94 / 99
外伝、冷血な魔教の君は令和の倫理とハピエン主義に目覚められたようで
番外編 夜、踏切、君と僕(1)
しおりを挟む
SIDE:佐藤ハルキ
夜。
踏切の内側に、鈴木拓哉がいる。
それを、佐藤ハルキ――【僕】がみている。
拓哉は数日間、家に引き篭もっていた。
そして、家からいなくなったのだと噂になった。
拓哉を捜すつもりなんてなかったけれど、僕は、偶然見つけたのだった。
よりにもよって、この僕が。
離れたところで、偶然見かけて、声をかけることもなく誰かに教えることもなくストーカーみたいに尾行して、今――、
僕は、拓哉が自殺しようとしているのを観ている。
獣と違い、僕たちは夜目が利かない。
真っ暗な中では仕事も勉強もできないから、人類は夜に光を灯す。暗くなっても、まだ活動するのだと。
四角い高層ビルに宿る光は、自然に抗う意志のよう。
地上には当たり前のように光が溢れていて、僕たちはそれを当たり前に思って生きている。
かん、かん、かん、と音が鳴る。
無機質な音だ。同じ調子で鳴る音は、人間味がなくてちょっと冷たい。
道の脇を四角い鉄の塊が光を灯して走っていく。決められた道を、決められた速度で、ルールを守って行き来する。
中にはどれも別の人が入っているけれど、僕たちはいちいち中の人なんて気にしない。
それは、どれも似たような【車】という乗り物だ。
あの遮断機の内側にいる人間を轢くのは【電車】という乗り物だ。
それは長くて、やっぱり四角くて、硬くて、速くて勢い付いていて、人間をたやすく殺してしまうだろう。
――ここで、これから人が死ぬ。
そんな現場に、僕はいる。
「はぁ……はぁ……、……は……」
誰も、気付いてない。
拓哉に気付いているのは僕だけだ。
何もしないで隠れて拓哉を視ている僕に気付いている人は、誰もいない。
――呼吸の音が鼓動と一緒に騒いでる。
僕を取り巻く環境は、ここ数日でガラリと変わった。
例の【カタリバ】に参加したSNSアカウントでは知ってる人にも知らない人にも正義面したり味方宣言されたりするし、攻撃的なメッセージもバンバン飛んでくる。
ネットニュースにも学校名が明記されて、学校側が隠ぺいしようとしたのが話題になったり、教育委員会が動いたりしている。
【カタリバ】に参加した先生たちの対応も、褒められたり問題視されたり、様々だ。
ネットではいじめっ子を特定しようとする動きがあったり、配信者が呼びかけていじめっ子の特定や私刑を防ごうとする運動もある。
(僕は、拓哉を許してない。僕はたくさん、嫌な目にあった。嫌なことを言われて、学校を休んで。僕は学校を休んだのに、拓哉は日の当たるところで日常を過ごす権利をそのまま手にし続けた。加害者がのうのうとして、被害者はその後もずっと尾を引くのに泣き寝入り。そんなの理不尽だと僕は思う――)
だから、復讐してやりたかったんだ。
瑕をつけられた分、傷付けなくては割に合わないと思った。
無傷でいられると思うなよ、やったらやり返されるんだ、と言いたくて仕方がなかった。
……それで、ナイフを持ち出そうとしていた。
【カタリバ】の一件があってからナイフはひっこめたけれど。
(電車が来る)
指先が冷えて、痺れて、ゴムみたい。
耳が音をうまく拾えなくて、映画みたいにその光景が視界に流れている。
人が死ぬ。
もし、自分が動けば死なないかもしれない。
動くか、動かないか。
誰も知らない密室の中にいるように、脳がぐるぐる動いてる。
動かない。
動けない。
死んでしまう。
死ねばいい。
……怖い。
(僕しかいない)
そんな思いがワアワアと大声で脳を揺らしている。
動けない。
動かない。
(見ちゃいけない)
ここにいてはいけない。
でも、目が逸らせない。動けない。
地上の灯りは煌々と無機質に燈っていて、自然の夜が遠かった。
踏切の中と外、僕たちは生と死を分かつ線の内側と外側にいて、僕はそれを観ていた。
「……鈴木君ッ!」
誰かが叫ぶ声がした。
次いで、ゴオッと電車が走り抜けていく。
――拓哉が視えなくなって、僕はその場に座り込んだ。
その瞬間の自分が何を考えていたのかは、よくわからない。
頭は真っ白になっていて、全身が自分じゃないみたいにおかしなほど震えていた。
夜。
踏切の内側に、鈴木拓哉がいる。
それを、佐藤ハルキ――【僕】がみている。
拓哉は数日間、家に引き篭もっていた。
そして、家からいなくなったのだと噂になった。
拓哉を捜すつもりなんてなかったけれど、僕は、偶然見つけたのだった。
よりにもよって、この僕が。
離れたところで、偶然見かけて、声をかけることもなく誰かに教えることもなくストーカーみたいに尾行して、今――、
僕は、拓哉が自殺しようとしているのを観ている。
獣と違い、僕たちは夜目が利かない。
