拓哉たくや君」


 高橋先生だ。

 高橋先生が、肩に手を置いて真剣な顔をしている。

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