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外伝、冷血な魔教の君は令和の倫理とハピエン主義に目覚められたようで

番外編 夜、踏切、君と僕(1)

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   SIDE:佐藤ハルキ


 夜。

 踏切の内側に、鈴木拓哉たくやがいる。
 それを、佐藤ハルキ――【僕】がみている。

 拓哉たくやは数日間、家に引き篭もっていた。
 そして、家からいなくなったのだと噂になった。
 
 拓哉たくやを捜すつもりなんてなかったけれど、僕は、偶然見つけたのだった。
 よりにもよって、この僕が。
 
 離れたところで、偶然見かけて、声をかけることもなく誰かに教えることもなくストーカーみたいに尾行して、今――、


 僕は、拓哉たくやが自殺しようとしているのを観ている。
 
 
 獣と違い、僕たちは夜目が利かない。
 真っ暗な中では仕事も勉強もできないから、人類は夜に光を灯す。暗くなっても、まだ活動するのだと。

 四角い高層ビルに宿る光は、自然に抗う意志のよう。
 地上には当たり前のように光が溢れていて、僕たちはそれを当たり前に思って生きている。

 かん、かん、かん、と音が鳴る。
 無機質な音だ。同じ調子で鳴る音は、人間味がなくてちょっと冷たい。
 
 道の脇を四角い鉄の塊が光を灯して走っていく。決められた道を、決められた速度で、ルールを守って行き来する。
 中にはどれも別の人が入っているけれど、僕たちはいちいち中の人なんて気にしない。
 それは、どれも似たような【車】という乗り物だ。

 あの遮断機の内側にいる人間をくのは【電車】という乗り物だ。
 それは長くて、やっぱり四角くて、硬くて、速くて勢い付いていて、人間をたやすく殺してしまうだろう。

 ――ここで、これから人が死ぬ。
 そんな現場に、僕はいる。

「はぁ……はぁ……、……は……」

 誰も、気付いてない。
 
 拓哉たくやに気付いているのは僕だけだ。
 何もしないで隠れて拓哉たくやを視ている僕に気付いている人は、誰もいない。
 
 ――呼吸の音が鼓動と一緒に騒いでる。
 
 僕を取り巻く環境は、ここ数日でガラリと変わった。

 例の【カタリバ】に参加したSNSアカウントでは知ってる人にも知らない人にも正義面したり味方宣言されたりするし、攻撃的なメッセージもバンバン飛んでくる。
 ネットニュースにも学校名が明記されて、学校側が隠ぺいしようとしたのが話題になったり、教育委員会が動いたりしている。
 【カタリバ】に参加した先生たちの対応も、褒められたり問題視されたり、様々だ。
 ネットではいじめっ子を特定しようとする動きがあったり、配信者が呼びかけていじめっ子の特定や私刑を防ごうとする運動もある。

(僕は、拓哉たくやを許してない。僕はたくさん、嫌な目にあった。嫌なことを言われて、学校を休んで。僕は学校を休んだのに、拓哉たくやは日の当たるところで日常を過ごす権利をそのまま手にし続けた。加害者がのうのうとして、被害者はその後もずっと尾を引くのに泣き寝入り。そんなの理不尽だと僕は思う――)

 だから、復讐してやりたかったんだ。
 
 きずをつけられた分、傷付けなくては割に合わないと思った。
 無傷でいられると思うなよ、やったらやり返されるんだ、と言いたくて仕方がなかった。

 ……それで、ナイフを持ち出そうとしていた。

 【カタリバ】の一件があってからナイフはひっこめたけれど。

(電車が来る)

 指先が冷えて、痺れて、ゴムみたい。

 耳が音をうまく拾えなくて、映画みたいにその光景が視界に流れている。
 

 
 人が死ぬ。
 
 

 もし、自分が動けば死なないかもしれない。

 
 動くか、動かないか。
 誰も知らない密室の中にいるように、脳がぐるぐる動いてる。

 動かない。


 動けない。


 死んでしまう。
 死ねばいい。

 ……怖い。


(僕しかいない)
 そんな思いがワアワアと大声で脳を揺らしている。
 
  
 動けない。
 動かない。
 
(見ちゃいけない)
 ここにいてはいけない。

 でも、目が逸らせない。動けない。
  

 地上の灯りは煌々と無機質に燈っていて、自然の夜が遠かった。
 踏切の中と外、僕たちは生と死を分かつ線の内側と外側にいて、僕はそれを観ていた。


「……鈴木君ッ!」


 誰かが叫ぶ声がした。
 次いで、ゴオッと電車が走り抜けていく。

 ――拓哉たくやが視えなくなって、僕はその場に座り込んだ。


 その瞬間の自分が何を考えていたのかは、よくわからない。
 頭は真っ白になっていて、全身が自分じゃないみたいにおかしなほど震えていた。
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