真っ暗な中では仕事も勉強もできないから、人類は夜に光を灯す。暗くなっても、まだ活動するのだと。
四角い高層ビルに宿る光は、自然に抗う意志のよう。
地上には当たり前のように光が溢れていて、僕たちはそれを当たり前に思って生きている。
かん、かん、かん、と音が鳴る。
無機質な音だ。同じ調子で鳴る音は、人間味がなくてちょっと冷たい。
道の脇を四角い鉄の塊が光を灯して走っていく。決められた道を、決められた速度で、ルールを守って行き来する。
中にはどれも別の人が入っているけれど、僕たちはいちいち中の人なんて気にしない。
それは、どれも似たような【車】という乗り物だ。
あの遮断機の内側にいる人間を轢くのは【電車】という乗り物だ。
それは長くて、やっぱり四角くて、硬くて、速くて勢い付いていて、人間をたやすく殺してしまうだろう。
――ここで、これから人が死ぬ。
そんな現場に、僕はいる。
「はぁ……はぁ……、……は……」
誰も、気付いてない。
拓哉に気付いているのは僕だけだ。
何もしないで隠れて拓哉を視ている僕に気付いている人は、誰もいない。
――呼吸の音が鼓動と一緒に騒いでる。
僕を取り巻く環境は、ここ数日でガラリと変わった。
例の【カタリバ】に参加したSNSアカウントでは知ってる人にも知らない人にも正義面したり味方宣言されたりするし、攻撃的なメッセージもバンバン飛んでくる。
ネットニュースにも学校名が明記されて、学校側が隠ぺいしようとしたのが話題になったり、教育委員会が動いたりしている。
【カタリバ】に参加した先生たちの対応も、褒められたり問題視されたり、様々だ。
ネットではいじめっ子を特定しようとする動きがあったり、配信者が呼びかけていじめっ子の特定や私刑を防ごうとする運動もある。
(僕は、拓哉を許してない。僕はたくさん、嫌な目にあった。嫌なことを言われて、学校を休んで。僕は学校を休んだのに、拓哉は日の当たるところで日常を過ごす権利をそのまま手にし続けた。加害者がのうのうとして、被害者はその後もずっと尾を引くのに泣き寝入り。そんなの理不尽だと僕は思う――)
だから、復讐してやりたかったんだ。
瑕をつけられた分、傷付けなくては割に合わないと思った。
無傷でいられると思うなよ、やったらやり返されるんだ、と言いたくて仕方がなかった。
……それで、ナイフを持ち出そうとしていた。
【カタリバ】の一件があってからナイフはひっこめたけれど。
(電車が来る)
指先が冷えて、痺れて、ゴムみたい。
耳が音をうまく拾えなくて、映画みたいにその光景が視界に流れている。
人が死ぬ。
もし、自分が動けば死なないかもしれない。
動くか、動かないか。
誰も知らない密室の中にいるように、脳がぐるぐる動いてる。
動かない。
動けない。
死んでしまう。
死ねばいい。
……怖い。
(僕しかいない)
そんな思いがワアワアと大声で脳を揺らしている。
動けない。
動かない。
(見ちゃいけない)
ここにいてはいけない。
でも、目が逸らせない。動けない。
地上の灯りは煌々と無機質に燈っていて、自然の夜が遠かった。
踏切の中と外、僕たちは生と死を分かつ線の内側と外側にいて、僕はそれを観ていた。
「……鈴木君ッ!」
誰かが叫ぶ声がした。
次いで、ゴオッと電車が走り抜けていく。
――拓哉が視えなくなって、僕はその場に座り込んだ。
その瞬間の自分が何を考えていたのかは、よくわからない。
頭は真っ白になっていて、全身が自分じゃないみたいにおかしなほど震えていた。
0
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
こじらせΩのふつうの婚活
深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。
彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。
しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。
裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
番犬αは決して噛まない。
切羽未依
BL
血筋の良いΩが、つまらぬαに番われることのないように護衛するαたち。αでありながら、Ωに仕える彼らは「番犬」と呼ばれた。
自分を救ってくれたΩに従順に仕えるα。Ωの弟に翻弄されるαの兄。美しく聡明なΩと鋭い牙を隠したα。
全三話ですが、それぞれ一話で完結しているので、登場人物紹介と各一話だけ読んでいただいても、だいじょうぶです。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる